第5話 犬猿の幼馴染の婚約⑤
「まさか……よね⁉」
「なあ……エメリーは何かしたのか? もしかして、最近、レオナール様の寝室に忍び込んで夜這いをかけた令嬢とは、エメリーのことだったのか……。彼はその責任をとって──」
兄がおもむろに、私のお腹の辺りを見てきた。
「誰がするかぁッ──!」
思わず大絶叫した。
兄よ。よからぬ妄想を働かせすぎだ!
私に限って絶対に何もしていない。あるわけないだろう。
この私が、彼を襲って自ら彼の子種を仕込もうと、考えるはずない。断じてない。
そもそもレオナールが私に異性を感じるわけがない。
私を見ても、コトに発展するわけがない。
どうせ「枯れ木に食指が動くと思うか?」と、罵倒にされて終わる。間違いない。
最近、レオナールと寝所を共にしたと吹聴する噂が飛び交っているけど、それが私ではないことくらい、お兄様は知っているでしょうに!
「それなら一か月前に、彼の部屋に押しかけたご令嬢が、エメ──」
「あのねぇ。私がレオナールの部屋に押しかけるわけがないでしょう。彼のベッドどころか部屋にだって、一生入ることはないわよ」
「じゃあ、このドレスは何なんだ⁉ 『エメリーヌ』って、俺の妹のこと……だよな?」
「お母様かもしれないわ。踊り子時代のファンから、贈り物じゃないかしら!」
閃いた風に、指を立てて言ってみた。
「いいや、母の当時の芸名は、マチだ。エメリーヌとは、かすってもいない名前だ」
「あれ? じゃぁ、誰のことを言っているのかしら? エメリーヌって……変ねぇ」
「間違いなくエメリーのことだ。ほらっ、素直にこのドレスを受け取るんだ!」
そう言って、再びその箱を私へ差し出す。
だがしかし、絶対に受け取るわけにはいかないと思う私は、両手を後ろに隠す。
「ま、ままま待って。そのドレスを突き返すことはできないのかしら?」
「無理に決まっているだろう。公爵家から届いたものを突き返せるものか! この阿保エメリー」
「絶対に嫌よ。そんな面倒な相手が開催するパーティーのパートナーなんて……断るわ」
「子爵家の我が家に、断る権利がどこにあるんだよ!」
「レオナールと私の仲ならあるもん。そのドレスの返却の権利だってあるはずだわ!」
兄を力強く見つめる。
「ないから観念しろ! 次の週末のパーティーは、馬車で迎えに来るってさ。良かったな」
「はぁ? そんなパーティーがあるなんて、そもそも聞いていないわよ!」
そんなお呼びじゃないパーティーに、どうして行かなきゃならないのか分からない。
ましてや最後の優良物件の公爵令息と、謎な温泉王を夢見る貧乏子爵家の私が、一緒に並んで歩くという奇天烈な話‼︎
絶対に釣り合わないでしょう。
いや、釣り合わない以前の問題だ。
そもそも私たち二人は、婚約する間柄ではない。
罵倒仲間というのが正しいのに、レオナールってば、あちこちの令嬢たちから狙われて、気が狂ったんだろうか?
……そうとしか思えない。
「元々、伯爵家以上しか招待していないパーティーだっていうから、子爵家の我が家には招待状は届いていないようだ」
「末席令嬢もいいところの、野次馬の最後尾の私が、そんな素敵なパーティーにお呼ばれなんかしないわよ」
「……最後の優良物件の婚約者って、信じられないがエメリー……お前のことだったのか」
「ち、違うわよ! 嫌よ、レオナールと婚約なんて願い下げよ!」
まさか本当にそんな事態になれば。ヴァロン王国の社交界に激震が走っているわよ‼
なんなら、この国の王太子は顎を外しているだろうし、貴族のご令嬢たちは、あまりのショックに気を失っているかもしれない。
社交界で全く好感度のない私と、最後の優良物件が、まさかの婚約──!
絶対にないから。
だって私たちは、前回の夜会でも言い争いをしてきた、犬猿の仲なのに、どうして彼と一緒にパーティーに参加しなきゃならないのよ!
私の理想と一番かけ離れたレオナールとの結婚なんて、無理だから──!
◇◇◇
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