第4話 犬猿の幼馴染の婚約④
──そう。
レオナールは私の前ではまるで別人のように変わり果て、常々、悪人でしかない。
私以外の令嬢の前では、爽やかイケメン公爵令息だから、それは大層モテる。モテモテだ。おかげで女性陣の猛アピールが続いていた。
特に、侯爵家のご令嬢の心酔っぷりが抜きんでていた。
なにせ最後の優良物件だから当然だけど。
伯爵家以上の長男で唯一、固定のパートナーがいないレオナールを何とかものにしようと、ウトマン侯爵家のご令嬢が必死なのは、周知の事実だ。
万一、彼を堕とせなければ、家柄重視で次男や三男で手を打つか、貴族籍重視で子爵家以下の長男に走るか、その二択だ。
彼女にとっては譲れないお相手が、レオナールである。
かねて、『勝者は誰か?』と高い注目を浴びている、レオナールの婚約者のポジション。
とうとう彼も、ウトマン侯爵令嬢のアネットに陥落したのか。
言っておくが彼の本性は悪人だ。
何も知らないアネット嬢に、ご愁傷様と手を合わせたところで、ドアのベルがカランカランと大きな音を立てて鳴り響く。
「誰か来たみたいだな」
と言って、すくっと立ち上がった兄が、自らエントランスへ向かった。
来客の対応なんて使用人に任せろと思うだろうが、働かざる者食うべからず。
没落間近と変な噂が広がる我が家には、手の空いた従者など一人もいないのだ。
次期当主であろうと、なんでもこなす。
従者に逃げられた責任の所在は、大方、兄にあるのだから当然だけど。
来訪者の対応は、基本的に兄の仕事だ。
さあ、そろそろ私も食事の準備を手伝おうかしらと考え、立ち上がろうとしたときだ。
「た、たたたた大変だ。事件だ!」
「はい? ナイフで刺されたんですか? いつも適当な話ばっかり言っているからですよ」
どこかの誰かから恨まれた腹いせに、ナイフで一突きされたのかと、一応心配してみたが、流血はしていない。
それならどうでもいいわねと、適当に受け流す。
エントランスから戻ってきた兄は、真新しい箱を抱えている。
お金もないくせに、意中の令嬢に貢ごうとして、ドレスを買ったのだろう。阿呆すぎる兄に、突っ込む気力も失せた。
「最後の優良物件が、エメリーにドレスを贈ってきた」
顔面蒼白の兄が、ぼそぼそと口にする。
「さっきの話の続きですか? 私だって暇じゃないのよ。いい加減、変な冗談はやめてよね」
「冗談なんかで言えるかよ! 来週のパーティー当日、レオナール様がエメリーを迎えに来るってさ。それを言ったラングラン公爵家の従者が、この箱と招待状を置いていった」
動揺しまくりの兄は、厚みおよそ四十センチメートルくらいの大きな白い箱を、私に向かって突き出してくる。
いわゆるその箱は、世間一般的にいうと、ドレスが入っている平べったいやつだ。
「はは……。訪ねる家を間違ったんじゃないかしら? 私がレオナールと一緒にパーティーに参加するなんて、あり得ないでしょう」
「ば、馬鹿! 公爵家の優秀な御者がそんなへまをするかぁッ!」
「それならおかしいわね。この屋敷には、私の他に令嬢はいたかしら……?」
ゆっくりと首を傾げる。
「白々しいことを言っているが、俺の妹は、一人しかいないだろう。それによく見れば、箱に小さく『エメリーヌ様』と書いてあるぞ」
そう言った兄が箱を凝視する。
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