第3話 犬猿の幼馴染の婚約③

「まぁ俺だって、末席の戦力外令嬢のエメリーが、レオナール様を射止めるとは期待していない」


「なによ! 私がモテないのはお兄様のせいでしょう!」


「そうやって人のせいにするなよ。どうせずっと俺のすねをかじってこの家で暮らすつもりだろう。『よろしくね、お兄様♡』って、可愛く言えんのか?」


 私とモテない同盟を組む兄が、ずいぶんと偉そうに言ってくれる。


 兄だけには大きな態度で言われたくない。

 私が社交界の紳士たちから見向きもされない大半の原因は、兄にある。


 それにもかかわらず、肝心なことは棚に上げるんだから、とんでもない兄だ!


 ちなみにエメリーとは、私、エメリーヌ・トルイユの愛称である。


 レオナールが結婚しようがしまいが私には関係ない。


 あんなやつの結婚なんて、正直言ってどうでもいいし。

 私にとって「くっだらない新聞の紙面」なんか、早々に興味を失った。


 だがしかし……。

 さらっと受け流した私とは裏腹に、レオナールの結婚に興味津々の兄が顎に手を当て考えに耽る。


「最後の優良物件のレオナール様を射止めたのは、どこの美人令嬢だろうな?」


 その言葉に「一悶着ありそうね」と、考えながら兄を見つめる。

 レオナールに群がっていた令嬢たちは、数えきれないくらい存在する。


「いや安心しろ。熾烈な女の争いに、エメリーが巻き込まれることはないからな。エメリーの立ち位置は、野次馬の最後尾だ」


「あのねぇ。どこの誰が『私が婚約者かも』なんて言ったのよ! レオナールなんて、こっちから願い下げよ」


 子爵家の娘が、公爵家の嫡男を呼び捨てとは、失敬だなと思うだろう。


 王侯貴族の爵位の順序として、王族、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と並ぶため、我が家と公爵家のレオナールの間に、侯爵家と伯爵家の二階級が入るのだ。


 普通に考えて、幼馴染になることもないし、ましてや呼び捨てにするなど、許されることではない。


 ちょっと事情のある私たちの関係を話し始めたら、彼がひた隠しにする唯一の汚点に辿り着くから、それは今度にしておく。


 まあ、とにかく大っ嫌いな人物であるのは確かだ。お互いに。


「端っから論外のお前と違って、この記事を見たご令嬢たちは、今ごろそわそわしているか、泣き崩れているだろうな」


「ちょっとその言葉は聞き捨てならないわ。ちゃんと訂正してよね。彼にとって『論外』じゃなくて、私がレオナールなんかに興味がないのよ!」


「はい、はい、言ってろ、言ってろ。向こうもきっと、同じことを思っているだろうさ。『エメリーなんかに興味はない!』ってな」


「まあ、そうでしょうね」

 そんな言動が容易に想像できるため、ふんっと鼻を鳴らした。

 すると、兄が宙を見上げてぽつりと呟く。


「彼に選ばれなかったご令嬢は、この後どうなるんだろうな……」


「レオナールをつけ狙っていた、数多の令嬢たちが、次のお相手を探し始めるのよ。お兄様にも奥さんを手にする、砂粒くらいの可能性が出てきたんじゃない?」


「いよいよ俺の時代か~」

 兄が嬉しそうにニヤリとした。


「ま~た調子に乗って! 残念だけど、レオナールが結婚してもお兄様の時代は絶対に来ないから安心したら。私はなにも『お兄様の時代』とまでは言っていないわよ」


「俺に運が向いて来たからって、そうやっかむなよ」


「は? やっかんでいないわよ」


「モテない妹を構うのはやめて、そろそろ本気で俺の嫁さんを探すときがきたようだな」


「どこの口が言っているのよ、全く呆れるわね」


「俺が結婚しても、美人な妻に嫉妬しないでくれよ。モテない妹の面倒は、しょうがないから最後までみてやるから」


「そのセリフ……。お嫁に来てくれる妻が見つかってから言えば? ……聞いているこっちが虚しくなるわ」


 こいつは完全に阿保だな。もう勝手に言っていればいいと思う私は、そっぽを向いた。


 レオナール・ラングランが、どうして最後の優良物件かというと、まあご想像のとおり。


 その理由は単純である。


 うら若き乙女の結婚相手。

 年頃が合致するという意味では、彼以外の高位貴族の嫡男は婚約者持ち、もしくは既婚者だ。


 むしろ、今日の今日までレオナールが、婚約者を決めていない方が、よほど異常だった。


 特定のお相手のいない筆頭公爵家の次期当主。そんな彼へ、爵位と金に目がくらむご令嬢が寄ってたかって狙いを定めるのは、お約束の流れ。


 公爵家の領地経営は健全そのもので、財力よし。

 ましてや王太子の親友で将来の展望性も、限りなく良好!


 そのうえ顔もいい。別に私は、そんな風には感じないけど。


 彼が紫の瞳を細めて微笑めば、思わず目を奪われるくらい形の整った目!

 但し! 私だけは迷わず彼から目を逸らす。


 低くて色気のあるイケボを聞けば、私以外は思わずうっとりするだろう。


 しまいには、風がなくてもサラサラと爽やかに揺れている錯覚を起こす、しなやかな金髪。

 大半の令嬢はその錯覚で、くらくらしているようだが、私は絶対に騙されることはない。


 おまけに彼は性格もいい!

 但し、その優しさを向ける相手は私以外に限る。


 自分を抜かすのは、これで何度目か忘れたけど、これが一番重要なところだっ!

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