第2話 犬猿の幼馴染の婚約②
十七歳のみずみずしい乙女を捕まえて、失礼極まりない呼び方をするのは、大っ嫌いなレオナールである。
「枯れ木」とは、私を称する、彼の決まり文句の一つ。
どうして「枯れ木」なのかというと、「見た目が枯れ木そのものだから」というのが、どうしようもないレオナールの主張だ。
彼の言動に呆れ果てた私は、最近では「枯れ木」と呼ばれても、返事をしてやりすごしている。
そうなるのも無理はない。
「誰が枯れ木だ。断じて違うから」と、否定したところで二倍になって返ってくるし、私がムキになれば、レオナールが喜ぶ気がするもの。
枯れ木とは──。
レオナール曰く、緩いウエーブの茶色の髪が、枯れ葉のようで、くりっとした茶色の瞳はどんぐり。そのうえ細長い手足が枯れ枝に見えるらしい。
はぁ⁉ どうやっても見えないだろう!
彼はいつも私をケラケラと笑っているけど、むしろ私が枯れ木に見えるのなら、彼の目は、相当悪いのかしらと心配になるレベルだ。
「ほら、新聞のここだ。早く読めよ!」
紙面にポンポンと指を当て、読め、読めと兄が強調している。
その動きが逆に邪魔だ。大きな手で隠れて見えないんだけど……。そう思いながら尋ねた。
「何か面白い話でも載っているのかしら?」
「ビッグニュースだ。ラングラン公爵家のレオナール様の婚約発表が書かれてあるぞ」
「ふ~ん」と間延びする音を出す私は、その話題に大して興味はない。
今しがた想像した、会えば喧嘩の幼馴染のことだし、本心からどうでもいい。
だけど、兄から半ば強引に押し付けられた新聞を受け取ってしまい、面倒と思いつつも視線を動かした。
まあ一応、レオナールは幼馴染だし、これくらい知っておいても損はないだろうと目を通す。
なになに──。
「はっ……?」
「なぁ、驚いただろう」
絶句する私の反応を見て、兄が茶色の瞳を大きく見開き、得意げに言った。
貴族新聞へ目をやると、大きな文字の見出しで、突拍子もない書き方をされている。
そのとんでもない誇張表現に、あんぐりと口を開けた──。
【緊急発表!】
『数多の令嬢たちが、妻の座を狙っていたレオナール・ラングラン(二十歳)が、婚約を発表!』
ちなみに勘違いはよくないから言っておくけど、私は数多の令嬢の一人には入っていない。
レオナールなんかを狙っていないし、狙うわけもない。
あいつと結婚するなんて、ぜーったいに無理だから。
あんな気の合わないやつと四六時中一緒にいれば、滅入るだけ。
まかり間違って結婚なんてしてしまえば、毎日が逃げ場のない生き地獄だ。
まさに結婚は墓場という言葉を、絵に描いたようなお相手だし。
この紙面……。
ラングラン公爵家が、貴族新聞を買収したのかしら、と思うくらい、レオナール贔屓の書き方だ。腹立たしい。
まるでこの国の令嬢全てが、レオナールを好意的に見ているみたいな、書きっぷりである。紛らわしい。
それはさておき、その続きを読もうと再び文字を追う。
レオナールについて、随分と誇張した貴族新聞によると──。
【紫の瞳と輝く金髪の見目麗しい貴公子が、このたび自身の婚約を公表した。
だが、現時点でラングラン公爵家は、そのお相手の言及を避け、婚約者は未だ謎のままである。
ここ数年、年若いご令嬢が彼の妻の座を狙い、熾烈な婚約者戦いを繰り広げていたが、一体誰がラングラン公爵家のご令息の心を捉えたのか⁉
婚約者については、公爵家主催のパーティーで公表するとのこと】
──以上が、新聞記事の内容だ。
「まあ本当ね。お相手のご令嬢のことは書かれていないけど、どなたかしらね?」
「安心しろ。エメリーでないことは確かだな」
「酷いわね! 言われなくても知っているわよ!」
少しの遠慮もない兄が、馬鹿にした口調で揶揄ってきたけど、私とレオナールが『犬猿の仲』であるのは、兄も承知の事実だ。
この家の人間は、レオナールの婚約のお相手が、私であろうとは、微塵も思っていない。
常日ごろ、私の口からはレオナールの文句しか出てこないのだ。
それを兄も両親も耳にタコができるほど聞いているため、私とレオナールの間に憎悪の感情以外、存在しないことを知っているのだから。
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