設定)『進路(ガラルーダ・ロレッツァ・ウィラサラサ卿)』
「あの一族にまた異能が顕れたという!」
叔父の宰相が叩きつけたコップから酒が零れ、テーブルクロスに琥珀色のシミが広がった。窓の外は土砂降りの雨が幾日も続いており、ゴオゴオと轟く川の爆音を八歳のガラルーダは聞いている。
「数年もすれば異能の子供が政を掌握するだろう。ガラルーダを後継に育て、我が一族を盤石にする計画は台無しだ」
「この子の人生を決定するのはお兄様ではありません」
母親の言葉を無視した叔父を腹立たしくは思ったが、八歳のガラルーダに成す術はなくて、父が帰宅した報せに胸を撫で下ろした。
「またしてもあの一族にしてやられたのだ!」
叔父の話に耳を傾ける父親の髪は雨に濡れたままで、きっと母を心配し急ぎ戻ったのだろうと思わせる。
「存じております。八年の後に目醒めたと」
「狩られぬよう、厳重な保護の下に隠しておったのだ!」
父親は肯定も否定もせずに、慎重に言葉を選んだ。
「宰相によく学び、国を導く礎になられるでしょう」
「ふん、世辞などいらん。八年も眠る子供がバケモノであるなど想像に容易い」
父は柔和な笑みを浮かべて母に目配せをし、それからさりげなくグラスを端に寄せた。
「閣下。長雨で地盤が弛み崩壊の危険があります。登城なされますよう」
「そんなもの、そなたが采配せよ」
「王家の直轄地に影響があるとのことです」
叔父は窓に叩きつける豪雨にフウと息を吐き、直轄地ならば仕方ないと立ち上がる。
「異能はまだ八つ、挽回のチャンスもあるだろう。ガラルーダ、そなたが跡を継ぎ、我が一門を繁栄に導くのだ」
▲▽
「父上、お帰りなさい」
叔父の馬車を見送ったガラルーダは緊張を弛めた。
「ただいま、ガラルーダ。すぐに城に戻らなくてはならないんだがね」
「あなた、お兄さまがご迷惑を・・」
頭を下げた母を抱き寄せた父は髪を撫でる。
「異能の子供が目ざめたと城は大騒ぎだ。国にとっては吉兆で、閣下のストレスは相当のようだね」
「それでは父上、私は宰相にならないのですか?」
ガラルーダの質問に、父親はうーんと悩むフリをする。
「君は宰相になりたいのか、それともならなきゃと思うのか、はたまたそれ以外の何かになるのかな」
言葉遊びのように軽快なリズムにとまどって、だがもし母に助けを求めようものなら、甘えんぼうだねと笑われるだろう。
「叔父上はウィラサラサ卿を殺すつもりです。父上が止めて下さいますね?」
「そう望むなら心にとめておこう。その正義感に君が苦しんだとしても、私たちは自慢の息子だと誇るだろうね」
「ええ、その通りですわ」
両親の手が順番にガラルーダの頭を撫でる。
「このように君の両親は、君をこのうえなく愛しているよ」
▽▲
「ミミズ」
ガラルーダはロレッツァの寝言で夢から醒めた。
「ミミズがどうした」
訊ねたところでロレッツァはまだ夢の中で、答えたのは読書中のウィラサラサ卿である。
「ミミズは畑の正義らしい。おまえも何か喋っていたよ」
春の陽気にうつらうつらして、幼い頃の夢を見ていたようだ。
「ウィラサラサ卿も名前だけ登場したな」
「想像がつくよ、おまえの一族には嫌われているものね」
だからといって気を悪くした様子はない。
「私は八年も眠っていたんだ。眠りは異能の特徴で、一年で目醒めることが多く一生目覚めない者もいる」
「八年か、セミより長いな」
ガラルーダの返答にウィラサラサ卿の頬は引き攣ったが、読みかけの本を投げつけたら続きが読めないと堪えることにしたようだ。
「一族の天敵である私の前で、ぐぅぐぅ昼寝とは呆れたものだよ」
「叔父が一族の総意ではない。私の母などはウィラサラサ卿のファンだ」
おかしな夢を見たのは、母から届いた手紙にウィラサラサ卿を招待したいと書いてあったからで、理由はとっても美人でママ好みだということだ。
「先日の夜会で挨拶したよ。その髪と瞳は母親譲りなのだね」
友を得た引き籠りニンフは二年生二学期に初授業に臨み、そんなウィラサラサ卿を一目見ようと集まった人だかりで人酔いして、早退するという初日だった。
「廊下の人だかりにロレッツァが人だかっていたよ」
「こいつは野次馬だからな」
人酔いした天才はロレッツァに手を引かれ、ガラルーダがいる演習場にやって来たのだ。
真っ白な肌で壁にもたれた姿は、羽をもがれた天使か衣を失くした天女の如く美しさで、しかしそれもほんの束の間、剣がぶつかる金属音よりもっと高周波の金切り声でやかましいと怒鳴り一帯を氷漬けにしたのである。
「ガラルーダ、おまえは武官に向いている」
「それを聞くのは二度目だな」
一度目は非公式にロレッツァと打ち合ったときだ。
「なぜおまえはロレッツァでなければ本気にならないのだろう?」
「ロレッツァは地剣の使い手だから気を抜けないが、そもそも私は文官になる予定で実績の必要はない。文官の剣技は嗜みだ」
「ふうん。抜刀は殺める覚悟あってこそだと思うがねえ」
まあそれでも武官に向いているよと再び言うのだ。
そんな彼らも三年生の終盤となり、魔法学校の基礎教育は今年で終わる。進路希望の提出期限は週明けで、ガラルーダは進学して文官を目指す心づもりだ。
「ロレッツァは卒業するそうだよ」
ガラルーダは驚いて目を見開いた。
「稀なる地剣の使い手だぞ、騎士の道は約束され武官一択だろう」
「ロレッツァの手は鍬をふるって作物を育てるためにある。貴族でもあるまいし、鍬を剣に替えて人を殺める理由はない」
ロレッツァの生まれ故郷が、銀一族の襲撃で地図から消えて一年が経つ。
北の大国ノルムとの戦争は長期化し、王国は多くの兵を求めてはいるが、彼の戸籍は故郷と共に消え徴兵の義務もない。
しかしとガラルーダはすうすう眠るロレッツァに眉を顰めた。
『家族も仲間も銀に殺された』
緑色の瞳に宿した恨みは本物で、自暴自棄になるなと願っている。
▲▽
ここのところはずっと穏やかな晴天で、食堂から具材を調達したロレッツァは、サンドイッチピクニックに二人を誘った。
「いただきますっ、うーん、お天道様の下は最高だっ!俺ね、傭兵に志願するから」
「なんだと!?」
ソースを厳選中のガラルーダは身を乗り出すが、その隣でサンドイッチをパクっと咥えた途端にボトッと具材を落とすウィラサラサ卿に言葉を失う。
「このサンドイッチは、丸飲みを作法としているのかいっ」
「落ち着けよ、ウィラサラサ卿。こうやってパンの端をグッと閉じるだろう、それからガブリと一気に齧るんだ。勿体ないなあ」
落ちた具材を拾うロレッツァをガラルーダが止めた。
「ウィラサラサ卿、自分の後始末は自分で・・・ほら、私のを分けてやるから涙ぐむな」
「トマトとチーズをこちらへ」
「チキンと玉子も食べるんだ。それでロレッツァ、傭兵の訓練所に入るだと?」
ガラルーダは真剣な表情だが、失敗、過ち、恥が大嫌いなウィラサラサ卿がサンドイッチと格闘する姿に場は和む。
「故郷は銀の呪いで百年の死地だ。金の心配もあるし妥当な就職先だよ」
「ふふ、稀なる地剣が傭兵とはね。おまえは単純だが腕はいい、騙されなければ食うには充分だ」
端を強く握り潰したウィラサラサ卿のパンは崩壊し、手強い奴めと黄色い卵に悪態をついている。
「しかしロレッツァ、進学すれば騎士は確実だろう」
「二年は長い」
肩をすくめたロレッツァに、ウィラサラサ卿は言った。
「傭兵になって仇討ちするつもりだろう。しかし国に従事すれば敵は銀ばかりでない。それぞれには無事を祈る家族と故郷があって、生涯恨まれる覚悟はあるのだろうね?」
ウィラサラサ卿は唇をぎゅっと結んだロレッツァを笑う。
「それとも故郷を失った代償に、命を狩る権利でも得たのかい?」
これにはガラルーダが苦言を呈した。
「ウィラサラサ卿、失言だ。ロレッツァに謝罪を」
「餞の言葉だよ。命を屠り英雄になれるかと覚悟を問うて何が悪い」
悪びれもせず水筒の紅茶をコップに注ぎ、マズイと舌を出した。
「濃かった?ほら、お湯と蜂蜜を・・」
「ロレッツァ、世話を焼かず侮辱を怒れ」
「だって見てよ、鼻までソースまみれの麗人じゃ怒る気にもならないって。それにウィラサラサ卿は正しい。俺だって私怨だとわかってはいる、だけど、」
水筒に蜂蜜を入れシャカシャカと振りながら天を仰いだ。
「死んだ奴らの無念も晴らさず、学校の庇護下にあるのが申し訳ないんだ」
一理あるねと、ウィラサラサ卿は本を持って立ち上がった。
「帰る。服が汚れたもの」
「鼻のソースだけは拭っていけよ。あーあ、ほっぺたまでべったりじゃん」
ハンカチでゴシゴシと擦られ、バシリと腕をはたいた。
「桃肌が傷む!ハンカチは後で取りにおいで、送別会をしようじゃないか」
▽▲
エボルブルスでは魔法学校の他にも政治を学ぶ王立院や、医学や芸術を極める研究施設、兵士や傭兵を目指す訓練校など、いずれも国の指導下でさまざまな教育実習の機関がある。
職業の選択は基本的に自由だが、魔力がある者だけは魔法学校での基礎履修三年が義務として課せられており、選抜の四年生以上で卒業すれば高官が約束される。
「ロレッツァが進級したところで、華がない騎士など片腹痛い」
ウィラサラサ卿はロレッツァが騎士に向かない理由をそう述べて、思いとどまらせようとするガラルーダを不機嫌にした。
「華ならあるよ。田舎じゃお祭りロレッツァとひっぱりダコだったもんな」
「それは脳ミソに咲くお花だろう。騎士は存在感という華を以て鎧に刻む家紋を誇示するんだ。ガラルーダの生家なら真珠の白甲冑に家紋の金獅子を刻む」
まさに大天使の降臨だなと、ロレッツァは思わず両手を合わせた。
「貴族ではないおまえはラ行の始まりだから色は黒。紋はロレッツァの『ロ』で、刺繍糸は瞳と同じ深い緑と決まりがある」
「うーん。黒に深緑って見ずらくない?」
そんな規則をガラルーダは聞いたことが無いが、天才の言葉だけに信憑性がある。
それにロレッツァの『ロ』であれば記号に見えなくもないが、自分が家門から追放されようものなら、『ガ』が紋となり、バカっぽくはないかと真剣に考えた。
「しかも魔力持ちは赤い丸留め具を付けるもの。黒に深緑、さらに赤丸のおまえは『毒りんご屋の騎士』と二つ名を得るだろう」
予言師のように両手を広げる役者ぶりで、念入りに騎士の道を挫こうとでもしているようだ。
「つまりね、そんな理由で傭兵を選択したのだと説明するといいよ」
「・・なあガラルーダ。俺、ウィラサラサ卿に嫌われてるのかな?」
「世話を焼き過ぎるから図に乗るんだ。こら、言ってるそばからインクを足すな」
継ぎ足すインク瓶を見つめるウィラサラサ卿は、ロレッツァがこだわりの水位でピタッと止めたことに満面の笑みだ。
「いずれ宰相になる私は人の生きざまを歪めるよ。権威で他者を駒と呼び、盤上を掌握するためなら駒の背景に興味はない」
ウィラサラサ卿の言葉はガラルーダに突き刺さり、それの正体に気付いているからこそ目を背けた。
「さてようやく翳ってきたね。森にグリフォンがいるそうだから餞別にあげる」
グリフォンは頭が鷲で体は獅子の妖魔で、使役すれば良き相棒となるが、俊敏性が高く慎重であるため捕獲は容易でない。
ウィラサラサ卿がテーブルの白い布を取れば真新しい剣が三本用意されており、さあと二人に言った。
「ウィラサラサ卿が剣を持つとは驚きだ」
「剣は文官の装飾品だとガラルーダに言われてね。しかし私には重すぎる、ガラルーダ、私の分まで頼んだよ」
「要らぬなら置いていけ、手が塞がっていては戦えないだろう」
するとウィラサラサ卿は、話が違うじゃないかと小首を傾げた。
「文官を目指すおまえに剣技を求めるものか。武官とは剣に命を委ねるものであり、文官とは策に命を委ねるものだ。黒と白ほど違えど覚悟の一点では等しく、するとおまえはずいぶんと甘っちょろい覚悟だね」
「やーい、ガラルーダが怒られたぁ」
「おや、手が滑った」
ウィラサラサ卿は茶々をいれたロレッツァの足に剣を落としたが、ヒョイと避けられ舌打ちをしたのだ。
▲▽
ホーホーと鳴くフクロウがバサッと飛び立つ林から、ウィラサラサ卿、ロレッツァ、ガラルーダの三人がやって来る。
「学校が立入り禁止などにするから、昼でも危険な森に夜になって忍び込まなきゃならないのだよ」
安全対策の盲点だとウィラサラサ卿は饒舌だ。
「喚くな、妖魔に気付かれるぞ」
「妖魔など私の美しい瞳でイチコロだから安心おし」
深窓の姫君ならぬ深窓の天才は箱入りのはずだが、夜道も恐れずズンズン進む。
「きっと図書館お化けのデテケェで慣れてるんだよ」
ロレッツァが図書館オバケのデテケェに追い回され、這う這うの体で逃げ出したのは三度ある。
このデテケェたちは意識を共有しており、息の合った見事な連携プレーで残った生徒を決して逃さないしつこいオバケだ。
「あの造形モデルは柳の木だよ。柳は昼間にいくら揺れてもどうともないが、夜になれば、そこにあるだけでおどおどしいだろう」
柳はあるだけだが、デテケェは物理的攻撃を加えるのでずいぶん違うとウィラサラサ卿を除く二人は思った。
「目的のグリフォンだが、あれの頭は鷲で体は獅子だという。獅子はガラルーダの家紋だろう、地面に描いてごらん」
拾った枝をガラルーダに渡す。
「ええと確かこんな・・いや、腹周りはしゅっとして腿はグッと張り出して、」
「それは肉の部位の説明かい?レッグはどこだ、私はそこが好きだ」
獅子と言い張れば面影が無くもない珍奇な出来栄えに、さらに鷲の嘴を描き足してみれば珍奇も霞む珍妙となる。
ウィラサラサ卿の指先が地面に描いた『グリフォン/ガラルーダ作』に触れると、四方からやって来た笹の葉っぱが絵を覆い隠し、あれ?とロレッツァは目をしばたかせた。
「目玉と目が合ったような、」
「昼寝をしてないから充血気味だね」
それ以上を訊ねるより早く、笹はムクムクと立体になると毛並みに覆われクカァーと鳴いて、ロレッツァはゴクリと生唾を飲む。
「マヌケな絵だけあってマヌケな咆哮だ。なにを驚いている?魔法生物だよ」
ウィラサラサ卿はグリフォンもどきを鷲掴みにして命じた。
「仲間を探しておいで。念のためだがおまえはグリフォンだ」
空に放てばグリフォンもどきはクカァーと鳴いて、翼をバサバサ、脚をバタバタさせながら飛んでいき、その騒々しさと魔力痕に惹かれた妖魔の気配が濃くなった。
剣を抜くロレッツァは地剣に祝福を施して、地脈を伝わってくる妖魔の位置を把握する。
「囲まれてる。ガラルーダ、ウィラサラサ卿を頼む。地精霊、力を貸してくれ」
『地ノ仔ノ願イ』
地を司る精霊は争いを嫌う性質で、地の祝福を持つ剣士は稀だ。
「友を害すものを絡め取り、動きを封じるんだ」
「おや、封じてそれで終いかい?地精霊の力なら命を奪うことなど他愛ないだろう」
ロレッツァは必要ないと言い、甘ちゃんにもほどがあるという舌打ちを聞いた。
「ああそうか、学校の訓練で命までは取らないのだね。それでは殺め方を知りようがない。ならば教えてあげようね。殺めるとはこうするんだ、ロレッツァ」
囁かれた呪文で体が強張ってロレッツァの魔力が勝手に剣に集まった。剣を握る腕は自由を失って妖魔に斬りかかり、骨を砕くゴリっとした振動と飛び散る血痕に呆然とする。
「さあ次は人だ。地精霊、ウィラサラサ卿が命じる。妖魔の使役者を岩で潰しておしまい」
『全能の魔力をもつ者に地の力を差し上げる』
「だめだ!人を殺めるなっ」
「魔力には強弱の法則がある。おまえより私のほうが強いから、精霊は私の意のまま。そしてこれが殺めるだよ」
ドドドと地精霊が地面を揺らせば、隠れていた黒マントの魔法使いが林から這い出した。
「殺す必要はないだろう!」
「あれは私を狙う暗殺者だもの。その背後にいる者への警告だ」
暗殺を企てた黒マントの魔法使いは地精霊に拘束され、まるで的のように大岩がゴロンゴロンと転がってくる。
「私はね、こうやって明日を手にしてきたのだよ」
ウィラサラサ卿の声は冷ややかで、ドーンとぶつかり合った岩の破片と砂埃が宙を舞った。
▽▲
蒼白な顔のロレッツァは間一髪で暗殺者を岩間から逃したガラルーダに、緊張が解けてペタリと座り込んだ。
恐怖に竦みあがっている黒マントの魔法使いが叔父の手練であることに、ガラルーダはギリリと歯を鳴らす。
「ウィラサラサ卿。これは叔父の仕業だ」
未だ一族の繁栄を掲げ、ウィラサラサ卿を殺めようと企てているのだろう。
「それじゃおまえでは始末しにくいね。やはりロレッツァに頼むとしよう」
再び呪縛され剣を握る手がスッと伸ばされた。やめろと叫んで抵抗すれば、神経が切れたように激痛が走る。
「言い訳ならある。友を救うために稀なる地剣が命を刈った。人を屠った実績持ちなら、すぐにお望みの戦場に推薦されるだろう」
「やめろ、ウィラサラサ卿!罰せられるべきは叔父で・・」
ウィラサラサ卿を止めようとしたガラルーダだが、その凛とした眼差しに言葉を飲み込んだ。
「そうだとも、罪は命じた者が払うのだ。その手練れを屠ふれと命じたのが私であれば、罪は私にあってロレッツァには無いのが道理。これで安心しただろう?」
さらに魔力を強めてロレッツァを従わせようとし、するとパァーンと魔力衝突が起こって、地上を雷が走った。
それと同時に地精霊ばかりか大気の魔力までも遮断され、空中を飛び交う笹の葉がトグロを巻く。よく見れば笹の葉と思ったのは幾千もの目玉大群で、ロレッツァは身を捩って逃げたが、目玉は壁のように重なるとウィラサラサ卿に襲い掛かる。
ガラルーダは身を翻して彼に覆いかぶさり、背を切り裂いた激痛に呻きをあげる。
「ガラルーダ!ウィラサラサ卿!」
目玉大群はギュウギュウと押し合いへし合いで一枚岩になってウィラサラサ卿とガラルーダを閉じ込め、残されたロレッツァはかまくらの一枚岩に剣を叩きつけて地精霊を喚ぶ
「地精霊!大地を揺らしこれを壊せ!」
しかし精霊は地の仔に応じず、ロレッツァは刃がこぼれることなどかまわずに剣を叩きつけ、二人の名を呼び続けた。
▲▽
ウィラサラサ卿の声は不機嫌だ。
「どけ、重い」
目玉大群からウィラサラサ卿を庇ったガラルーダであったが、隙間なくギュウギュウに詰まった目玉はそのまま動かない。敵から目を離すなと教えられてはいるが見渡す限りの目玉ではどこを見据えれば良いかわからなくなって、バチンバチンと瞬く目玉に眼球が痛くなる。
「礼を言われるかと思ったが」
「礼なら私に言うのだよ。後少しでスッパスパと笹切りにするところだ。これは私の護り、美しい瞳だと教えただろう」
「・・瞳」
瞳と目玉ではニュアンスがぜんぜん違っている。
「なんといってもこの護りは、銘刀もびっくりのスッパスパで・・・ロレッツァ、うるさいよっ!」
ドーム型のかまくらが剣を叩きつける音を増幅させており、カンカンならまだ我慢も出来ようが、ガコンガコンだから頭が割れそうである。
「岩でも打ち付けているのだろう」
「はああ、ウィラサラサ卿の護りを、テントの杭ほどにしか考えていないのかね」
「だったらさっさと解除しろ」
「嫌だよ。今、解除などしてごらん。岩で殴られるじゃないか」
ガコンガコンはやがてガッコンガッコンに変わり、ヤケッパチな音を立てている。
「おまえは騎士に向いている、ガラルーダ」
今日は特別に根拠を述べると耳たぶを引っ張る。
「咄嗟の判断は優れているが、そこにあるべき余裕がない。策略とは二兎を得ることを目的とし、非常であろうと切り捨てねばならぬことがある」
「友を見捨てろというか」
「そのせいで暗殺者を逃がしただろう。宰相を追い込む好機は失われた」
それはガラルーダが彼の力を見誤ったからである。
「文官の資質はあるがその機動力を活かせるのは武官。ほら癒しだよ」
目玉のひとつがきゅるんと潤い、傷口を塞いでいく。
「・・目玉ノ癒シ、アリガト」
「愛嬌だってあるよ」
癒しの目玉はくるんとカールした睫毛でバチッとウインクし、ガラルーダはその目力にぞわっと鳥肌を立て目を逸らすのだった。
▽▲
「ロレッツァ・・私の服に恨みがあるのかい?」
かまくらを叩いていた音が小さくなると、力尽きたようだねとウィラサラサ卿は目玉を解散させた。
二人の無事にロレッツァは涙がこみ上げて、ワーワーと泣きじゃくって抱きつき、妖魔の返り血をなすりつける。
「意気地無しめ!ペチンを覚悟で血を吸う蚊のほうがよほど凛々しい」
「ずびびぃ。だってぇ甘ったれだし情けないし・・・豊穣の神様に助けて下さいってお祈りすることしか出来なくて」
管轄外では豊穣の神も困っただろうとウィラサラサ卿は溜息をついた。
「ロレッツァ、弱虫のおまえは私怨で剣を握ってはならないよ。私が大義名分をあげるから、それを護りにすればいい」
丸めた背は失った孤独にあるけれど、逝った故郷の人に申し訳なくて弱音を吐露せずにいたのだろう。
「私には万を導く覚悟がある。ついでにおまえも守ってあげるからもう泣くな」
「寝てる」
スピスピと寝息が聞こえているとガラルーダが指摘した。
「うぬぬ、どこまで聞いてた!」
「私怨で云々の前。さてグリフォンは諦めるか?」
ガラルーダがそう聞いたのと同時に、藪がガサガサと揺れキラリと輝くメガネがあらわれた。
「これはこれは、生徒会長ではありませんか」
ひょっこり顔を突き出したのは瑠璃色の髪に輝くメガネをかけた下級生、すでに奇怪と名高いシャラナである。
「げげっシャラナ!・・森は立ち入り禁止だぞ!」
「ですから見つからないよう、こんな夜更けにコンバンワ」
つられてコンバンワとガラルーダは挨拶を返す。
「学校が立ち入りを禁止するから危険な時間に来たのです。改善すべきか?いいえ大いに結構!夜中の妖魔は活きがよい」
妖魔の天敵、妖魔使いのシャラナはウィラサラサ卿の先をいく持論を展開した。
「グリフォンがいるという。危険だから戻れ」
「おや、グリフォンならば捕獲済みです」
魔力を編んだ黒光りの鎖をぐいっと手繰れば、怯え切ったグリフォンがブルブルと震えている。
「ならばもう用事はないだろう、さっさと戻るのだ」
ウィラサラサ卿の魔力で誕生した珍妙な魔法生物を見られでもしたら笑い物だと、ガラルーダの背中に冷たい汗がつたった。
「実は世にも珍妙な生き物をさがしております。ふぐの肢体に三角コーンを被り、ペンギンのようなチンケな翼の生き物で、あまりの珍奇に直視が出来ず、目を逸らしてしまい逃げられました」
「・・寝ぼけたのだ、今すぐ戻れ」
「ハイハイ、脚が上、背を下に飛ぶ謎が解けたら戻りましょう」
だってバランスが悪いのだものと言いかけたウィラサラサ卿の口をガラルーダが塞ぎ、シャラナの後ろをフヨフヨと飛んでいるグリフォンもどきが見られませんようにと豊穣の神でもなんでも縋りたい気持ちになった。
翌日、ガラルーダは進路希望に『進学:騎士』と記入して提出を終えた。
宰相である叔父とは一悶着あるだろうが、禁忌の森を朝までグリフォンもどきを探したせいで校則違反がバレ、ロレッツァと一緒に教員塔の反省室に投獄中だ。
その間に傭兵の願書受付は締め切られ、みんな仲良く四年生に進級する。
ウィラサラサ卿に禁忌破りのお咎めがないのは国をあげてのエコ贔屓だが、校長先生によれば仲間外れこそが彼に取っては最大のお仕置きであるらしい。
その寂しがりやの友人が、朝早くに階段をパタパタ下りてくる足音に、
「その通りだな」
ガラルーダは晴れ晴れとした表情で笑った。
銀色の魔女 @kamonoha
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