28 ポルポームの港町
祀られたナクラにタマシイが無いことは伏されたが、妖魔も驚く野生の勘が冴え渡るシャラナは、線香をモクモクと焚いて火災報知器を鳴らし、お墓参りとはこーゆーものですと本日も物事をややこしくしている。
ナクラのタマシイは黄色が頭突きで体から剥離し、イリュージャがぎゅうっとなっちゃん人形に押し込んだ。
適応能力ピカイチなっちゃんは、ブーンと飛んでは壁にペタリと張り付くのを繰り返し、イリュージャがうっとおしさに水鉄砲で狙い撃ちするものだから、ユージーンとタクンはハラハラし通しである。
こっそりと国を脱出するつもりだったユージーンだが、初っ端から騒々しく感傷に浸る間もなく、一人になったディファストロの心中を想って胸が痛む。
「生まれた王子様は一人で、割けて二人になったと話したのね」
「うん。俺たちは人ではないって伝えた」
ディファストロはその事実より、ジーンがすぐに相談してくれなかったことに腹を立てたという。
「フューラは大切な身内だし、ジーンは大切な友達。解決方法があるといいね」
それは期待した答えではないけど、『ひとつ』である私は選べないと目を伏せるから、どうしたら元気になるだろうかと胸がざわついた。
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カタリ鳥を飛ばし終えたサラは、ガラルーダにすがって泣くディファストロに溜息をついた。
「ジーンを返せ!」
そう怒鳴ってロレッツァをねめつけ、地団駄を踏む。
「バケモノがジーンを喰った、銀の魔女を止めなかったお前の責任だ!」
堪忍袋の緒が切れたサラはディファストロに手をあげ、ガラルーダは身を挺してかばった。
「なあサラ、全て明かそう。ユージーンさまが俺と同じ轍を踏まぬよう旅に出たと」
ロレッツァはサラの肩に手を置き、しかしサラは耳を塞いで拒絶する。
「大切な話だからちゃんと聞いて。ディファさま、俺はあなたがバケモノと呼ぶ『ふたつ』と折り合いをつけて、この体は死にました」
ロレッツァの瞳が草原の緑から、シトリンほど薄くなったことにディファストロはようやく気付く。
「逝くはずの体を『ふたつ』の魔力で留め続けたけど、それを終いにすることで『ふたつ』の負荷を減らし、その対価に幻の体と幾らかの時を得る折り合いです」
ディファストロは声を張り上げる。
「お前が死んだのなら、銀の魔女の後見契約は破棄されたはずだ!」
それはねとロレッツァは泣き笑いの表情をした。
「イリュージャに後見人は必要ない。あの子は・・とうに死んでしまった」
「何を言い出すんだい、ロレッツァ!」
サラはテーブルを叩き、ロレッツァは手遅れだったと目を伏せる。
「果樹園の先にある墓地に最初に埋めた骸はイリュージャだ」
「だったら・・お前は何のために逝く?私は何のために縛られる?ガラルーダは何のために喪い続ける!これでは犬死ではないかっ!」
サラが顔に爪を立てて引き下ろすのをロレッツァは手を握って止めたが、幾本もの傷からは血が滲みだしている。
倒れこんだサラを抱き締めて、表情を強張らせたガラルーダに微笑む。
「ディファさまを頼む」
「冗談だろう、膝が震えて醜態を晒すぞ」
ちょっと見たいかもと昨日と同じ顔で笑うと、サラの髪に頬を寄せた。
「愛する友よ。残された奇跡の時を共に過ごそう」
サラの薄紫の瞳から涙がぽろぽろと零れ落ち、手足の枷に嵌まる鎖がシャランと音を立てる。
ガラルーダはディファストロを廊下へ押し出すと、
「ロレッツァは私とサラの大切な友です。だからね、」
声色も表情も無機質で、全てを諦めたようにゆっくりと扉を閉めた。
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「びぇっくしゅん!」
検問所で入国待ち中のイリュージャは、特大のクシャミをして鼻をすすりあげる。
「熱が、あるのかないのか」
おでこに手をあてたユージーンだが、王子たるもの、他人の熱など測ったことはなく首を捻っただけだ。
「噂話でクシャミが出るのよ。こりゃ命に関わる最大級の噂かも」
生まれた時から死んでましたとは、最大どころか厄災級だ。
続けさまに三度のクシャミを放ち、とうとう門兵がイリュージャの顔を覗き込んだ。髪と瞳は紺青色に変装してあるが、正体がバレたらロレッツァを召喚し、強行突破の構えだ。
「お嬢ちゃんは熱があるのかい?」
聞かれたユージーンはあるのかないのかと首を捻り、兵隊さんを困らせている。
「私たち、ノルムの首都ナターシャに行くの」
ここは5歳の無邪気さでやり過ごそうとハーイと手をあげれば、子供の二人旅とは大したもんだと感心されて、先にお行きと列の一番前に押し出される。
おかげで荷物検査もすぐに済んで門をくぐったところで、ユージーンは兵隊さんと話をして列のほうに戻ると、
「ありがとうございました」
深々と頭を下げる礼儀正しい姿を、かっこいいって思うのだった。
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▽
「サーラちゃん、消毒しないとばっちいぞ」
「触るな!お前なんか嫌いだよ」
「はいはい、どうせ俺は嫌われものの幽霊で悪霊ですよーだ」
「誰がそんなことを、うぶっ」
顔をあげた途端、消毒液を浸したガーゼが押し付けられた。
「薬を調合してくるから傷には触るな」
「ふんっ、お前の言うことなど聞くものか」
「はいはい、どうせ俺は嫌われものの幽、」
「触らないよ!だからそんな言葉は聞きたくない」
うなだれたサラに約束だぞと言ったロレッツァの肩に、ガラルーダは恐る恐る触れる。
「こうやって触れることができるのに幻だというのか」
「ああ、隠した骸を投影させている。必要無くなったら埋めてくれ、果樹園の先にある墓地だぞ」
イリュージャを布に包んで埋葬したあの墓地にと目を伏せた。
「あの子は自分が死んていることに気付いているのかい?」
「老後の心配をするくらいだから知らないだろうな」
イリュージャは11歳を境にして背が伸びるほど痩せた。まるで10年分しか用意されていない粘土をやりくりするように。
「あの子の体も投影によるものか?しかし骸はすでに土の下だろう」
ガラルーダの質問に、俺の成り立ちとは違うのだと答える。
「思い出してくれ。イリュージャの母親であるあの人はただの一度も己の名を口にしなかった」
銀の魔女の呼称で事足りたのも理由だが、10年も国にいて名を知られなど有り得ず、そこには作意がある。
「意図して隠したのだね。彼女は己の名を娘に与え摂理を混乱させた」
母親は誰も知らないイデアの10年分を宙に浮かせておき、摂理は整合性を取るために誰もが知っている娘イデアに10年を戻したのだと、身のうちにある『ふたつ』が記憶している。
しっくりしないとサラは言うと、目玉に刻んだ記憶を蘇らせた。
「銀の魔女は何故あの日あの時を指定したのだろう」
命が潰えるとは違う時の住人になることで、現世のあの日あの時は何の意味も成さない。
「最期に会ったあの人は・・狂っていたと思う」
血濡れた手で赤子の銀の髪を掴み、頬を紅潮させてノルムを見つめながら、イリュージャの魂を己の血肉で汚染したという。
-なぜ嘆くの?私が『ひとつ』と『ふたつ』を消してあげる-
そうやってサラに永遠の束縛を、ガラルーダに喪失の絶望を、ロレッツァに獣に堕ちる運命の呪いをかけた。
▽
▽
ナターシャへの中継地ポルポームの港町へは船で半日、ようやく陸に下りたイリュージャはうーんと背伸びをする。
「ねえ、ジーン。あれ、どこ行った?」
後ろにいたはずのユージーンは、店先に下がった大きなイカの干物に足を止めている。
「イリュージャ、並んでみなよ」
並ぶまでもなく圧倒的な身長差で、瑞々しい頃はさぞや立派だったろうと感想を述べるより早く、大漁旗を掲げた漁船へ走っていった。
「ああ、まただよ」
ユージーンが大人びていたのはトンデモ王子のディファストロと比較したからで、食うに困らぬいいとこのぼっちゃんは似たようなものだった。
「お嬢ちゃんはポムポムの子かい?」
総菜を売る女性がバンダナを取って紺青色の髪を見せる。
「この色の通り、私もポムポムだよ」
それは何?と尋ねたイリュージャの後ろでは、ユージーンの襟首を咥えたポッポが翼をバタバタさせており、
「・・セナポムポム!?」
目を見開いた女性はカウンターを飛び出し、両手を広げるとユージーンを胸に抱きしめたのだった。
「ブラコンがいたら大変なことになったよね」
紺青色の女性は道でオイオイ声をあげて泣き、ひとまず家に入りましょうと、イリュージャたちは強引にお招きにあがる。
ひとしきり泣いてようやく落ち着くと、今度は台所からたくさんのお菓子をもって戻ってくる。
「ポムポムのお菓子作りは久しぶりよ、口に合うといいのだけど」
素朴な焼き菓子のうえをブンブン飛ぶなっちゃんを、タクンはヒョイと捕まえて首にスタイを巻き、小さく取り分ける世話好きさんだ。
おいしいですとユージーンは言ったが、サバイバル仕様の舌は当てにならず、そこそこの期待値で頬張れば、やっぱり見た目通りの素朴な味だった。
「ところで、セナポムポムって何ですか?」
特別なポムポムだよと答えた女性は手を合わす。
「西の森には薬創りの一族ポムポムの里がある。秘術が漏れぬよう、外に出た住人は里には帰れない。きっとお母さんもそうだろう」
紺青の髪が一族の証なら、母親の出自はポムポムだ。しかし紺青色だからと差別されるでなし、ますます銀の色に固執する理由がわからない。
「ポムポムに行けば分かるかしら?ああ、外部者は入れないのだった」
「結界を叩き壊そう」
黄色の即答にその手があったとほそく笑んだが、他国王家のユージーンがメンバーにいては領域侵犯になりかねない。
「セナポムポムは特別だよ。里の守り手は歓迎されるから、ポムポムのお菓子をたんと供えてくれるだろう」
「おもてなしなら素朴もいいけど、お供え物には華がないお菓子ね・・うげっ」
なっちゃんは頭突きでイリュージャを黙らせて、一行はポムポムに向けて出発したのだった。
▽
うずくまるディファストロの耳に、ザバーンと打ち寄せる波と、コポコポと岩の隙間に沁みこむ音が繰り返される。
「僕の魔力は、ジーンの身の内にあるバケモノの一部だ」
妖魔の殆どはユージーンにあり、ディファストロに顕れたのは左目のみ。魔力暴走で金に染まるものの、人の力でもじゅうぶん制御は可能で、敢えて無いものとしてふるまってきた。
「僕は悪者になりたくない。銀の魔女のせい、ロレッツァのせいにすることで、罪を負うことを避けたんだ」
厄介分の対価のように、周りを振り回してきた自覚はある。
「ガラルーダが愛した人はみんな逝く。家族、恋人、仲間、次はロレッツァの番で、最後にサラを喪って終わるって」
この呪いがユージーンとディファストロに効かないのは、二人が人ならざるものだからで、だからサラは将軍のガラルーダを双子の護衛にしたという。
文部に君臨する宰相サラ、軍部を統べる将軍ガラルーダ、地剣の覇者ロレッツァですら、抗う術がなかった銀の魔女。
「このままじゃ魔女の一人勝ちだ」
一矢報いるためには今以上の力がいるのだとリヴァンを撫でれば、クルルと嬉しそうに嘶いた。
ラリマーの洞窟に魔力を満たし、微細な振動で超爆発を起こせば、青の岩壁に白い波がさざめいて煌めく。こうやって再構築を果たしたリヴァンは、ガラス質の鱗に真珠の爪、長く太い首に深紅の魔石を讃えるリヴァイアサンへと成獣化した。
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