29 ポムポムの幼いエント
ディファストロの家出を知ったサラの怒声が、歴史ある塔を震撼させた。
「責任を全うもせずにトンズラだって!?」
公務に支障がないよう調整したユージーンとは違う無責任な職務放棄で、さすがのガラルーダもこれには閉口して無関心を決め込む。
怒るタイミングを外したロレッツァは二人の分まで錯綜する羽目に陥り、情報収集、相次ぐ招集、捜索隊の派遣、王の叱責と、てんやわんやで右往左往だ。
俺は頭を使うと消えるんだと泣きついて、二人は渋々腰をあげたが、怒りのボルテージが右肩上がりのサラに八つ当たりされ、本当に消えそう、いやもう消えたいとフラフラになっている。
「ハナタレ小僧は、山のてっぺんに繋いでおやり!」
金の環と鎖を隠すことをやめたサラの姿は痛々しくて、口の悪さが緩和される謎の美人特権を発動中だ。
「リヴァンが成体したとシャラナから報告があった」
サラはブチ切れていようと、最も効果的な策で事態を収めるから、ロレッツァは目となり耳となり情報を収集する。
「シャラナを捜索に、」
「シャラナ在るとこ奇怪在り。無ければ呼ぶし来なければ起こす」
ガラルーダの的確な発言に、さすがのサラもぐうの音が出ず考え込んだ。
「『視る』はだめだ。サラを危険に晒す者に王家の資格はない」
ガラルーダはきっぱりとしたもので、ロレッツァは口笛を吹いて冷やかす。
「ずいぶんクールだな」
「復讐のために育てておきながら、いざとなったら怖気付くお前が言うか」
「う、いじめっ子だぞ!サラちゃん、叱って」
「その通りだろう。ガラルーダにお膳立てさせておいてアレは情けない。社会人として速やかに謝罪文は送ったんだろうね」
「へ?えーと、例文とかある?」
「本人を前に誠意の欠片もない奴だな」
サラとガラルーダはこの二日を渡りに船と、敵を欺き水面下で事を運ぶ画策にあてていた。
「ごらんよ、そうとも知らずまんまと尻尾を出した連中を」
ディファストロの捜索は、先王の時代より恩恵を受ける一派が偽の情報を真に受け南に向かい、片や大戦後に辺境へ追いやられたサラの古き友は正しく北を目指す。
「強固な隠れ蓑はもうない。死んだ友の名誉を踏みにじり、生き延びた友を辺境に追いやり、私腹を肥やす者を一気に排除してやろう」
羊皮紙に綴る家名が赤く光って浮かび、粛清の布告とする。
「長かった。もう二度と友を駒と呼ぶことはしない」
終結から10年。決起を見ることなく死んだ同胞に頭を垂れて、サラは金の環をしゃらりと鳴らし命令を下したのだ。
▽
▽
イリュージャたちが行けども行けどもただの森の道で、しかし精霊の道案内によればここがポムポムの里だという。
黄色はとうとう痺れを切らして咆哮をあげ、戻った木霊に耳を澄ませて魔力強弱を測る。
「目くらましを解くつもりはないようだ。力はイリュージャが上位だがどうする」
どうするとはつまり叩き壊すかとの問いで、セナポムポムを囮にして穏便にいく作戦は失敗である。
「まずは私と黄色で行くから、ジーンは待っててね」
ユージーンは渋るが、他国の王族が破壊した結界に立ち入れば侵略行為である。
「招待ならいいって理にある。力づくで招待されてくるわよ」
その手段について特記がないのは幸いだ。
二手に分かれると変身を解除して銀の姿に戻った。魔力は嘘を嫌うからで、本来の姿に黄色が安堵したのも同じ理由だ。
「黄色見て、魔法陣の紋様がたくさんあるわ」
里を隠すなら丸ごと覆うのが一般的だが、ここにある結界は鈴なりで、黄色はクンクンと鼻を鳴らした。
「各々の紋様は時代も術者も違う創造だが、操作する術者は一人だ」
結界は術者が逝けば消えるのが定説だが、脈々と受け継がれてきた魔法陣は、ここが外界と隔たる特殊な場所の証明だろう。
そのうちの数枚を無効化すれば体が通る路になる。なんとも呆気ないセキュリティだだ、里ごと隠されていれば里ごと破壊せねばならず、ポムポムの一族にとって、秘術の秘匿が里人の命より大切なのだろうと思えた。
道の先には三角の家がいくつもあって、どの家の扉にも羽飾りが下がり、火が焚かれている。
『狭間、隙間、谷間』
イリュージャが冷笑し、黄色は鱗を逆立て牙を剥く。
「まんまと偽物を掴まされた。家、火、護りはあっても道理がない」
見渡す限りの草原であればもうしばらくは騙せただろうが、人が暮らす土地には必ず魔法契約があるもので、立ち入った瞬間に脳裏に道理が書き込まれるはずなのにそれがないのだ。
「鏡よ鏡、鏡さん。誰かが私を見ていたら片っ端から壊しましょう」
退屈な船旅で何度も読んだ『白雪姫と七精霊の小人戦隊』では、毒リンゴを拵えた悪いお后さまは特殊メイクでお婆さんに紛したけれど、あまりのジャストフィットぶりにショックを受けて、すっかり引き籠もりになった冒頭シーンのセリフを引用。
おかげで毒入り林檎が世に出ることなく、風評被害を恐れたりんご農家は胸を撫で下ろしましたと、心温まるお話である。
イリュージャの呪文に集まる精霊がクルクル踊る。
『壊すの、潰すの、捻り切るのぉ』
「せーのでいくよっー」
「ま、待たれよっ。結界を解き一行をお招きする!」
せっかくのやる気に水を差す声がして目の前が明るくなった。
招待が真かを見極めるのはなっちゃんで、魔法を発動して氷の礫に反応がないと確かめると、ユージーンに大丈夫だと頷く。
「なっちゃん、まるで魔法使いみたいだよ」
「ああ、俺もすっかり忘れてたよ」
教員は魔力より体力だと胸を張るが、魔法学校なんだからそれでは困る。
紺青色の髪をした人々の間から一人の青年が前に出る。
「ようこそポムポムへ!」
「ねえ黄色、私を騙したくせにこの人は謝らないよ?」
「里ごとサッパリ抹消するといい」
「そうしよう」
すると青年はヒイッと声をあげ、ナムナムと経を唱えだした。
「ごめんなさい。幼い長がガーゴイルを怖がったんだ」
ペコペコと頭を下げれば、精霊が本当だよと耳元で囁く。
「そしてよくぞ戻られた、セナポムポム!秘術の守り手を歓迎しよう」
その宣言で人々はユージーンの髪や頬にキスをして抱きしめた。
「ニンジンブラコンがいたら今日から始まる大戦争だね」
「・・うおっ、過呼吸起こしてた!黄色の正体がガーゴイル!?孤高の妖魔ガーゴイル!」
白目を剥いたなっちゃんは、カッと目を見開いて鼻血を噴きそうだ。
「ガーゴイルなの?」
「そうだったな」
「それじゃガーゴイルさんって呼んだほうがいい?」
妖魔はその種で呼ばれるのが通例だ。
「黄色とは人を見る目のある先生が絶賛した名だから、我は気に入ってる」
「ええっ、ガーゴイルって呼びたいよぉ」
駄々を捏ねるなっちゃんはタクンに叱られて、私は人を見る目があるというシャラナ先生に初めて感謝したのだ。
▽
青年の名はヨヨといい、幼い里長の補佐役だという。
里で一番偉い人の補佐なら宰相に相当するとユージーンは説明し、ウチの天災級宰相を思い浮かべた途端、好青年に見えるのは謎である。
「あれが里長の家だよ。手前がポーポーの小屋」
他より大きい家には、とんがり屋根のおうちに似た小屋があり、止まり木には20羽ものポーポーがいた。
家のほうは円型の一部屋だけで、右と左に魔力を帯びたパーテーションがある。
ヨヨに隠れているのは5歳児の私よりもっと小さく、鮮やかな紺青色の髪と瞳の女の子で、
「里長のエントです。エント、セナポムポムに挨拶を」
しかしエントは黄色にたじろぎ、ヨヨの服をぎゅっと掴んだ。
「黄色が怖いの?こんなにきれいなのに」
イリュージャが珊瑚の角を撫でれば、
「混じってるもん」
エントは蚊の鳴く声で答える。
「エント。それはガーゴイルの責でない。人がそのようにしたのだよ」
ヨヨがエントを窘めれば、今にも泣き出しそうな表情をする。
「なっちゃん、出番だよ。黄色の素晴らしさを語っておくれ!」
「よし来たっ、ガーゴイルかっけぇ、ヒュウヒュウ!」
「こりゃだめだ。シャラナ先生の足下にも及ばない」
「奇人の仲間だと認識されたらガラルーダに駆逐される」
ガラルーダとシャラナの接点は知らないが、ともかく天敵らしい。
世ヨに宥められたエントはようやく顔を出し、ポッポを指差す。
「そのポーポは魔力肥大をおこしてる。他の子と取り換えるといい」
だがユージーンはその提案に首を振った。
「ポッポと呼べるのはこいつだけだ」
ポッポはキリっと胸を張ってポッポーと鳴き、なっちゃんはそれが契約の正しき在り方だと感心し、タクンは恥ずかしそうに俯いた。
ユージーンはエントの背丈に合わせて屈み、話を切り出す。
「エント。銀の魔女とよばれた紺青色の女を知っていますか?」
「・・それはあなたのこと?」
エントはユージーンでなく私に訊ね、ヨヨは息を殺して答えを待っている。
「そうなのかな?この体は母親の血肉よ」
するとヨヨは破願し、イリュージャの頭を撫でた。
「あなたをさがしていました。これで一族の穢れを屠れます」
柔らかな口調とは裏腹の死の宣告に、黄色は地を揺らして牙を剥いた。
「だめ黄色。無駄にする時間はない」
「ひとつであるお前は選べないのだぞ!ならば我はお前が望む選択を得るまで、すべて葬る覚悟だ!」
「なるほど、全てを灰燼に帰して無かったことにする作戦ね」
笑ったイリュージャにヨヨは青ざめる。
風が吹いて左のタペストリーが捲れると、花の香りと遠いところから女性の声が聞えて来た。
「こちらへおいで、真実を話しましょう。私は古きエント、ポムポムの番人です」
「黄色も一緒に行きます」
「拒みません。イデアと黄色はこちらへ」
ユージーンが腕を掴み、その隙になっちゃんが護りの呪文を呟く。
「私と黄色コンビは無敵コンビ。ジーンは選ぶための真を見つけてね」
役目が違うのだと突き放されたようで、ゆっくり手を離したのだ。
▽
「こんにちは、イデア」
タペストリーをくぐるとそこは一面の花畑で、初老の女性は前任のエント、今はポムポムの番人だという。
「今年もたくさんの薬花が咲きました。ありがたいこと」
「変な花だわ。捻じ曲がってる」
「その通り。これは逝く命を捩じって曲げて留める薬ですもの」
古きエントはイリュージャの姿を見つめ、ああ・・と息を吐く。
「あなたの血肉は我が娘イデア、後にエントと呼ばれた母親のものなのね」
それは予想通りだけど、最後通告されたも同じだ。
「私の体はもう無いのね」
氷漬けでも本物の体があれば足掻きもできたが、その希望は潰えた。
「私の周囲の人たちは、何にも教えてくれない」
「残酷な運命をどうして話せましょう。泣いていいのですよ、すでに無い命と知って、正気でいられるものでしょうか」
古きエントの慈しみの言葉と眼差しは、イリュージャを苛つかせるのに十分だ。
「そんなことをしても母親が高笑いするだけよ」
黄色は私の前に立ち塞がり、矛盾していると唸る。
「乗っ取るのであれば、赤子の魂を壊し傀儡にするほうが合理的だ」
私が私の意志で生きたのは、母親が命を奪われ魂を残したからで、傀儡にするなら魂を壊して命に己を宿すほうが合理的だ。
「そのつもりでいたでしょう。誤算は産まれた我が子が生粋の銀であったこと」
古きエントの髪から紺青色が剥がれて白髪の老婆になった。
「あの子は銀を憎んだ。だからあなたの姿を殺さずにはおれなかったの」
▽
ロレッツァが目を開けば、そこは紺青色の花が咲き誇る夢の世界だった。
「俺の内にある妖魔が見る夢か」
まるで紺青のカーペットのようだが、花弁が5枚の小花に特別さはない。
「ジーンさまとディファさまが迷子になったら、見つけられるかなあ」
する必要のない心配だが、そんな見事な紺青の花畑なのだ。
遠くのほうでは銀の光が輝いていて、吸い込まれるように宙を舞う。
「『ふたつ』の妖魔に、イリュージャはこんなふうに見えるのだな」
厄介なのは感情まで共有することで、泣いていいのですよと言った老婆を押しのけたい衝動を抑えた。
泣くなら甘やかしてやりたいが、唾でも吐きそうなヤサグレぶりにプッと吹き出す。
「なあ、『ふたつ』。お前の『ひとつ』は逞しいな」
大地の香りを纏う妖魔の竜が、『我のひとつ』と優しく呼んだ。
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