4 とんがり屋根のおうちと学校生活

 ファゲル侯爵家はエボルブルス王国建国時より続く名家であるが、イデア・イリュージャ・ファゲルは王城と無縁の名ばかり貴族で、石造りの城門を見上げると黄色に訊ねた。

「貴族も庶民も、人のサイズって同じだっけ?」

「うむ。ああいうものを通す為だろう」

 豪奢な二頭立ての馬車が城門をくぐると石畳で停車し、待機していた女官が恭しく礼を取ると、馬車から下りてきた新入生の生徒を案内していく。


 あれは貴族専用の入口で、一般生徒の受付は東屋のようだ。私も一応は貴族だが、馬車の間に並ぼうものなら馬に髪を食まれるに違いない。

「結界を壊せば解決だ」

 黄色は脚をトントンさせており、暴れでもしたら大変だと生徒でごった返す一般受付に並んだが、

「受付を済ませた生徒は、所属する寮のテントに入ってくださーい」

 係の人が整列を促しており、『寮塔名がない生徒用」のテントはどこだと目を凝らしたが、もちろんそんなものはどこにもない。


 入学許可証を提示すると、係の人は驚いたように私の顔と貴族の入口を交互に見て、それから貴族入口近くの甲冑の騎士に目配せをした。

「我は甲冑が嫌いだ」

 黄色は低く唸りをあげ、甲冑の騎士がこちらを向くより早く地に潜る。

 平々凡々が目的の私とて甲冑と関わり合いは勘弁してほしいが、その男性は波打つ煌びやかな金髪とサファイア色の瞳、真珠色に輝く鎧に金糸のマントとゴージャスないでたちで、

「大天使さまですか?」

「騎士ですよ」

 まさに大天使を彷彿とさせる騎士である。


「城所属のガラルーダです。入学式の後で寮に案内しましょう」

 大天使、いや騎士さまが待っていたのは私だけのようで、式典が行われる講堂へ案内されていく。

「バックは先に運んでも?」

「大丈夫です。全財産と私は一心同体だもの」

 こんなこともあろうかと、腹にはリゼの預金帳がしっかりと括り付けられている。


  ▽


「ガラルーダ、笑いすぎ」

 イリュージャを案内し終えた大天使のような騎士ガラルーダは控室に入ると、我慢できないとばかりに笑い、先にいたロレッツァは苦笑した。

「あのくらいの子供が『全財産と私は一心同体』なんて言うか?名言だ」

「金が絡むとキリッといい目をするだろう」

「それは褒め言葉か?『イロイロ』とおもしろい子供だ」

 ガラルーダは目をすがめるとロレッツァの反応を窺っている。


「おもしろくもあるだろう。例えるなら事なかれであるが、人ならざる者に執着される相」

「波乱の相だな」

 ほそく笑むガラルーダに、ロレッツァは声を潜めると警告を促した。

「影に妖魔がいるぞ」

「私が警戒すべきほどの妖魔か?」

「お前の強さは承知のうえで警告だ。錆色の鱗を持つ黄色い妖魔は理を外れている」

 ロレッツァは眉を顰めると、計画には厄介な代物だと呟くのだった。


  ▽


 入学式の講堂はすでに着席が終了しており、最後尾に座ったイリュージャは、新入生の使役魔たちが上と下をバタバタするのが楽しくてならない。

「ねえ黄色、あの妖魔は具合が悪そうだね」

「草妖魔ユーレーダケだ。気力を吸うから気を付けろ」

「あっちにいるのは岩にそっくり」

「ボムという。刺激で爆破するから近づくな」

「そのお隣のほそいのは?」

「叫びのパンシー。金切声をあげるから関わるな」


 使役魔がいる新入生は少ないとロレッツァが言ったので、黄色は影に隠してあるが、貴族席の半数くらいは使役魔を伴っている。

「前にいるのは水竜の幼体ね」

 飛沫をあげた水妖の鱗がキラキラと輝き、しかし竜の魔石は教会没収の骨折り損の逸品で興味はない。


「その横のは手紙鳥ポーポーだけど‥大きい」

 ポーポーは際立った種ではないが、あれほど大きいサイズは珍しく、水竜の飛沫がかかろうと微動だしない。

「ねえ、黄色も出ておいでよ」

 すると朱色の尾だけがあらわれて足首を擦った。

「影にあっても護る。使役の契約より強固な我の意志をもってだ」

「心細いんだもん。手を握るのもだめ?」

「良い。我は強い」

 黄色の過保護を示すバロメーターは、こうやってぐんぐんと急騰したのだ。


  ▽


 入学式典の会場を出ると約束通りガラルーダがいて、話をしながら転移盤を踏み宿舎があるという林の道に出た。

「学校長は偉大な魔法使いで、私の在学中もずいぶんとお世話になtったものですよ」

 三人でねと口にはしないが、在りし日を思い浮かべ口端が弛む。


「偉大な校長先生の使役魔は何という妖魔ですか?」

「あれは海原の妖魔セルキーですよ。希少種で価値は計り知れない」

「試す価値有りかしら・・」

 呟いたイリュージャはハッと顔をあげ、ブンブンと首を振る。

「学校は狩り禁止。はぐれてなければ狩っちゃだめ」

 はぐれてたら狩るんだなとガラルーダは苦笑だ。


「ふたりの王子にも使役魔がいます」

「リヴァイアサンの魔石はサファイアだけど、教会没収だから要りません」

「・・いえ、双子を見分けるコツを知りたくはないかと」

「リヴァイアサンは双子ですか?」

 話が噛み合わないのもそのはずで、式典の席順は前列から礎、四大、応寮塔の順番で自分は最後尾、しかも付き添いの参列が多くって、イリュージャから見えたのは宙に浮く使役魔だけだ。


 ファゲル侯爵家の事情はガラルーダも知っている。

 家名は領地の発展のためで家族の愛情はなく、それは不憫であるけれど運命でもあると目をすがめた時。


 突如ガラルーダが立っていた地面が崩れて、鋭い鍵爪が目の前を掻き切り間一髪で飛び去る。あらわれたのは冷気を吐く黄色い妖魔で、ぶんっとカマイタチの風で一帯の木々を切り裂いて林に雷鳴を轟かす。

「この子は黄色。ガラルーダさんが私を値踏みしたから怒ったの。使役魔ってそういうものだもの」

 使役魔の本当など知る由もないが、こういう時は先手必勝が効果的で、

「そう、だろうか」

 ちょっと悩んだようだが、ソコソコ納得もした。


「だけど次は止めない」

 数々の武勲を上げたガラルーダであろうと、銀の畏怖を前に体は委縮する。

 遠い過去のあの人よりもっと濃密な銀に生唾を飲み、しかしイリュージャは殺気立つ残滓など気にもせず、カマイタチですっきりした林の洋館を指差した。

「まさか私と黄色のおうちじゃないよね?」


 花が咲き誇る庭園には真っ白な石畳が玄関まで続いており、バラがモチーフのバルコニーにステンドガラスが七色の光を放つ洋館。

「掃除で一日が終わっちゃうよ」

 黄色は高い木を駆け上がり周囲を探る。

「裏手に建物がある。真下に地脈、真上は星で吉相だ」 

「素敵ね」

「あれは納屋で手入れがされていない」

 するとイリュージャは人差し指を立ててガラルーダの言葉を遮った。

「あなたは得たいのでしょう?」


 -銀を意のままにしようとは狂気の沙汰だわ-


 遠い記憶から囁く銀の魔女に思わず剣を握り、ゆっくりとゆっくりと息を吐いた。


  ▽


 イリュージャと黄色は、洋館の裏手にあるトンガリ屋根のおうちで暮らすことになった。

 この建物は庭師の休憩所を警備の宿直に改築したもので、度重なる増築で扉がいっぱいの奇妙な間取りだが、宿直用の家具は揃っているし、広くもなく狭くもないちょうどいいサイズ感だ。


 手入れをしたのはずいぶん前のようで、珊瑚の角に蜘蛛の巣が絡まった黄色は頭を振りながら逃走し、孤軍奮闘の掃除が終わったのは夕暮れ。

 おなかすいたと思っていたら、真っ白の夜会服を纏うこりゃまたゴージャスなガラルーダが、温かい食事を差し入れてくれる。


「仕事の依頼で洋館の鍵を預けますね」

 魔力をもつ子供が魔法学校に入学するのは義務で、しかし経済的支援のない生徒も少なくはなく、先生の手伝いや美化作業のアルバイト募集が行われるという。

「月の三日、洋館で暮らす客人のため、鍵の管理をお願いします」

 他言無用でねと唇に手を当てた。

「学校は公休、ただし課題提出は怠らないこと。少しばかりはお手伝いしましょう」

 茶目っ気たっぷりに片目を瞑るガラルーダは、親指を胸に当てるとL字に切る。


「それはロレッツァと同じね」

 胸でL字に切る動作はロレッツァが何気に行うもので、おはよう、おやすみ、ごめんなさい、ありがとうと、いつでもどこでも使える万能挨拶だと言う。

「あいつはいい加減だから。これは隊を識別するものですよ」

 北の方角に頭を垂れる動作までロレッツァと同じだ。


「今夜は新入生歓迎パーティーです。レディ、私にエスコートの栄光をいただけますか?」

「・・歓迎会でなく歓迎パーティーとはお貴族仕様でしょう。私とは無縁だわ」

 あれ?侯爵令嬢のハズだがなとガラルーダは苦笑した。

 夜会は家門の思惑が顕わで気乗りしないから、小さなレディのエスコートでロレッツァをからかうつもりでいたのに、思い通りにはならないものだ。


「それじゃ手伝いをしようかな」

 腕まくりをしてみせ、コツコツと親密度アップする作戦に変更したのだが、

「トンズラした黄色を連れ戻してもらえますか?」

「えっ、それは無理かな」

 コツコツと親密度アップ作戦も思い通りにはならないようである。


  ▽

  ▽


 入学から二週間が経った。

 学校は縦にも横にも広いけど、実験塔や研究室塔には許可がないと入れない障壁があって、一年生が移動できる範囲は共通教育棟周辺のみだ。

 それなのに他の生徒とすれ違うこともないのは、貴族の子息は入学前に基礎教育を履修済みで、本格的な授業が始まるまでは上級生を聴講するからである。

 

「聴講って下級生が上級生を見るもんじゃないの?」

 初歩歴史の授業が行われる教室は、背の高い上級生で埋め尽くされ非常に窮屈。

「我の知る授業とはずいぶん違うな」

 黄色が訝しむのも最もで、教壇には舞台セットが配置され、教授はクラシカルな衣装に身を包み、朗読はすべて歌である。

 これはオペラかミュージカルか論争が勃発し、終了の鐘と同時に廊下に出たが、ファンクラブ申込みに殺到する上級生に弾かれて、黄色と窓から脱出する始末。


「サンドイッチが無事でよかったよ」

 サンドイッチはきっちり尖った三角が私好みで、中庭の木陰に座って、レタスとトマトの野菜サンドを食べた。

 それから黄色を枕にして生物学の教科書、『身近にいる生き物絵本』を開く。これは生物学の入門書で、獣、魔物、妖魔、人妖、妖精、精霊、人の内外骨格及び中身、・・つまり見開きが詳細に描写されており、絵が中心の本ではあるが、絵本というには語弊を招く本である。


「こんにちは。ねえ、キミって特別な子でしょう?」

 私をのぞきこむ影は紺青色の髪と瞳の少年で、礎寮のバッチで襟を留めていた。

「水妖の気配がする」

「リヴァンだよ。キミの妖魔が怖くて隠れてる。僕はディファストロ・エボルブルス。ねえ友達になろうよ」

 エボルブルス王国の双子王子AかBがそう言うと、リヴァンは飛沫をあげて制止し、しかし黄色がムクッと起き上がったものだから、クルリと身を翻して影に戻った。


「へえ、キミの使役魔はずいぶん混じってる」

 ディファストロは冷笑を浮かべる。

「たくさんの契約者を喰らって混じるんだよ」

 喰らうとは対価に魔力を得ることを意味するが、食事と同じでいずれ消化されるものであり、混じるという表現は悪食と揶揄するに等しい。


「黄色は長生きだもの。私も世界のカタスミで長生きするのが目標よ」

「ふうん、長生きはいいよね。きっと僕たち気が合うよ」

 言葉の外と心の内が異なるのは『人である人らしさ』だと、人ならざる者がイリュージャに耳打ちをする。

「城のカタスミには金のエンジェル像があってさ、」

 ディファストロはイリュージャの困惑など気にも留めず、

「カタスミ違いの王子だ」

 黄色はボソッと呟くと、午後の授業に遅れるぞと私を急かした。


「きっと妹と勘違いしているのね、后候補の特別はアリシャよ」

 するとディファストロはクスッと笑う。

「勘違いしてたんだね、僕。リヴァンが怖いのは妖魔じゃなくキミだって」

 黄色の唸り声と予鈴が重なって、ディファストロはまたねと手を振った。

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