3 ハンブンくんは妖魔か人か

 行き止まりの魔法路からやって来た黄色の頭には、ヘラジカのように大きく、紅珊瑚のように八放に伸びる角が輝いていた。

「黄色は大きくなったし、言葉を話せるようにもなったのね」

 近頃しきりに耳を痒そうにしていたのは、角が生える兆候だったのだろうか。

「魔力の源である角が再生したことで、我は有るべき姿に戻った」

 ブルルと頭を振れば風が起き、地精霊が綿毛のように宙に舞う。


「地の仔のことは地精霊に任すと良い。そして我がその者をここへ連れてこよう」

 すると地精霊は、あっという間にやぐらを組んで、

『ロレッツァはアッチにいるよ』

 我先に言って、公園の向こうを指差した。


 上空を旋回する鳥は範囲を絞り高度を下げており、これでは見つかるのは時間の問題だ。

「地の仔のことは地精霊に任せよう」

『まかせてぇ』

 地の精霊はやぐらを崩すと地面に潜り、黄色も地に姿を溶かして消えた。


  ▽

  

 パレードの警備にあたるロレッツァの前を、アリシャとファゲル夫妻が乗る花馬車が、歓声と花吹雪に包まれ通り過ぎていく。

「風の加護のアリシャさまがおられれば、領地は末永く安泰ですね」

 満面の笑みで手を振る神父を見ていると、侯爵家にもうひとり子供がいることを忘れてしまう。


 イリュージャの生母は北の大国ノルムより、友好の証に嫁いだ銀の魔女である。

 すでに婚姻していたファゲルが銀の魔女を正妻にしたのは王の命令で、崩御を以て正妻と内妻の立場を入れ替えた。ところが子を宿す銀の魔女は行方をくらませ、それから数カ月の後、赤ん坊のイリュージャだけがファゲル侯爵家に戻ったのだ。

「夫人の気持ちも分からなくはないが、その対価に領地の発展を得たのだから恨むものではない」

 精霊の愛し仔であるイリュージャがファゲルを名乗ることで、領地は確固たる安定を得ているのだから。


「うちのお嬢さんは倹約家だから、花馬車を羨むことはないし」

 花も馬車もムダと言うだろうなと口端が弛んだ途端、ゾワリとした感触が背をかけあがり、地から這い出した黄色い妖魔が突進するや否や床にぐいぐい押しつける。

「イテテ!俺が地の属性だからって地面には潜れないぞっ」

 床でこすれた鼻の頭を押さえて叫べば、黄色い妖魔の後から精霊が飛び出した。


『ロレッツァ、みつけた、1番でみーつけた』

『みつけた、2番でみーつけた』

 これに驚いた若い神父が悲鳴と共に闇雲に攻撃魔法を行使して、

『あぁ~ん?やるんかいっ』

 ガラ悪くオラオラとマウントを取る精霊に、痺れを切らした黄色い妖魔は四又の尾から炎を巻きあげ、謝ったり、避難指示したりとロレッツァは忙しい。


 ところが発端の若い神父ときたら、あろうことかロレッツァの背をグッと押し、

「煮るなり焼くなりお好きにどうぞ!」

 看過ならない責任転嫁をどう諭せば良いかと考えを巡らすも、まずはこの黄色い妖魔を何とかせねばと腹に力を入れて対峙する。


「妖魔、俺に何の用だ」

「使イ」

 黄色い妖魔が放つ殺気はただものでなく、これを使役できる魔法使いの心当たりは一人しかいない。

「イリュージャの求めに応じたか」

 『是』と答えた妖魔が地を蹴って、付いてこいと宙に浮く。

 遮るもののない空と障壁だらけの地ではまさに天と地の差、人をかき分け、物を飛び越え、路地を駆け上がれば壁が崩れ、砂埃で黄色い妖魔を見失う。


「地精霊、妖魔はどこだ!」

『こっちだよ~』

 精霊が返事をしたのはロレッツァではなく黄色い妖魔に向けてで、狙いを定めて直下降するとロレッツァの服を珊瑚の角でヒョイと掬いあげ、壁三つ先へと放り投げた。

「イッテテ。なんちゅう使いだよ」

 ただの人なら命が無いぞと立ち上がって見回せば、地面にうつ伏す首の無い人に釘付けになり、それがイリュージャだと気付いて青ざめた。


  ▽


 それよりちょっと前。

 ロレッツァを待つ間にもハンブンくんを覆う蔓はドンドン伸びて、精霊の蔓引き大会が開催された。ところが風精霊は蔓ごと火精霊を吹き飛ばすし、火精霊は蔓に火をつけ地精霊を焦がすし、地精霊は燃える蔓を振り回して風精霊を散らすしで、スポーツ精神なんてものは精霊の流儀にない。


 イリュージャは失くした魔石を諦めきれず、壁の隙間を広げると頭を押し込み目を凝らしていたのだが、

『地の仔だよ、ロレッツァが来たよ』

「イリュージャ、首はどこだ!」

 マッチョ牧師ロレッツァに両足を力任せに引っ張られ、顎がゴリゴリ、頬がムニュウと縮み、スッポンと小気味良い音で穴から飛び出した。


「首!・・がある、ハア」

 安堵したロレッツァの足下では、イリュージャを真似た精霊が壁の隙間に頭をいれて、

『抜けないぃ』

『破壊する?』

 羽をパタパタと楽し気だが、首がちょん切れてるみたいで不気味である。


 お使いが完了した黄色が体をすり寄せ、ロレッツァは私を背に隠した。

「この妖魔はイリュージャの使役か」

「使役とは違う。ロレッツァを連れてきてって頼んだの」

「対価はなんだ」

 それが命か記憶であれば、理を犯してでも止める覚悟だ。


「対価はすでに受け取ってある」

 その答えに抜刀し、愛し仔の感情に影響を受ける地の精霊が黄色を威嚇する。

「そこまでよ。ねえ黄色、私も対価がわからない」

「風と火の魔力が我の源である角を再生させたか」

「もしかしてクルミビスケットのこと?魔法でクルクル乾かしてチロチロ炙ったアレ?」


『エッヘン!クルクル乾かしたよ』 風精霊はクルクル踊り、

『エッヘン!チロチロ炙ったよ』 火精霊はピョンピョン跳ねて、

『エッヘン!食べたかったよぉ』 地精霊はしょげ返る。


「イリュージャの魔力が我を大きくしたのだ」

「大きくなったのはクルミを食べたからじゃないのね」

 クルミを買い占めるとこだったと笑えば、ロレッツァの大きな手が頭を鷲掴みにした。

「大きくなりたいならウチの牛乳をたんと飲め。妖魔、取引が成立したならばどことでも去れ」

 剣を突き付けるロレッツァの裏腿を、イリュージャはエイっと蹴り上げる。

「黄色は友達なんだよ」

「友達は人となるものだ。これは戦場に有る妖魔だぞ」


「あっ、妖魔といえばね」

 バラの蔓を掻き分けハンブンくんを見せれば、ロレッツァは口をパクパクさせた。

「精霊によるとハンブンくん。妖魔と人のハンブンくんだって」

「地精霊、蔓を解いて守護を託せ」

 求めに応じ蔓は地に消えて、ハンブンくんはロレッツァの腕に倒れこむ。


「げっ、まさかコレは護りのヴェール?」

 蔓が消えれば穴ぼこになった護りのヴェールがひらりと落ちて、ここが正念場だとイリュージャは腹に力をこめた。

「これは人助け。ハンブンくんを隠してと頼んだらバラがニョキニョキ伸びてきて、体はともかく高そうな服に穴が開いちゃマズいと、いや、体も穴は開かない方がいいかしら?ともかく護りのヴェールは護りきってこうなった」


「大枚はたいて買ったのに・・」

 ボロ布と化した護りのヴェールを呆然と見つめるから、良心の呵責に苛まれた私は告げ口の魔石が無くなったこと、鳥が上空で偵察していること、もしハンブンくんが裕福なら弁済いただけないかと思いつくまま話す。


 ロレッツァは旋回する鳥を見上げると、ハンブンくんをマントに包んだ。

「精霊の薬で眠っているのだな」

『パワーってしたのよ、えっへん』

「私の魔力を無断利用したけどね」

『ごめんなさい』

 地の精霊が謝れば、事情を察したロレッツァは眉尻を下げた。


「叱っておくからこいつらを嫌わないでくれ」

『ぴえーん、嫌われたら大地震起こすのぉ』

 泣きながらも、ちゃっかり脅してくるのが精霊だ。

「ロレッツァをさがしてくれたからいいよ。そうだ、ビスケットを食べよう」

 精霊は魔力をこめたお菓子が大好きで、屋台で買ったビスケットに銀の魔力を付与すれば、まずは黄色がパクリと一枚、黄色を真似た精霊がパクリと一枚食べた。


「これはロレッツァの分、ハンブンくんにもどうぞ」

 ロレッツァはまだ何か黄色に言いたげだが、イリュージャに睨まれると肩をすくめ、

「イリュージャ、入学おめでとう。数多の幸せを祈る」

 額に祝福のキスをして、ハンブンくんを抱えると急ぎ足で戻っていく。


「うわあ、数多の幸なんて縁起でもないわ。私は平々凡々に生きるのよ」

 隣にはすでに平々凡々ではない黄色い妖魔がいるのだが、考えるのはまた今度にして、明日の入学式に備えゆっくり休もうと思う。


  ▽


 いつもより早く眠ったところで起きる時間はだいたい同じで、目が覚めたのはアリシャ出発の万歳三唱の声が目覚ましだ。

「黄色。遅刻するよ」

「荷物は我が運んでおくから、シレッと式に紛れ込めばよい」

 黄色にはすでに契約者がいるそうで、しかし使役魔のフリをして学校に行くという。


「入学手続きをしないと結界に弾かれるんだよ」

「結界を叩き壊せばよいだろう」

「目立つのは嫌」

「ならば霞になり目立たぬように結界を叩き壊そう」

 どうあっても叩き壊すの一択で、もういいよと支度に集中すれば、黄色はムっと鼻に皺を寄せ、

「我ほど使役魔として優秀な妖魔はない」

 ピンと髭を伸ばして扉に向かい、鋭利な牙でノブを咥えて扉を開こうと・・したのだが、開く前にノブは粉々になった。

「・・扉は開かずとも空を行くから心配するな」

 慌てて空を見上げる黄色とは、早い段階で話し合う必要がありそうだ。


  ▽


 国の主要な建物は三つあり、王城、大聖堂、魔法学校がそれである。

 学校は全寮制だからいつもは閑散とした馬車道だが、今朝は入学式の参列者で長い渋滞のようだ。

 第一王子ユージーンはすでに王城から礎寮塔に居を移しており、新しい制服に腕を通すとイテテと顔をしかめた。


 昨日、街にいたところをロレッツァに保護されたというが、その前後の記憶はまるでない。

「ねえ、ジーン。本当に入学式に出るの?」

 すでに制服に着替えた双子の第二王子ディファストロは、火傷を冷やしていたタオルを取り上げる。


「欠席しなよ。女の子が抱きついてきたら痛みで気絶するよ」

「なんでそんな状況を想定するんだ?」

「かっこいいから」

 ディファストロは鏡の前に立った。

「前髪を2ミリ切ったのだけど、どっちがかっこいいかな?」

 鏡に映るのは紺青の髪と瞳、背丈も声もまるっきり同じ双子。

「ディファさまサイコー、ステキ、カッコイイっ」

 声色を変えたユージーンの棒読みに、ディファストロはムッと口を尖らせる。


「首が真っ赤だよ、精霊の薬も大したことはないね」

「正気に戻っただけで奇跡だろう」

 膨らんだ首の血管をストールで入念に隠せば、

「ごめんね、ジーン」

 小声で謝るディファストロに、ユージンは首を振る。


 一国の王子の命に関わる事案がうやむやなのは、病を理由に公務を欠席しがちのユージーンより、第二王子ディファストロが次代に相応しいとする勢力の関与が疑われるためだ。それがディファストロのあずかり知らぬことであろうとも、責を被るのは彼であり、しかしユージーンはそれを望んではいない。

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