2 イカレ牧師のロレッツァ

 北へ30分歩いた町に、リゼがイカレ牧師と呼ぶロレッツァの教会がある。

 年の瀬が近い街道にはピューピューと寒風が吹きつけて、イリュージャは首を竦めて身震いした。

『ねえ、魔法であったかくしよう』

『ねえ、魔法で飛んでいこう』

 精霊たちは魔法を使おうとせがんだが、私は首を振って真っ白な息を空に吐く。


 精霊の加護が人のためとは人の解釈で、摂理である精霊が摂理を捻じる奇跡を起こすのはタブーだが、奇跡を望むのが人なら人の罪になり、その証に対価を科して行使されるのが魔法だ。

 イリュージャが持つ銀の魔力が疎まれるのは、力の源が精霊の加護ではない固有能力で対価の必要がなく、それは送り主のいない小包のように胡散臭く、元栓のないガスほど手に負えないからで理に適っている。


 マントを広げたイリュージャは、精霊においでと呼びかけた。

「ほらね、こうするとあったかい」

『い、ではじまる、いっきうち~』

『ち、ではじまる、ちまなこ~』

 物騒ワードしりとりは、せちがらい世を生きる術であるとは精霊の教えで、そうするうちに広大な農園と古びた小さい教会がある、ロレッツァの町に到着した。


  ▽


 イリュージャは小麦畑で作業するロレッツァに、リゼの注文書を差し出した。

「これ預かった。よろしく、ロレッツァ」

「牧師さま、注文書を預かってきましただろうが」

 ロレッツァは泥だらけの軍手でイリュージャの額を中指で弾いて受け取る。

「イテっ。神様が見てるよ」

「こんな田舎まで見てるもんか」


 注文書を確認するロレッツァは日に焼けて小麦色で、パン屋と互角の立派な力こぶがある。鍬を手にして汗を拭く姿は逞しい農夫だが、実は広大な農園を切り盛りするマッチョな牧師さまだ。

 寄付金が少ない田舎では、牧師の稼ぎで教会維持費を賄わねばならず、畑は農地に、農地は農園に拡大し、教会は二の次で農業を満喫中である。


「注文は青薬草1と赤薬草7ね。畑の祝福がいるな」

 土に手をかざして祝福を唱えれば、赤薬草7がきらりと光った。

「まるで牧師さまみたい」

「まんま牧師さまだよ」

 薬にも毒にもなる薬草は、教会の管理下にあって祝福は神官の特権だ。


「ああそうだ、魔法学校の入学許可証が届いたよ」

 本人にしか開けぬ蝋印を解かずに渡したのは、これが神仕えに効かぬ術式だからで、神官には子供を保護する役目がある。

 魔力がある子供は身の内に過分な力を抱えて育てずらく、神官は放棄された子供の代理者としての権限をもっているのだ。


 生後三か月より育児放棄されっぱなしの私がそれに合致するが、

「うーん、領主が相手じゃムリ。神のご加護を大盤振るまいしとく」

 お上にはお上の事情があって、そこはケースバイケースで万能ではない。


「入学したら宿付き、飯付き、保健室だって使い放題だが、」

 頬の切り傷に気付いて片眉があがり、説教が始まる前に話を逸らす。

「オトーサマが入学阻止に躍起だから、警告魔具を買わなくちゃ」

 魔力を持つ子供が魔法学校で学ぶのは義務だが、病気や怪我で学校生活に支障がある場合に限っての『免除制度』を狙うに違いない。


「警告魔具は高い割にあてにならん。何を以て危険とするかは人それぞれだからな」

「だからって入学まで寝ずに過ごすのは無理だもん。だめならイチャモンつけて売値の5倍で引き取らせるよ」

「5倍は人道に悖るだろうよ。よし、護りのヴェールを貸すから細工してみろ」

 『季刊誌:元気な野菜はいい野菜』を端に寄せ、埃を被った魔導書を取り出した。


「細工しようにも私の魔力は調整が難しいんだよね」

 レベル1がロウソクの灯りで、レベル2は太陽フレアと極端なのだ。

「そのチョーカーの魔石をチョイとズラせばいいだろう」

「チョイとズラした途端に『ハズレタ』が発動するんだよ」


 首のチョーカーには魔力を抑制する魔石が嵌めてあり、これを外した途端に『ハズレタ』と、父親に告げ口する機能付きである。

 魔力は土地に恵みをもたらし歓迎されるものだが、妹のアリシャを家の後継者に望む両親は、私の存在が際立つことが気に入らない。

「告げ口機能の無効化なら、ああこれだ」

 ロレッツァは告げ口解除のページを開き、スコップをストッパー代わりにした。


 魔法はレンガを積み上げる作業のようで、隙間無く積むほど効果が高い。この場合、軽減であれば少々隙間があっても構わないが、無効となれば針ほどの隙間から告げ口機能が発動するから鉄壁が求められるのだ。


『魔法を使うの?』

『お手伝いするよ、集まれぇ』


 風の精霊がサワサワと薬草畑を揺らして集い、私は魔導書を模写した魔法陣に銀の雫を垂らして神経を研ぎ澄ます。

「『汝は沖つ風、汝は時つ風、その正体は白き風』」

 風精霊がくるくる踊って『おいでおいで』と手招きすれば、魔石から縮んだ白い羽がピョコっと飛び出す。

『ふわぁ、よく寝た』

 羽はぐーんと広がって、10年を魔石の番人として過ごした風精霊は、告げ口係から解任された。


  ▽


 収穫したてのアスパラガスがたっぷり入ったクリームパスタを食べ、満天の星を眺めて熱めの風呂を満喫する。

 今夜は滝の魔物を狩りに行くつもりでいたけれど、ロレッツァが学校の話をしてやるよと言うから、薬草を積んだ荷馬車で家に戻る途中だ。


「俺の武勇伝を聞くか?あれは6年生の春だった」

「そのうち聞くから今日はいい。ねえ、学校には精霊がたくさんいるの?」

 入学案内に『使役魔は一体に限ります』と書いてあったと言えば、ロレッツァは呆れ顔になる。

「使役魔と精霊がアスパラと栗ほど違うのは常識だぞ」

「私の常識は精霊とそうでないものに教わったんだよ」

「そうでないのはどちら様だ?」

 ロレッツァはコラっと叱ったが、草原色の瞳は爽やかでちっとも怖くない。


「人の常識は人に教わることだ。使役魔とは魔法使いと契約する妖魔だな」

 契約は一生涯に及ぶというが、妖魔に寿命は無いから人の一生涯のことだ。

「双方合意で契約するのね」

「妖魔使いを除いてな」

 もし黄色が契約に応じれば、使役魔として学校に行けると嬉しくなった。


「王子にも使役魔がいる。・・狩るなよ」

「王家の妖魔!?さぞや高値の魔石でしょう」

「うっとりするんじゃない。侯爵令嬢のお前は有力な后候補で目立つんだからな」

「とんでもないよ、私は南の島で余生を楽しむ貯蓄中」

 余生より青春を楽しめとロレッツァは声高らかに青春ソングを歌い、負けじと私も声を張り上げたのだ。


  ▽


 入学式の前日、アリシャの出発を祝うパレードが行われている。

 領地に四大の魔法使いがいると、魔力に惹かれた精霊が集って恵みをもたらすもので、風の魔法使いのアリシャの門出を祝う領民は紙吹雪を降らして幸を願う。


 屋台でビスケットを買ったイリュージャは、人が少ない路地に入るとフウと息を吐いた。

「凄い人でぜんぜん進めない」

 ロレッツァにヴェールを返しに行くつもりが人の多さに身動きとれず、先に黄色を森から連れだそうと路地の奥へと駆けていく。

 西の森へ行くには行き止まりを捩じるのがいい。行き止まりと知った途端に人は興味をなくして踵を返すからで、その先に魔法の路があるなんて思いもしない。


「・・稀に例外あり、その稀が今」

 そのせいで注意を怠り、袋小路にいた先客に刃を突き付けられるとは、今日はとことんついていない。背丈は私より頭ひとつ大きくて、指はイビツ、牙のせいで口から空気が漏れて、言葉が聞き取りづらい。

「これは何だろう」

 言葉を操る妖魔は希少種で、その魔石は値が付けられぬというが、値が付かなければ売れない骨折り損である。


「見るなっ!」

 フクロウの気分になってぐるんと首を回してみたら、刃がチョーカーを切って首の魔石がポトンと落ちた。

「ぎぃゃぁぁ!」

 告げ口機能は失くして実害はなくとも家一軒分の価値がある魔石で、断末魔の叫びをあげて手を伸ばせば、スーパーボールのようにポーンポーンと二度跳ね、壁の割れた隙間に飛び込んでいったではないか。


 妖魔のような何かを突き飛ばして隙間に目を凝らしたが、見えるのは鬱蒼とした藪だけで、家一軒に相当する魔石は見当たらない。

「何てことするのよっ、昆布巻き!」

 マントをぐるぐる巻いたまるで昆布巻きのような何かを睨みつければ、ガタガタ震えてパタリと気絶する。

『にらみでヤッチャッた、すごーい』

 ボコッと地面から顔を出す地精霊たちが拍手喝采だ。


「ちがうもん。ほら息をしてるでしょう」

 昆布巻きのマントを引っ張ればゼイゼイと喘ぎが聞え、セーフと冷や汗を拭った。

 それにしてもこれまで多くの魔物や妖魔と対峙をしたが、こんな生き物は見たことがない。

 イビツなのは腕と首もそうで、皮膚は乾いた泥が瘤のようで顔だけが人。

「半分人で半分獣だから『半獣』。だけどあれは本のお話よ」

 不遇は私の十八番で困りごとへの耐性は高いが、それは自分の困ったに限られて、他者の困ったはタダタダ困る。


 昆布巻きマントの少年が妖魔か魔物なら討伐は合法だが、さきほどの様子から知性があるのは違いなく、人である可能性は否めない。

「あの鳥から隠れていたのかしら」

 上空に不自然な旋回をする鳥がおり、見つかってややこしくなるのはゴメンだと、持っていた護りのヴェールで昆布巻きクンを覆うと呪文を唱えた。


「『芽が吹き、葉が広がり、花が咲き、この生き物を覆い隠せ』」

 応じた地の精霊がぐーんぐーんと背伸びをして、護りのヴェールに蔓が這いあがると昆布巻きクンを覆い隠していく。

「ねえ精霊、この生き物はなんだろう?」

 地の精霊は顔を突き合わせると、ゴニョゴニョと相談をはじめた。


『決定!これはハンブン?』

 決定なのに疑問形は精霊アルアルで、昆布巻きクン改めハンブンくんだ。

 ハンブンくんの髪色は紺青で、瞼をこじ開ければ瞳も同じ紺青。獣の牙は真珠のように輝いて、口をこじ開ければ人の歯も輝く真珠色だった。


 精霊はイリュージャの鞄から薬の小瓶を取り出した。

『ゴックンプハッするよ!』

「飲ませろって?でもこれは塗り薬で・・」

『シュクフクパワー!えーいっ』

 精霊が塗り薬に祝福パワーを注入すると、イリュージャの体がズンと重くなる。


「私の魔力を使ったね。ルール違反だよ」

 魔法使いの魔力は対価の求めで受け渡されるもので、今のような強奪は精霊であろうと制裁がある。しかし理は沈黙を貫いており、どうやら理を超える特例の道理がそこに存在すると納得して、精霊パワーチャージの瓶をハンブンくんの口に流し込んだ。

 あくまでも塗り薬であるから味は二の次で、痙攣するほどマズかろうが、良薬口に苦しと耐えてほしいと思いを込めながら。


「さすが精霊印の祝福パワーは効果てきめんね」

 喘ぎ声は穏やかな呼吸になって、すぅすぅと寝息が聞こえてくる。

「これどうしよう。森に置いたら岩婆がいただきますだし」

 困っていると地の精霊が膝に飛び乗った。

『地の仔にご相談する』

 地精霊が地の仔と呼ぶのはロレッツァだけで、彼は地の精霊の加護を得た地の愛し仔だ。


「その手があった!いやマズいかな?護りのヴェールが穴ぼこだもん」

 地の精霊が伸ばした蔓には薔薇の棘があり、護りのヴェールは見るも無残な穴ぼこヴェールになっている。

「まあ教会より農園が立派でも神仕えよね。こうなったら人の命を救ったで押し通す」

 ハンブンくんは半分人で、弁済は人の分を引いた半値で交渉するとしよう。

「精霊。ロレッツァを呼んでくるから、ハンブンくんを頼むね」


『我が行く』

 西の森と繋がる行き止まりを捩じって、ヒタヒタとやって来たのは黄色である。

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