第三話 海水浴場はサメの餌場

「そんなことが……」


 息子の話に、寛二は黙って聞き入った。伊織はニューギニア滞在時、あの怪物に友を殺されたのだという。そのときから一年間、ずっとあのサメを追い続けていたらしい。亡き友ジムと協力して作った、イルカロボのアースを使って。


「だからさぁ、島の平和を守らなきゃいけない父さんと、ジムの仇を討ちたいボクで協力できるって、そう思わない?」

「お前は民間人だろう。こういう危険なことは警察に任せなさい」

「警察だって民間人の力を借りることはあるでしょ。ボクにはアースくんがいる。十分に手伝えるはずさ」


 息子の覚悟は固いようだ。彼は意外と頑固なところがあって、何度か親子喧嘩をしたものだった。こうなれば、息子を事件から遠ざけるのは不可能だろう。


「少し休んだら、さっさと行こう。早く殺さないと、とんでもない被害が出る」


 伊織が言ったのとほぼ同時に、駐在所の固定電話が鳴った。110番通報だ。寛二はイヤな予感を覚えつつ受話器を取った。


「大変です! 海水浴場が!」


 予感は的中した。あのサメが、海水浴場を襲撃したのだ。通報によれば、すでに被害者が出ているらしい。


 寛二はパトカーを出して、現場へ急行した。息子は後部座席に乗り込んでいる。砂浜の手前にパトカーを停めて下車したとき、寛二はすぐに地獄絵図を目の当たりにした。


「ひでぇ……」


 爆ぜる音に、煙の臭い。白い砂浜には、ところどころ人型の黒焦げが転がっている。倒れたビーチパラソルの傘部分から、旗のように炎がたなびていた。生きている人間はすでに逃げてしまったんだろう。


 ……騒動の現況は、すぐに見つかった。砂浜に乗り上げ、ビキニ姿の女一人を咥えて左右にブンブン振っている。見た目は確かにホホジロザメだが、体表は黒いタール状の液体で濡れている。


「クソッ、この化け物!」


 寛二は瞬時に拳銃サクラを抜き、引き金を引いた。重い反動が腕を襲い、乾いた銃声が耳を驚かす。長年この職を続けてきた寛二も、訓練以外で発砲したのはこれが初めてだった。


 怪物の鼻先から、ぷしゅっと黒い液が噴出した。命中したのだろうけど、怯む様子はない。獲物を咥えたまま、黒いサメは後ずさっていく。二発目、三発目と発砲したが、サメは海中へと去っていった。


「クソッ、海に逃げられちゃあどうにもできん……」


 くるっとターンした黒い塊が、沖の方へと泳いでいく。陸生動物の人間にとって、海は手出しのしづらいアウェーグラウンドだ。このままじゃあ逃げられる……寛二はぎりぎりと奥歯を噛み締めた。


 背びれが遠ざかっていく……寛二が拳銃を下ろした、そのときだった。白いしぶきを立てて、何かがサメの横腹に体当たりを仕掛けた。


「あっ、アイツは!」


 それはイルカロボのアースだった。アースはサメの胴体に噛みつきながら、物凄いパワーで黒い油まみれの体を押している。


 アースはサメを陸地へと押しているようだった。自分よりも大きなサメを、少しずつ陸へと押している。


 ……が、サメもやられてばかりではなかった。体を折り曲げ、アースの脇腹を噛み返す。鋭い歯が鋼の装甲に食い込み、少しずつボディをへこませている。サメだけあって、顎の力もかなり強いようだ。


 装甲がへこむほどの力で噛まれながらも、アースはひたすらサメを陸へと押し続けた。……が、突如アースのボディが大炎上した。火炎放射だ! 至近距離の火炎攻撃を食らってしまった。


 沈みゆくアースに目もくれず、サメは反転して沖の方へ逃げていく。アースが敗れた今、サメに立ち向かえる者はいない。


 ……いや、よく見ると、アースの体から白い煙が噴出している。その煙が、まとわりついていた炎を消火してしまった。


「ど、どういうことだ!?」

友達ジムの提案で、アースくんに液体窒素を仕込んでおいたんだ。やっぱり役に立ったね」


 アースは再びサメを追いかけ、その尾鰭の付け根に噛みついた。そして噛みついたまま、陸の方まで高速で泳いでいる。まるで何かが取り憑いているかのような執念だ。


 そしてとうとう、アースとサメは砂浜に乗り上げた。サメはのたうち回って逃れようとしているが、アースは頑として口を離そうとしない。


 ……そこへ、円柱状のものがコロコロと転がった。プロパンガスのボンベだ。海の家にあったのを、伊織が蹴って転がしたのだ。


「父さん! あれを撃って!」


 暴れるサメのすぐ近くに、ボンベが転がっている。あれを爆破して、サメを倒せというのだろう。友と一緒に作ったイルカロボが巻き添え食らうのを承知の上で。


 寛二は小さく頷くと、拳銃を構えて狙いを定めた。そして引き金を引く……が、弾はボンベに当たらず、すぐ近くに落ちていたビーチサンダルを弾き飛ばした。


 装弾数は五発。つまりあと一発しか発砲できない。寛二は自分を落ち着かせるべく、ふーっと長く息を吐いた。


「これ以上、化け物の好きにはさせんぞ」


 狙いをつけて、引き金を引く。白煙とともに、最後の銃弾が発射された。


 ――強烈な轟音を伴って、爆風と黒煙が巻き起こった。今までに見たことのないような、すさまじい大爆発だった。

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