4.人狼キラー・ジュウゾウ
出っ張った口先にふさふさとした体毛。逆三角形の体系をした大男がニタニタと笑って自分を見ている。
何度見ても慣れないその視線……自身の忘れられない過去にこびりついて離れないその視線……。
「お前は誰だ?人間ってのは扉をノックして入室するもんじゃないのか?」
鋭利な歯を輝かせながら目の前の人狼、オカが笑った。オカの言葉に答えず、鋭利な爪と歯を見る。そこには乾ききっていない血痕が付着していた。誰かを食い殺したのだろう。
「誰か食ったのか?タキ婆以外の人を」
「あ?ああ、ミドだかミロって爺さんを食ったよ。ああ、そうだそうだ」
何かを思い出したのか、オカは腹を抱えて笑い出した。その仕草にかなり苛立ちと嫌悪感を覚える。
「あいつな、俺は絶望を与えられて死ぬんだってよ。絶望ってなんだろうな。人間は難しい。俺には望みがないからな。絶たれる心配はないんだよ」
「そうかそうか」
ニタニタと笑うオカを前に、何とか冷静さを保ちつつ、友人のゲールに視線を移した。彼は、妻であるカオルを背にして、オカに銃を向けている。
「ゲール。早く逃げろ。爺さん婆さんの避難を頼む」
「分かってる。分かってるけどよ。お前、来るのが遅ぇよ」
「悪い悪い。少し道草食っちまってな」
「そのせいとは言わない。けど、ミドの爺さんも食われちまったんだぞ」
悲痛な面持ちでそう言ったゲールに返す言葉を見つけることが出来なかった。ただ、すまない、とだけ言うことしかできなかった。
「いや、お前のせいじゃない。俺に力がないのが駄目なんだ。だけど頼む……タキさんとミドさんの仇をとってくれ……ジュウゾウ」
友人の頼みにジュウゾウは指と首をポキポキと鳴らして答える。そして、錆びたメリケンサックを撫でながら、笑みを浮かべた。
「ほら、早く行け。これ以上犠牲者は出せない。村民の避難誘導、しっかりな」
「あ、ああ。カオル、行くぞ!」
「え、ええ」
「いやいや、逃がさないよ」
玄関に向かおうとしたゲールの背後に、いつの間に移動したのか、涎を垂らしたオカが立っていた。
「餌がなんで逃げるんだよ。大丈夫、みんな食ってやるから、避難なんて必要ない」
「ああ、必要はないが、万が一の為にやっといた方がいいんだよ」
大きな口を開けてゲールに噛みつこうとしたその横っ面をジュウゾウは全力で殴った。
「ガハッ!?」
応接室の壁を突き破り、舗装されてない道を転がったオカは口から血を吐き出す。それを見ながら、ジュウゾウは壁に空いた穴から外に出た。
「おお、口の中が切れたか?大丈夫か?」
「て、てめぇ」
よろよろと立ち上がったオカは口元を拭い、ジュウゾウを睨む。
「おお、怖い怖い」
ジュウゾウは飄々と言いながら、血の付いたメリケンサックをハンカチで拭いた。
「舐めてんのか?俺を舐めてんだよなぁぁ!!」
オカは激高し、太腿に力を込めた。すると、ただでさえ太かった太腿が倍以上の大きさに膨れ上がる。
「一瞬だ。一瞬で止めを刺してやるよ。人狼キラー風情がよ。俺たちを狩ると大層なことを謳いながら、俺たちに数を減らし続けられてる愚かな人間」
「まあ、確かにな。今の人狼キラーは数が少ないし、質もかなり落ちたらしい」
「俺を舐めんじゃねぇよ人間風情がよぉぉぉ!」
そう叫んだオカの姿が消えた。次の瞬間、飛翔し、蹴りを繰り出そうとしているオカがジュウゾウの目の前に現れる。
「だから勘違いをしたんだろ?」
オカが繰り出した蹴り……右足を掴んだジュウゾウは思いっきりオカを地面に叩きつけた。
「がはっ!?」
「人狼キラーの力を」
「や、やめ」
オカに馬乗りになったジュウゾウは拳を振り上げ、心臓目掛けて拳を振り下ろした。
振り下ろした拳はオカの胸部にめり込み、ミシミシと嫌な音を立てた。
「ぐぼっ!?は、ははは、ははははは」
口から血を吐き出したオカは苦しそうに息を吸いながら、笑い始めた。
「残念だったな。お、お前は本当に人狼キラーか?俺たちは銀製の武器じゃねぇと殺せねぇ。ひゃはははははははは」
狂ったように笑うオカを見下ろし、ジュウゾウは言った。
「残念だったのはお前だよ。よかったな。絶望がどういったものか……知れるぞ。俺の知人を殺しておいて、楽に死ねると思うなよ?」
低い声で言ったジュウゾウはゆっくりとメリケンサックを外した。
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