3.邂逅

「ふぅ。ありがとうございます、さて。まずは村長さんの家に行かなきゃな」

 

 座り込んだミダに礼を言い、オカは歩き出した。

 しばらく歩くと、お腹からギュルルルルという音が聞こえてくる。

 

「うーん。締まらないな。まあ、食後の軽い運動ってことで、少し走りますか」

 

 見知らぬ人がいるのが珍しいのか、小走りするオカに村人たちは愛想よく挨拶をしてくれる。


「こんにちは。いい天気ですね」


 村人に笑顔で応えていると、視界に木造二階建て住宅が見えた。他に二階建ての建物が見えないので、ミダが言った村長の家はあれなのだろうとオカは思った。

 

「はは、面白いほどに順調だな」


 村長の家の前に到着したオカは笑いながら手袋をする。そして、銀製のドアノックでドアを叩いた。すると、家の中から女性の声が聞こえてくる。

 手袋を外し、笑顔を浮かべて立っていると、すぐに扉が開かれ、茶色のワンピースを着た齢40を迎えたであろう女性が姿を現した。


「あらあらお客さんですか?」


 女性はエプロンで手を拭きながら尋ねてきた。


「オカ・ロウと申します。ご主人から仕事の依頼をされ町からやってきました」

「仕事の依頼、ですか?」

「ええ、人狼キラーです」

「あ、ああ」


 女性は手を拭くのを止め、オカのつま先から頭の天辺までを何度も見てくる。


「どうしました?」


 オカが尋ねると女性は首を振って笑った。

 

「いえ、何でもありません。どうぞどうぞ中へ」

「失礼します」


 オカは頭を下げて村長宅に足を踏み入れた。


「すぐに主人を呼んでまいります」


 オカの前に紅茶の入ったティーカップを置いた女性はそう言って奥の部屋に消えていった。


「ふぅ」


 オカは息を吐いてソファにもたれかかり、部屋を見渡した。

 オカが通されたのは応接室だった。

 長テーブルとそれを挟むように置かれたソファ。壁沿いに置かれた背の低い棚の上には村長の輝かしい功績を称える数々のトロフィー達。反対側の壁に置かれた棚の上には村長と夫人の写真やら家族写真が置かれている。

 質素な部屋だな。

 それがオカの率直な感想だった。

 一通り部屋中を見渡したオカはテーブルに置かれた紅茶を一口飲んだ。

 

「うまいな」

  

 一緒に出されたクッキーを頬張りながら、村長を待っていると、応接室の扉が開かれ、恰幅のいい初老男性が姿を現した。男の手には猟銃がしっかりと握られており、その手は小刻みに震えている。

 

「だ、誰だお前は!俺の家に何の用だ」

「いやいや。呼んだのはあなたでしょう。人狼キラーのオカ・ロウですよ」


 鼻息荒く尋ねてくる男にオカはクッキーを口に放り込みながら答えた。しかし、男は銃口をこちらに向けて唾を飛ばしながら叫ぶ。


「嘘をつけ!」

「いやいや。本当ですって、ここに身分証が……」

「動くな!」

「はぁ」


 小さく息を吐き、オカはゆっくりと手を上げた。


「俺が依頼したのは昔馴染みの人狼キラーだ」

「ええ、知っていますよ。ですが、彼が来れなくなったから私が来たんですよ」

「なぜ来れなくなった?」

 

 村長の問いにオカは笑みを崩さず答える。


「急用が入ったのですよ。ですから、人狼キラー協会の上から私に命令が下ったという訳です」

「それはおかしい」

「何が?何がおかしいのですか。よくあることですよ」

「あいつは人狼キラー協会から追放されてるはずだ。身分証もない。銀の拳銃もない」

「あー」


 そこでオカは村長から視線を外して天井を見た。シミ一つない、綺麗な天井がそこにはあった。


「それに俺は協会に依頼は出していない。あいつ自身に頼んだんだ」

「はぁ」


 視線を村長に戻し、長い長い溜息をつく。


「いつもならこれでうまくいってたのにな。また、別の餌場を探さねぇと。怠ぃ。俺たちの餌でしかねぇのに、一丁前に知恵を使ってんじゃねぇよ」

「来るな!!」

 

 一発、二発。

 応接室に銃声が響く。もちろん、村長がオカに発砲した音だ。

 カランカラン。とへこんだ銃弾が地面に落ちる。

 オカは撃たれた胸を掻きながら恐怖に染まった表情を浮かべる村長に言った。


「そんなちんけな銃で俺を殺せる訳ないだろ。俺は人狼だぜ?お前ら人間とは違う上位種だ。っていうか、スーツに穴が空いちまったじゃねぇか。はあ、また街に言って買わねぇと」

「はぁ。はぁ。はぁ。はぁ」

「はあ、まあいいや。とりあえず、お前は俺に食われるの決定な」


 オカはそう言って肉体に力を込める。すると、ブチブチという音を立て、着ていたスーツが破れていく。


「あ、あああ。ああああ」

 

 オカの前に立つ村長の顔が先ほど以上に恐怖で歪んだ。まあ、身長二メートルを超える二足歩行の狼が目の前に現れ、自分を食うのだから当然か。

 オカは口角を上げて笑う。


「その顔をした奴を食うのが好きなんだよ。さっきのミダって奴もよかったよ」

「き、貴様。ミダも……」

「ま、お前もすぐにあいつの元に行けるよ」


 そう言ってオカは村長に飛び掛かった。その時、オカのすぐ横……応接室の壁が爆発したかのような爆音を発して崩れた。


「な、なんだ!?」

 

 オカは足を止めて崩れた壁を見る。

 砂煙の中から右頬に傷跡がある中年男が姿を現した。男は鼻をつまみながら、顔の前で手を振っている。


「臭っせえな。これって害獣じゃなくても逃げ出すぜ」

「んだと?……お前は誰だ?」

「ん?俺か?」


 男は錆び付いたメリケンサックを手にはめながら笑った。


「人狼キラーだよ。お前を殺す……な」

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