第5話「任されて、託されて」

「体調もよくなったみたいで、なによりです」


 お腹の激痛はまだ引きずっているものの、随分と体調が良くなった。


「あ、自己紹介遅れました、私はメイカと言います、冒険者ですよ」


 メイカと名乗ったその人物は、赤い長髪に朝焼け色の瞳をしている女の子だ。大きなポーチと剣を携えて、青いマントを身につけている。


「そういえば、布の上で寝かせて貰ってたみたいだけど」

「はい!私が倒れていたあなたを運んで軽傷は直しておきました、もっと早くにお腹を見ておくべきでし……いや、それだとなんだか……」


 ぶつぶつと呟いて彼女は俯き、顔を上げると微笑んだ。


「ま、まあ!お礼は口頭でいいですよ!」

「……ありがとう?」

「どういたしまして」


 変わった言い回しに思わず、お礼が疑問形になってしまった。

 幸いにも、そのことを彼女が気にしている様子はなかったが。


「まあ冗談はさておくと、私以外に生き残りが居ないか見回っていたんです」

「……それで、どうだったの?」


 なんとなく答えは見えていたが、自分がネガティブに考えすぎているだけかもしれないと質問してみた。


「生きていたのはあなただけですよ、他の方々は、逃げた戦った関係なく、死にました」


 返ってきたのは、なんとなく予想通りの答えだった。

 彼女は先程の明るい雰囲気から想像できないほど、暗い表情でそう言い切った。

 こんな事があったのだから、暗くなって当然なのだけど。先程とのギャップに驚いてしまう。


「あなたはどうやって生き延びたんですか?」


 しかしこちらが心配しているのを感じ取ったのか、彼女は明るくも暗くもない微妙なトーンで質問を投げかけてきた。


「……わからない」

「そうですか、私が思うにたまたま街の隅に居たから逃げ延びたんだと思いますよ……まあ他の人は死んでますが」


 もう一度、あたりの惨状を見渡した。

 彼女の言う通りここはどうやら、街の隅に位置する場所らしい。片方にはガレキが無限に広がっていて、その反対にはガレキがない境界線が見えた。

 生きているのは僕たちだけ、ここでひとつの疑問が浮かんだ。


「えっと、君はどうやって?」

「私は……」


 赤竜が街を襲った。

 それはあまりにも突然の事で、今までに類を見ないほどの大規模な襲撃だった。

 熟練冒険者は当然、中級程度の冒険者たちですら赤竜に立ち向かった。経験の浅い冒険者たちは逃げ惑う住民たちを先導、逃げ遅れた住民を救出したりした。

 各々が自分に出来る、精一杯のことをやっていたのだ。


『逃げましょう!!私たちじゃ勝てませんよっ!!!!』


 それでも赤竜を止めることは叶わなかった。

 赤竜、普段は山の頂上に住んでいる魔物で、よっぽどの熟練者が生きていく金に困ったら渋々狩りに行くような魔物だ。


 メイカやその仲間達のような中級程度の冒険者が、どうこうできる相手ではなかったのだ。

 それでも街のために立ち上がった、そしてその圧倒的な戦力差を前にメイカは仲間たちに撤退を訴えた。


『嘘、だろ……』


 逃げることすら不可能な状況に追い込まれて、仲間の剣士が思わずそうつぶやく。

 ただいち早く思考を巡らせ、行動に移したのは仲間の魔術師だ。


『わたしの魔法なら、朝までなら、あなた達を守ることができます、詠唱の、時間稼ぎを……!』

『おう!まかせろ!時間稼ぎは俺の本領だ!』


 騎士の男が、盾を構え赤竜に吠える。

 騎士の男が敵を引き付け、剣士と魔術師がその敵を仕留める。そしてメイカが豊富な知識で戦後の手当などを行う。

 メイカのパーティは、今までもそうやって戦ってきたのだ。


『……ッ!!!!』


 しかしそれは、中級程度の冒険者に用意されるクエストで出くわした魔物に通用してきただけの戦法。

 赤竜に通用するはずもなく本当に時間稼ぎにしかならなかった騎士は、赤竜に吹き飛ばされ建物に打ち付けられた。


 しかしその時間稼ぎの賜物か、空間に穴を開け別の次元に逃げ込める魔法の詠唱を魔術師が済ませることができた。


『皆さん!穴の中に!!』


 魔術師はそう叫んだ。

 しかしメイカは負傷してまともに歩けない騎士の元まで走り、肩を貸して一緒に空間へと逃げようとしていた。

 それを見た剣士はすかさず赤竜に斬り掛かり、赤竜を引き付けた。


『大丈夫です、穴までっ、行ければ……』


 体格の差が大きく、重装備でしかも片方の足に力も入らない騎士とメイカの歩みは非常に遅かった。

 そんな中、騎士は剣士に目配せした。

 そして、騎士はメイカを力強く前へ押した。


『……?』


 騎士は、ゆっくりと首を横に振った。

 強く握っていた騎士のマントだけを手に、状況を呑み込めず騎士を唖然と見つめるメイカを剣士が抱きかかえて空間の穴へと走った。


『任せた』

『……っ、ああ!こいメイカ!』


 何が起きたのか、遅れて理解したメイカは騎士に手を伸ばしながら叫ぶ。


『嫌です!!だって、まだ助けられます!仲間じゃないですか!!置いていくなんて、そんなことできませんよ!!』

『早くしてください!早く穴へ!』


 騎士が赤竜に吠えた。

 いつもクエストで、魔物にやるように。

 赤竜に標的にされずになんとか、空間の穴の中へとたどり着いた。

 そして、剣士は魔術師に伸ばしている手が掴まれないことに気づき振り返った。


『お前は……?』

『わたしは、いけません、これは他人ひとを守る魔法ですから、わたしは自分でなんとかします』


 魔術師の姿越しに、赤竜が鎧を弄ぶのを見て一瞬の沈黙の後に剣士が口を開いた。


『……はあ、なら……前衛職がいないとな』


 言葉尻を震えさせながら、剣士は空間から外に出た。


『私も行きます!!』


 剣士はメイカの方へ振り返り、肩を軽く叩いた。


『メイカ、また朝に』


 赤竜へと歩きながら剣士は鞘から剣を抜いて、鞘を放り捨てた。


『私もっ……!』


 メイカは魔術師に、優しく押し返された。

 震えた足はいとも簡単に崩れ落ちて、空間の中で尻もちを着いた。


『メイカ、私たちの分も、託したわ』


 そして朝になると、くしゃくしゃになったマントを抱いてメイカは空間から解放された。

 薄い橙色の空とガレキが広がっている。

 街から赤竜は消えていた。

 騒がしかったのが嘘かのように、静寂が街だった場所を包んでいた。


『……あ』


 メイカは、魔法の杖から外れた青い宝石を拾った。

 そして、折れた杖を庇うようにして落ちていた剣を拾い上げた。

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