第3話「使い魔として」
長い彼女との旅は、目的の街に着いたことにより一段落した。もちろんここで旅が終わるわけじゃない、次にはモンテタールという王国へと足を運ぶことが決まっているのだ。
この街で存分に観光と休息を撮った後に。
「綺麗な街ね、とても広いし、料理も美味しそう」
レストランと思わしき店の前に並べられたテーブルの上に、美味しそうな料理が運ばれてくる。
統一された木造の建物が並ぶ街は、まるでおとぎの国にきたかのような……異世界だからおとぎの国みたいなものか。
「王国はもっと広いけどね、楽しみにしてるといいよ」
頭を撫でながらそう言う彼女は、なぜだか得意顔だった。さすが様々な場所を旅しているだけあって博識だと称えるべきなのだろう、僕が喋れたなら。
「おお、美味しそうだ」
目の前に運ばれた皿の上には、肉汁が詰まった半透明なステーキが乗っている。摩訶不思議な見た目だ。
そう今の時刻は夕方、木造の建物を燃えるように赤く染め上げる夕日から逃れて酒場のような雰囲気の飲食店に入ったのだった。
「お、旅のお方ですか」
「そうだよ、今日この街に来たところさ」
「それはそれは、一日目の記念の夕食にうちを選んでいただいたなんて嬉しい限りですよ」
どうやら店主らしい人柄の良さそうなおじいさんが、見慣れない顔だと思ったのか気さくに話しかけてきた。
店主は一度、厨房に戻るとすぐさま戻ってきた。何やらオレンジ色の飲み物が入ったコップを持ってきたらしい。
「こちら、サービスでございます」
「ありがとう、これは、粒ジュースだね」
「お、ご存知でしたか、うちの特別メニューですよ」
粒ジュースというのは、確かに聞き馴染みがあった。たしか前にルウが話していた暖かい地域の飲み物だそうで。
ジュースの中にマンドラゴラの小さな種が入っていて、それを種は噛まずにそのまま飲むらしい。
見た目はタピオカドリンクに似ているが、種の大きさ的にはタピオカよりも飲みやすそうだ。
「リア、これが前に言った粒ジュースさ」
「キュイ!」
そう言いながら彼女はジュースを見せるように近づける。
しかしジュースを目の前にした時、なんだか肌がピリついた。
「魔物の体には悪そうだから、飲むのはダメだよ」
「キュイィ」
未だ止まない肌のヒリヒリとした感覚を不思議に思って、辺りを見渡してみた。
この感覚はこの街にたどり着くまでに、何度も経験していた。スキルの【敵意感知】が発動している時のものだ。
飲食店に魔物が入店しているのを、よく思わない人もいるのだろう。
なんだか申し訳ない。
そしてその感覚は、店を出るその時まで止むことはなかった。
「明日も観光かな」
「キュイ!」
「楽しみだね、明日はどんなところを見て回ろうか」
宿屋で部屋を借りて、明日に備えて眠ることにした眠りに落ちるまでの少しの時間。
久々のベッドの感触、僕にとっては異世界初めてのふかふかのベッドをルウと共にたっぷり堪能していた。
「おやすみ、リア」
「キュイー」
そうして僕も彼女も眠りについた。深い深い、闇の底へと落ちていって、朝の日差しでも浴びないと目を覚まさないくらいに、久々のふかふかベッドで眠っていた。
それからどれほど時間が経ったのか分からないが、まぶたの裏に差し込む淡い光で目が覚めた。それはルウも同じだったらしく、もう朝かと半開きのカーテンを大きく開け放った。
轟音、怒号、叫び声、パチパチと乾いた音。
目を覚ますと、地獄が拡がっていた。
地獄と言われて想像するものが、自分が昼に見て回った場所に出来ている。
「民間人を逃がせ!新米の冒険者は民間人を先導をしろ!!」
「戦えるやつは全員武器を持て!」
遠くで声が聞こえる、荒々しい声だ。
「大丈夫、後で会おう、先に行け」
「どなたか!!だれか!娘が、下敷きに!!」
誰かの悲痛の声、それともに聞こえる子供の泣き声。聞くに絶えない喧騒が、遠くの方までよく聞こえてしまう。
「赤竜、しかも、なんて数」
いつの間にか支度を終えたルウが剣を持ち、窓を開け放つ。遠くの方の熱気が窓を開けた瞬間押し流れてくる。
赤竜と炎がこちらまで迫ってくるのは時間の問題といった感じだ。
「おいで」
「キュイ…」
「大丈夫、行くよ」
ルウは出会った赤竜の首を、片っ端から刈り落としていく。
自分よりも何十倍もの大きさの竜を、あっという間に絶命させていくその姿から感じるのは圧倒的な強さ。
いつものように微塵も疲れなど見せず、彼女は街を駆けた。
「はぁはあ……」
炎が燃え広がり倒壊する建物に囲まれて、その時初めて彼女が疲弊した姿を見た。
この街に着くまでに何度か魔物の群れに襲われたことがあった、しかしその度に何十頭もの魔物を相手にしては呼吸ひとつ乱さずに平然としていた彼女が。
酷く呼吸を乱して、ついには膝から崩れ落ちた。
「っ……ああ、魔力切れか……」
人は魔力切れになると、体が動かなくなる。
彼女のお話で、そう聞いた。
「キュイー!キュイ!」
ダメだ、僕の体はせいぜい猫程度の大きさだ。
人間をひっぱっていけるほどの力が、今の僕にはない。
辺りに……人の気配もない。
「やられたよ…まさか……ここまでやるのか」
ゆっくりと、ついには地面に頭をつけて彼女は天を仰いだ。
胸を上下させて、ゆっくりと呼吸している。
「リア、おいで」
辺りに、敵はいないようだった。
ここらの赤竜は全てルウが狩り尽くしたらしい。
辺りに、味方もいないようだった。
人の声が一切しない。
それは逃げ遅れた人がほかに居ないからか、それともみんな燃えるガレキの……。
「リア……」
「キュゥ」
はっと気づいて、呼ばれた僕は彼女の方へと振り返った。
助けてくれる人がいないかどうか、必死に耳をすませている間に、1番近くにいた彼女の声に気づかなかったらしい。
「君には、まだ魔力が……残ってるね」
弱々しく、彼女は僕に手を伸ばした。
届かなかった手の代わりに、僕が彼女の手の元に擦り寄る。
「……キュウ」
彼女が何を言いたいのか、少しわかっていたような気がした。
僕は使い魔で、彼女が今、魔力切れで動けない状況。このままだとガレキの下敷きか炎に焼かれ死ぬ、もしくはその両方。
そして僕には魔力が残っている。
どうなのだろう。漫画や小説みたいに、僕が少し魔力を与えれば2人とも助かるのだろうか。それとも、僕の命を代償に彼女の魔力を回復させることができるのだろうか。
前者の方がいいに決まってる。
だけども、後者だとしても僕は構わない。
使い魔として、彼女の為になると決めたのだ。
これから何が起きようと、僕は使い魔としてするべきことをする覚悟がある。
「リア、君に、私の全てをあげるよ」
「キュ?」
想定していたことと真逆のことを言われてしまって、固まってしまう。
たぶん、それは、どっちにとっても1番良くない選択肢だ。
ルウにとっても、僕にとっても。
「ここらにはもう、赤竜は、いない……だからリア、東の方へ走るんだ」
それを聞いてしまって、僕はリアの手から慌てて離れた。
今の言葉だけでは詳しいことまでは分からない。だけども、最悪のことになるかもしれないというのがとても感じられた。
「リア……」
「……」
手を伸ばそうと腕を上げようとしたのかもしれない。しかし、こちらに向かったまま地面に転がる彼女の腕は少しも上がろうとしなかった。
ルウのいくつかの指だけが、かすかに動くいて僕を呼んでいる。
「最後に、撫でさせ…れないかな……」
「キュ……」
そう言われてしまって、「最後に」という言葉を気にする前に僕は猫がするみたいに頭を彼女の手に擦り付けた。
それと同時に、身体が炎に包まれたように熱くなって。思考が混濁した。そして熱中症で立ちくらみした時のように、意識がまるで鉛のように重く落ちていった。
「……任せたよ」
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