第三十話 カティの受難

カティが居なくなった。


普段親しくしているファミリアをミルカ、ヤンニシャリラと三人で訪問した帰りだった。

ファミリアとの交流が増えるにつれ、歩いて行き来するのはアンザックではまだ危険だ。

そのための馬車も購入した。護衛の雪鼬、雷狼のアルファも付いていた。

それが、馬車の一瞬の乗り降りの時に、気がついたら居なくなっていたという。

雪鼬のブランも一緒に消えていた。


僕とターニャがダンジョンから戻ると、ミルカは大泣きしているし、ヤンニシャリラは真っ青な顔で蹲っている。

話を聞いて血の気が引いた。一瞬、目の前が真っ暗になる。

カティが?あの甘えん坊のカティが?何が起きた?

「アッシュ、しっかりして!」

ターニャの声で我に返る。


すぐにコンソールに座る。ダンジョンの目は領域内の出来事は何も見逃さない。

カティ達が訪問したファミリアの家の所まで記録を巻き戻す。


三人が手を振ってファミリアの家族に別れを告げた後、ヤンニシャリラがミルカの手を引いて馬車の中へ入れてやる。カティは少し離れて眺めていた。

その瞬間、カティが消える。

ヤンニシャリラとミルカはカティが続けて乗って来ると目線をやると、居ない。

探し回る二人。でも、段々表情が崩れてくる。

御者が促してやっと帰宅の途についた。


しかし、あれは何だ?

不自然な消え方。


何度も繰り返し、その場面を再生する。

おそらく転移ではない。

ゆっくり再生すると、上に向かって移動したように見える。

追跡の方向を上に向けると、見えた。


カティの口を塞ぎ、抱え込んで空中を浮遊する。黒ずくめの男。

目が少し変だ。黒で塗りつぶされた眼に赤く光る瞳。

口からは牙が覗く。これは人ではないな。


――チュートリアル先生、こいつが何だか分かるか?

――ヴァンパイアかと思われます。

――そんな種族がいるのか?

――いいえ。ダンジョンが生み出すモンスターです。

何だって?ダンジョンが?それが何で!

――マスター、落ち着いて。このダンジョンが生み出したものではありません。


はっと気がついた。ダンジョンはこの世界に多数ある。

その中でヴァンパイアを生み出すダンジョンもあるんだ。

でも、ピンポイントでカティを狙うモンスターなら……

ダンジョンマスターがカスタマイズした奴だ!

よりによってこの僕の領域で勝手なまねをしてくれる。

しかもカティを狙うだと?コロス!


ダンジョンの目の記録を追尾することで、犯人達の行方は追えた。

ダンジョン領域を越えると追尾が出来なくなる。

なので、犯人逃走方向に向けて領域を伸ばしていった。細く、長く。速く。


瞬間移動や高速移動の手段は持っていないようだな。普通に馬車だ。

途中の町で一泊するようなので、そこで接触を試みる。

もちろん、カティの奪取が最優先だ。

それにしてもヴァンパイアは厄介だ。あのトロールのような再生能力を持っている。

対抗策としてダンピールを召喚した。チュートリアル先生のお奨めだ。


そして大蜂軍団を待機させ、ゲートルームから誘拐犯の部屋に出る。

三十代前後に見える金髪の男が振り向いて、驚愕の表情を見せる。

カティはあのヴァンパイアに抱きすくめられていた。

そしてもう一人、カティにうり二つの少女。

「誰よ、あんた」

いや、こっちがカティの訳無いか。


「カティ、おいで。助けに来たよ」

瞬足でヴァンパイアに近寄り、ぶん殴る。一発かまさないと気が済まない。

そしてカティを抱き留める。

すかさずダンピールがヴァンパイアに飛びかかった。

「なんだ、貴様らは!」金髪男が叫んだ。


突然、ぴりっとした感覚が襲う。なんだ、これは。

僕のスキルが教えてくれる。時間停止だ。

周りの動きが止まっている。いや、金髪男が近付いてくる。

僕のスキルが自動応答して、停止した時間の中で僕も動ける。

掴みかかってくる男を蹴飛ばした。


これが絡繰りか。

あの馬車の側で、カティが一瞬で消えたように見えたのは時間停止だったんだ。

とにかく時間を動かす。

ドカンと派手な音がした。ダンピールとヴァンパイアが壁を突き破って転がり出る。

僕はカティをターニャに預けた。

「まずはカティと戻って。僕はこいつと決着をつける」

それから大蜂を呼び、カティのそっくりさんを監視させる。


男は床に座って口元を拭っていた。口を切ったな。

「なぜ、カティを攫った?言っとくが時間停止は効かないぞ」

「くそっ、スキル持ちか」

「ああ、ダンジョンマスターだ。お前もだな?」

「そうさ。だがなんでダンマスがあの女に拘る?」

「僕の大事な仲間だからだ。だから取り返す。それだけだ」


男が大声で笑い出した。

「あれが仲間?あれは俺が作り出したモンスターだぞ!」

何を言ってるんだ、この男は。

「だから止めようって言ったのに。マスターにはわたしだけが居れば良い!」

少女が叫んだ。

「黙れ!あれは俺の女だ!」


「そんなに言うなら、なぜ放り出した?奴隷になるところだったんだぞ」

「この女が記憶を消して連れ出したんだ。領域を離れたら探しようが無い」

「で、今回の誘拐は?」

「どこかの園遊会で、珍しいピンクの髪をした子供を見たという話を聞いた。それで念のため確かめに来たらビンゴってわけさ」


あー、お披露目会か。やっぱり擬態を解くんじゃなかった。

僕の頭にはガザ侯爵の事しかなかった。他の子達にも過去があるんだった。

それにしてもカティの受難は、女の嫉妬から始まったってわけか。

このロリコン野郎め。まだ喚いている。

カティの事を諦めそうにないな。


腹を決めた。時空制御の出来るダンジョンマスターは危険だ。後顧の憂いは絶つ。

大蜂に命じて一刺し。男はあっけなく倒れた。少女が悲鳴を上げる。

ダンジョンマスターは自分の領域内でしか復活できない。これで終わりだ。

いきなり、少女が剣を持って僕に飛びかかってきた。


あ、まずい、と思う暇も無く、大蜂が少女を刺した。

大蜂は僕が攻撃されると反射的に反撃する。

少女まで殺すつもりはなかったんだが。

ましてやカティのそっくりさん。ちょっと胸が痛む。

でも良かったのかもしれない。マスターにぞっこんだったみたいだから。


ダンピールが戻って来た。

「ヴァンパイアは灰になりました」

「よし。戻ろうか」

二人の遺体は蜂に運ばせてダンジョンに遺棄する事にした。

一日でダンジョンが吸収し、痕跡は何も残らないだろう。

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