第十五話 ダンジョン突入③
ここで再度確認しておこう。
自動生成させたモンスターはダンジョンマスターの制御下にない。生成にダンジョンマスターの条件付けが入ってないからだ。
だから僕がモンスターを倒す条件は通常の冒険者と変わらない。
たった一つ、ダンジョンマスターはダンジョン内では死なない。らしい。
本当かどうか、試すのは怖すぎるので、チュートリアル先生の言葉を信じることにしていた。
まさか本当にそれが試される場面が来ようとは。
慎重に二十階層へ降りると、しばらく歩くまでトロールには遭遇しなかった。
二十階層は見渡す限り平原が広がり、見通しは良かった。それが油断だった。
トロールがいきなりポップしたのだ。それも隊列の真ん中で!
「GROOOOOOOOOO!」
咆哮とともにその丸太のような腕を振り回す。
真ん中に居た騎士二人が吹き飛ばされた。何度か地面をバウンドして止まった時は既に肉片になっていた。
「隊列換え!前衛はトロールを囲め!中衛、後衛はトロールから離れろ!」
アルシオの声が響き渡る。
呆然としていた冒険者たちが素早く動き出した。
僕とターニャもトロールから距離を取ろうとしたが、一瞬遅かった。
トロールの巨大な拳骨が目端に映る。刹那、本能的にターニャを突き飛ばす。
間髪を入れずもの凄い衝撃を感じた。
偽装スライムが無ければ、僕はあの気の毒な騎士さんと同じ運命を辿ったかもしれない。
それでも意識は完全に飛んだ。
気がつくと、僕はターニャの腕の中にいた。
「アッシュ!良かったあ、生きてた。大丈夫?馬鹿なんだから、もう」ターニャは涙声。
周りを見回すと戦闘はまだ続いていた。
「ターニャ、僕どれくらい寝てた?」
「小半時(三十分)くらい……って、心臓止まってたのよ。でも、カティが」
「え?カティは
「声がしたの。アッシュはまだ死んでない、待ってれば心臓が動き出すって。それまで守ってって」
僕は思わず体中を撫で回した。痛いところがない。
「はあ?」でも、何でカティ?
「擬態、解けてるわよ」ターニャがそっと耳打ちした。
トロールの打撃は擬態スライムも破壊してしまうのか。その上で僕の心臓を止めるまでの威力があるのか。いや、ただのトロールじゃない。トロールキングだ。階層ボスだ。
このままじゃ危ない。何よりターニャの命が掛かっている。
もうためらってる場合じゃない。
冒険者達で無傷の物は誰も居なかった。半数は地面に伏せている。
薄い膜が覆って居るのは、アルシオの防御魔法だろう。
いつのまにかトロールは二体になっていて、状況は絶望的。
―――チュートリアル先生、ダンジョンの壁は動かせるかい?
―――可能です。
―――あのデカ物の周りを壁で遮断して閉じこめてくれ。
―――了解。
―――あと、擬態スライムを一体頼む。やられちまった。
―――では、強化版を召還します。
すぐに地響きとともにダンジョンの地面がせり上がり、トロール達を取り囲んだ。
トロールの姿が見えなくなると、アルシオ達がへたへたと地面に座り込む。
「どうなってるんだ?」
「助かったのかよ」
「いや、油断するな、今のうちにけがの手当を」アルシオはさすがの指揮を執る。
僕はダンジョンの目を通して、壁に閉じこめられたトロールを確認する。
本当にタフな奴らだ。ダンジョンの壁を殴って少しずつ削り取っている。
だめだ、放っておけない。
どうしてやろうか。手段はいくらかある。
ダンジョン管理を使うとどこかへ転移させる罠が使える。
時空制御を使うと、時間を戻してポップ前の状態、つまり消滅させることができる。
また、空間をずらして断裂することも可能。ただし、どれもやったことはない。
一応、スキルの性質からできるだろう、という程度の物だ。
トロールは壁に閉じこめられて皆からは見えない。ちょうど良い機会だ試してみよう。
ダンジョンマスター死なない試験も出来ちゃった事だしな。
まずは擬態スライムを付け直す。
それからごめんよ、ターニャ。いかにも介抱されてますってカモフラージュしとく。
こうして無詠唱でスキル発動すれば誰にも分からないだろう。僕は気持ちいいし。
まず時間逆行だが、少し戻すとダメージを貰ってない状態になることに気づいた。
元気づいたトロールがいつ壁を壊すか分からないので中止。
ダンジョン管理で転移罠をセットしようとしたが、飛び先がランダムなので壁から近くに出してしまえばもっと危険になってしまうので中止。
結局、時空制御で断裁することに。
ただ、このスキル、座標の設定が難しい上、動く相手だと難易度が跳ね上がる。
何度も座標をはずしたけど、下手な鉄砲も数打ちゃ当たるで、ついに捉えた。
空間のずれた断面がトロールの体の位置に出現する。そして存在を空間ごと分離する。
ズバッ!ザクッ!ドシャ!
トロールの復元力は馬鹿にならないので、念入りに細切れにする。
ターニャを狙ったんだぞ。許してやるもんか!
そうしているうちに意識が朦朧としていつのまにか気を失っていたらしい。
ほんの数分らしいが、どうやら魔力切れらしく体の力が入らない。
時空制御のスキルも魔力を使うんだな。気をつけよう。
「アッシュ、死に戻ったばかりなんだから無理しちゃだめよ」
ターニャは僕が何かをしていたのに気づいたらしい。
「アッシュは大丈夫なのか?」アルシオが声をかけてきた。
どうやら一段落したんだな。
「僕は大丈夫です。どうなってますか?」
「壁が消えたら中のトロールが細切れになってたよ」
「ダンジョンの罠ですかねえ」ほのめかせてミスリードを誘う。
「どうだろうね。もし俺たちがあの壁に囲まれてたらと思うとぞっとするよ」
うん、どうやら時空制御の発動には気付かれなかったようだ。
僕はまだ子供のポーターで、そのためにだけマジックバッグを使ってるって事になってるからね。
「みんな、どうやらあの二体は階層ボスだったみたいだな。入り口への転移陣が開いてる。一休みして食事にしよう。適宜、傷の手当てしといてくれ」
そう言って、セルシオは座り込んで大きくため息をついた。死者が出てしまったんだ。リーダーとしては気が重いこったろう。
入り口への転移陣が開いたのはとてもラッキーだ。十日以上かけて戻らなくて済む。
宝箱も出た。魔法の鎧甲に魔法剣セット。国宝級だろう。これは領主へ献上することになっている。
怪我の手当も終え、死者の弔い――と言っても黙祷して亜空間に入れて持ち帰る準備――をするとまずは食事だ。全員、戦闘で腹ぺこになってる。
最後なので手持ちの酒も出した。そこでやっと笑い声が上がった。
犠牲者が出たとは言え、大きな成果を持ち帰れるんだ。笑顔が出たっておかしかないだろう。
疲れているが他のトロールが現れないとも限らないので、野営はせず転移陣で帰ることにした。
ギルドまで帰って解散だ。
僕たちポーターは余った資材をギルドに返し、報酬を貰って終了。
アルシオさん達はギルドマスターへの報告があるらしい。休みなしでご苦労様。
さて、僕も帰ったら一仕事ある。
カティが何をしたか確かめなくっちゃ。
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