第六話 ターニャ無双?に見せかける
はい、出ましたね、鉄板の展開が。
さすがに浮浪児六人が屋台ハシゴして、金払いが良いとなると目立つし、付け込む隙になる。
筋肉隆々のむさいおっさんが四人、僕たちを囲んだ。
周りはもちろん、知らん振り。変に巻き込まれても何の得にもならないし。
「景気良さそうだな、坊や達」でかいのがにやにやしながら僕らをねめまわす。
「だから何なの?あんたらに関係ないでしょ」ターニャがぴしりと言い叩く。
「いやいやいや、ちょっと怪しいなあ。悪い事した子供には大人が躾てあげないとな」
そう言って男の一人がターニャに手を伸ばしてきた。
ターニャがバシッとその手を払う。
「あたいもう成人だし。冒険者だし。この子達の面倒はあたいが見てるの。ほっといて」
「冒険者?駆け出しF級のひよっこが。まともな躾はできねえだろ?だから代わりにやってやろうと言ってんだよ!」
さて、お立ち会い。
問答の間に僕がなにもしないって思った?そんなわけないよね。
ダンジョンは何も入り口を入ってからだけが領域じゃない。実は地表の出入り口付近数キロに渡ってダンジョンの影響領域になっている。ただ、モンスターがポップしたりしないだけで、そこはちゃんとダンジョンなんだ。
だから、そこはダンジョンマスターの制御範囲になるということ。
まず、男どもの足下から密かに麻痺効果のあるガスを少しずつ流してやる。微量なので痺れたという自覚症状は無いだろう。だが、確実に平衡感覚や反射神経に影響を及ぼす。
一方で、ターニャの擬態スライムの強化をしておく。
この擬態スライムは、これで物理耐性が爆上げされ、斧でぶん殴っても傷一つ付かないし衝撃も吸収される。更にターニャの動きを補助して素早さや打撃力を増加させる。
いわば生物パワードスーツになっているんだ。
もうひとつ、ミルカの擬態スライムも魔法強化しておいた。他のみんなは物理防御だけだけどね。それはまあ、あくまでも保険という事で。
まあ、ターニャ一人で片づいちゃうんだろうけど。
戦いは男の一人がターニャを抱きすくめようとした事から始まった。
F級と言っても冒険者だよ?見かけが華奢なので侮ったんだろうがそれは油断だ。
ターニャが両腕をいなすように引き払うと――
男が宙高く舞った。
全員――男達も僕たちも見物人も呆気にとられて固まった。ターニャ本人も。
「おい、ターニャ、ほけてないで他の片づけろよ!」慌てて僕が促す。
一瞬、鋭い視線で僕を一瞥したターニャは、疾風の早さで残りの男達へ突進する。
それに気づいた男が迎え撃とうとするが、ターニャは腕をすり抜けて鳩尾に嘗底を叩き込む。
そのままジャンプすると横に居た男の頭上に踵落とし。
残る一人は慌てて剣を抜こうとするが、ターニャはすっと前に出て剣の柄を押さえ、
「遅いわよ」言うなり、顎を嘗底でカチ上げる。
宙高く舞った男が音高く地面に衝突するのと、三人の男達が地面に倒れ伏すのがほぼ同じくらいの早業だった。
しばらく静寂が辺りを満たし――続いて大歓声が上がった。
「アッシュ、説明して貰えるわね?」ターニャ姉さんが怖いです。
その後、僕たちはもみくちゃになって、色んな人たちから屋台を奢ってもらった。
それから迷宮都市の役人がやってきて事情聴取になった。
もちろん、いちゃもん付けてきたのは男どもで、周りの人たちがみんな証人になってくれたから、正当防衛でお咎めなしとなった。
ただ、華奢なターニャが男四人を瞬殺したってのが、なかなか信じられないようだった。
とりあえず、その日は橋の下の
「もう食えねえ~~」ダインが言うくらい、たらふく食った。
みんな腹をさすりながら横に転がった。
夕飯の必要は無いか。
ただダンジョンのきれいな部屋で休みたいな。
あ、そうだこの
僕自身は時空制御で亜空間に入ろうとすれば、ゲートに出ることは分かってる。
「ちょっと制御室に行ってくるね」
僕はそう言って亜空間経由でゲートに入る。
コンソールを操作して地上の領域をディスプレーに映し出す。
もちろん、僕たち六人以外は出入りできない。
設定が終わったらゲートルームに入ってみる。
パネルの一~十迄の数値にHが加わってる。これで良し。
Hの表示に手を触れると、
「おーい、みんな聞いてくれ。ダンジョン奥の部屋への出入り口をここに設定した」
「ふあ?」腹がくちくなったせいか反応が鈍い。
「こっちへ来てここに手を当てて」皆を呼んで壁面のGの表示に手を触れさせる。
「おー、あの部屋だ」ゲートルームに気づいた皆は奥の居住区画へ走っていく。
「ここじゃ偽装が解けるんだね」オルトが気が付いた。
「いや?偽装スライムを置いてきただけだよ?誰かが見ても僕らが寝ているようにしか見えないだろうね」
「まあ、アッシュのやることだ。卒は無いがな」ターニャの口調にトゲがある。
「僕、何かしたかな?ターニャ怒ってる?」まあ、聞くしかないよね。
「あれは何をした?急に周りが遅くなったように感じたし、体が軽くなった感じがした」
「ああ、擬態スライムを通してバフを掛けたんだよ。ちょっとやり過ぎた?」
「やり過ぎたじゃない、そもそもやるな!」ターニャが吐き捨てるように言った。
「ごめん、余計なお世話だった?」よく分からん。何がいけないのか。
「悪気がないのは分かる。だが、あれに慣れてしまうと弱くなる。普段スライムの防御があるだけでも出来すぎなのに、攻撃にまでバフが掛かってしまうとその内、自分の力が分からなくなる。そうなったらバフの掛かっていない自分は絶対弱くなってる」
ターニャは何てストイックなんだろう。そんな風に考えたことはなかった。僕の手助けがターニャを弱くするなんて。
「そんな顔をするな、アッシュ。本当に危なくなったら助けを求める。皆を守らなければならないからな。だが、そうでない時はできるだけ自分の力でやらせてくれないか?」
「分かった。考えなしだった。でもいつでも言ってくれ。僕はダンジョンマスターである前に、ターニャや皆の仲間だから」
ターニャは柔らかく僕を抱きしめて、軽く背中をぽんぽんした。
生前も生きてきた時間を考えると、ターニャより僕の方がずっと長い。
でも何だろう、ターニャはまるで姉のような、お母さんのような感じがするんだ。まあ、肝っ玉母さんだけどね。
ターニャは優しい。
でもその優しさはどこまでも強くなろうという意識に支えられている気がする。
ふと、上着の裾を引っ張る手に気づいた。
「カティ、どうした?」優しく声をかけてやると、
「わたし、強くなりたい」真剣な目で僕を見ながらつぶやくように言った。
「強くなったらターニャみたいに見てくれる?」
一瞬、意味を取りかねた。
カティは何を言ってるんだ?
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