第一話 駆け出しダンジョンマスター
僕の体が巨大蟻の甲殻にぶつかって、そのまま地面に投げ出される。
一瞬、
一斉に蟻たちの複眼が僕の方に向く。
目線の端に逃げ出していく冒険者パーティーの後ろ姿が映った。
そか。囮にされたか。
まあ、このパターンは何度か経験している。
でも、
蟻酸浴びても即死だし、あの顎に挟まれたら体チョンパ。ぶっとい脚は固くて強そうだし。
何より、数が半端ない。どこから湧き出てきたんだろう?
取りあえず『時間停止』で群れを止める。
止めたは良いけど、どうしよう?
ぶっとい脚でがっつり押さえ込まれ、身動き取れない。タイミング悪かったなあ。
十二歳の貧弱な体じゃ
進退窮まるってこういうのかな?
時間を動かして蟻に食べられるか、時間を止めたまま飢え死にするか。
そこで僕は決心した。
スキルに目覚めてまだやった事の無い事。
自分自身を亜空間に収納する。
うまくいくかどうか分からない。亜空間から抜け出せるかどうかも分からない。
一か八かの賭け。
一瞬の浮遊感。
のしかかっていた圧迫感が無くなり、どしんと地面に投げ出されたのが分かる。
ここが亜空間?
いや、小さな部屋だ。四畳半くらいか。
体を起こして周りを見渡す。
床が青白く光を放っている。出入り口は見当たらない。
壁面は綺麗な平面で、大理石を思わせる艶がある。
どう見たって人工物としか思えない。
そして、前世で見慣れた物が壁面に取り付けられている。
――ディスプレー?
その画面には前世の日本語でこう表示されていた。
『管理者登録を行いますか?
はい/いいえ』
キーボードのような物が見当たらない所をみると、タッチパネルか?
『いいえ』を選ぶとどうなるんだろうか?
この部屋の外に追い出される?もしかして元の場所に?
あの巨大蟻の元に送り返されるリスクは犯せない。
ここは『はい』一択だろう。
何の管理者かは知らないが、賭ける値打ちはある。
『はい』にタッチすると表示が変わった。
『手の平をパネルに当ててしばらくお待ち下さい』
指示通り、手の平をパネルに押しつけてしばらく待つ。
特に変わった事は?
……いや、表示が変わった。
『管理者の生体情報を登録しました。
ダンジョン管理についての詳細情報は管理ルームのチュートリアルを参照して下さい。
管理ルームへの通路が開きます』
ディスプレーのある壁面の反対側の壁が消えた。
その先にあったのは、巨大なコンソールと座り心地の良さそうなリクライニングチェア。
壁面を埋め尽くす無数のディスプレー。
高い天井には巨大な水晶のような結晶が光を放っていた。
ちょっと待て!
『ダンジョン管理』だって?
そこの管理者ってのはつまり?
僕はダンジョンマスターになったらしい。
ダンジョンマスターになったって、どうも実感が湧かない。
あの小部屋に表示されていたチュートリアルとか言うのを試してみよう。
コンソールの前のリクライニングチェアは、十二歳の僕にとってかなり大きい。
そこは肘掛けのガラスっぽい部分を指でなぞる事で、高さ調整が出来るみたいだ。
コンソールには航空機のコックピットみたいに、色んな情報が表示されてるらしい。
そこのチュートリアルと書かれている部分に指を触れる。
操作はどうやらスマホやタブレットと同じようだ。
ダブルタップでコンソールのディスプレィの表示が変わった。
チュートリアルメニューらしい。
取りあえず一番上の項目をダブルタップ。
『管理ルームの構成について
管理ルームの構成は好みによって変更できます。
・初期状態:マスターの知識により最適化
・言語:地球・日本語
#構成変更はコンソールの構成変更をタッチして下さい。
#王宮魔道士仕様/神殿礼拝室仕様/魔王城魔宮仕様、等に変更できます』
魔王城って……
想像もつかないな。取りあえず現状が分かりやすそうなのでこのままで行こう。
表示の続きは見取り図のようだった。スクロールも出来るな。
タブレットと同じ操作が出来るなら、ピンチ・インやピンチアウトで拡大、縮小もできるかな?うん、できる。
見取り図によると、僕が居る部分がコンソールルーム。最初に入った小部屋はゲートとなっていた。外部との出入りに使うらしい。
コンソールルームの両側は居住区で、寝室、居間、キッチンなどが十部屋ずつ並び、かなり広い廊下で繋がっている。ちゃんと風呂、トイレもあった。倉庫という広い部屋もあったけど、何を収めているんだろう?
部屋ごとにドラッグできるので、配置変更も出来るようだ。
天井に埋め込まれている巨大な結晶はダンジョン・コアだそうだ。
壁面のディスプレーにはダンジョン内の様子が映し出される。
コンソールを操作して、ダンジョンその物の変更や拡張、縮小なども出来るらしい。
今までダンジョンマスターが不在だったため、十階層の初期状態のままだという。
何が出来るかについて、その日一日かかってチュートリアルを読んだ。
重要な事がいくつか分かった。
ダンジョンマスターに必要なのは、空間操作のスキルということ。
管理ルームは亜空間にあるので、空間操作ができないと入る事ができない。
空間操作のスキルは極めてレアなスキルなので、マスターの居るダンジョンは少ないらしい。
僕が切羽詰まって亜空間に入った時、亜空間のゲートと繋がって居たのだろう。
多分、偶然じゃなく、ダンジョンが繋げたんだ。
転移時、僕のスキルや知識はダンジョンに吸収され、ダンジョン・コアはそれを利用して管理ルームを構成する。
コンソールなんかが日本語表示なのはそれが理由だ。
誰かしら、他の日本人が……とか考えたんだけど、前世の日本人である僕の知識が反映されただけなんだな。ちょっとがっかりする。
チュートリアルの量は膨大で、まだ読み進めている段階だけど、一応、ダンジョンがどうやって存続しているのか、どうやって管理するのかについて、朧気ながら掴めてきた。
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