そのポーター、実はダンジョンマスターにつき

G.G

プロローグ

僕は今、ポーターとしてダンジョンの中を進んでいく。


周りは冒険者パーティー五人。

僕自身はまだ冒険者じゃない。今十二歳、十五歳にならないと冒険者登録はできない。

ただ、補助職であるポーターとして、冒険者パーティに雇われる事は出来る。

僕のような十五歳未満の子供には割の良い職業だ。


ただ、僕はポーターとしてとても有利なスキルを持っている。

『時空制御』。

空間と時間を制御するスキルだ。もっとも、これは内緒で、マジックバッグ持ちということになっている。本当の事が分かると騒動になりかねない。

僕はまだ目立ちたくないんだ。


一応、背中に背負ったバッグがマジックバッグというダミーで、実際には『時空制御』というスキルを行使している。このバッグから亜空間に繋ぎ、物資を出し入れする。

本当はどこからでも亜空間に繋げられるんだけど、これは目くらましだ。


ただ、十二歳の子供がマジックバッグなんてレアアイテムを持っていると、取り上げてやろうなんて輩が必ずいる。だけど、僕以外には使えないので、後で盛大に悔しがる事になるんだよな。だって、ダミーだよ?只のバックパックなんだから。

僕自身はまたダミーのバックパックを手に入れれば良いんだ。


そんなふうに八歳の時から無事にポーターを続けて来られた。

でも、ポーターの実態は悲惨だ。

パーティーが追い詰められた時、最初に犠牲になるのが何の戦力もないポーター。

場合によって囮に使われる事もある。

冒険者自体はギルドの管理下にあって、囮は不正行為となる。

でも、雇われポーターは管理外なので何の保護もない。


それでもなぜ雇われポーターをするのか?

それは経験値稼ぎだ。

雇われポーターであってもパーティーメンバーとして登録され、モンスター討伐結果の経験値は取得できる。十五歳になって冒険者登録した時、経験値とレベルがとても有利になるからだ。

ハイリスク・ハイリターン。


もう一つは知識だ。

様々なパーティーの戦い方、個々の役割、連携の仕方。出没するモンスターの種類と性質。それを目の当たりに出来る。肌で感じる。

冒険者を目指す恵まれない子供達にとって、他に選択肢はない。

だが、厳しい。

十五歳まで生き残れるのは三割前後。

その代わり、生き残ったポーターは強い。

僕は絶対生き残る。



だって、あの日だって生き残ったんだ。

僕は八歳までとても恵まれた暮らしを送っていた。

アルシェ王国。大陸の小さな国。僕はそこの第六王子だった。

でも、ある日、僕の身の回りは鮮血で血塗られる。

裏切り。

サーダイル帝国の調略に乗ったガザ侯爵の裏切り。


僕の父も母も兄も姉も弟も妹も、血の海に沈んだ。

大好きな侍女も乳母も、可愛がってくれた騎士達も、血の海に沈んだ。恐怖のあまり、その辺の記憶は朧気だ。

立ち竦んでいる僕の目の前に大きな剣が振りかぶられた。

僕の頭を狙ってくる。

嫌だ、死にたくない!


突然、時間が止まった。


その瞬間、僕のスキルが覚醒したんだ。

そしてもう一つ。

前世の記憶。


その時の僕の心は三十歳前後。

恐怖に満たされてはいたものの、咄嗟に回避策を考え出す。止まった時間の中で王宮を駆け抜けて外に逃れる。前世の記憶が蘇らず、八歳の子供のままの心だったら死んでいた。

それでも誰かを助ける余裕なんて無かった。


どれだけの時間、距離を彷徨ったか。

草原を歩き、森を抜け、遠くに街の城壁を目にした所で力尽きた。


気がつけば、数人の貧しい子供達に見守られていた。

「気がついたかい?悪いけどあんたの上等な着物は売り払ったよ。まあ、助けた礼代わりと思っとくれ」

汚れて何色だか分からない髪。多分少女。薄汚れた顔はそれでも整っていたと覚えている。

「あたいはターニャ。こいつらの面倒を見ている」

そう言って後ろの子供達を手の平で示す。


「僕は?えーっと、その……」

「ここにいる連中は皆訳ありさ。あんたもそうだろ?だから何があったかは聞かない。聞きたいのはあたいらと一緒にやってくかどうかだ。少し休んで元気が出たら決めとくれ」

ターニャはそう言って、芋がいくつか転がったスープを食べさせてくれた。


結局、僕はターニャと子供達の仲間になった。

多分、僕は追われている。ガザ侯爵はアルシェ王国の生き残りを狩るだろう。

だから本名を名乗る訳にいかず、子供達にアッシュと名付けてもらった。

迷宮都市の浮浪児集団。

僕がまさかその中に居るとは思わないだろう。

逃げ出した時の衣装はターニャが売り払っていて、今はおんぼろの貫頭衣を纏っている。


アルシェ王国は消滅し、サーダイル帝国の一領となった事を一年ほどして知る。

僕の家族は全て戦いで死ぬか処刑された。ガザ侯爵は元アルシェ王国の半分の領主となったらしい。そして僕はお尋ね者だ。ギルドにはいつまでも僕の捕獲依頼が貼ってある。


でも、何だかそれは遠い事のように感じる。

ただ、今置かれた現実は、ひたすら生き延びる事が最重要だった。


アドバンテージはある。

八年間の王子の生活の中で、この世界の最低限の教育を受けてきた事だ。

この世界での読み書きができる。八歳で分かる程度の社会知識はある。

前世三十年の経験は大人の判断力と対人経験だろう。

この世界で最底辺に居る僕にとって、前世知識チートは発揮できない。文明が違いすぎる。

そして、突然開花したスキル。『時空制御』

ターニャに言わせると、ポーターにもってこいのスキルだった。


僕ら浮浪児グループはダンジョン入り口で、冒険者パーティーのポーター募集を待つ。

一人、また一人と冒険者パーティーに連れられていく。

何日潜っているかはパーティー次第。

早めに終わった者はねぐらで他の子供達の帰還を待つ。

全員がタイミング良く揃うのは滅多にないが、僕たちは稼ぎを共有するため、土に埋めた瓶にその時、その時の稼ぎを投げ入れる。

その後は必要に応じて取り出して、生きるのに必要な物を買う。


そんなふうに、僕は八歳から十二歳までを何とか生き抜いた。

その間に浮浪児グループを抜けた者もいれば、雇われた冒険者グループと一緒に帰ってこない者も居た。

この世界での命は安い。

それでも僕らは何とか生き延びてきた。



その日の僕を雇った冒険者パーティーは不運だったと思う。

突然、通路の先に巨大蟻ギガントアントの群れが押し寄せてきたのだ。

人の二倍はある体に固い甲、強力な顎、強烈な蟻酸を吹きかけてくる。


パーティーの盾役が押しとどめようとしても、巨体に弾かれ、蟻酸に盾をボロボロにされる。アーチャーの矢は甲殻に弾かれ、剣士の刃は傷すら付けられない。魔術師の魔法は何とか甲殻を焼くが、蟻酸を防ぎきれない。ヒーラーはダメージを回復し続けるが、魔力をがりがり削られていく。

とにかく巨大蟻ギガントアントの数が多すぎるのだ。


「引くぞ!パターン五!」リーダーの剣士がパーティーメンバーに叫ぶ。

はえ?何、パターン五って。聞いてないよ。

いきなり僕のバックパックが剥ぎ取られた。誰だかは全然分からない。

それから盾役のメンバーに腕を掴まれ……


巨大蟻ギガントアントの群れの中に投げ込まれた!


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