第12話 擽ったい。
帰還してから、俺は釈然としない気持ちごと体を流したくて、真っ先にシャワーへと向かった。温水が髪から順に体を濡らしていく。
「何考えてるんだよ、アイツ」
ジャックのことを考える。
俺の中の印象として、もっと狡い奴だと思っていたのだが、あまりにも真っ直ぐに善良な選択をされた先程の事が、どうしても頭に焼き付いている。
「クイズも、それが正解ってなんだよ……」
はぁ、と、息を吐いてから、俺は体を洗った。そしてリビングに戻ると、ジャックがアイスティーを入れていた。薔薇の甘い匂いがする。
「どうぞ」
そばにあったグラスに、ジャックは俺には水を注いで渡してくれた。
「どうも」
ありがたく受け取り、俺は喉を癒やす。それから、改めてじっとジャックを見た。
座ってグラスをテーブルに置き、俺は改めて告げる事に決める。
「なぁ、ジャック」
「なんです?」
「今回は結果的には正答だったようだけど、目的を達成することを優先しないと話にならない」
俺は断言した。
「だから先程の選択肢は、クイズの正答でも、攻略時の正解じゃないよ」
するとジャックが苦笑した。
「レニー殿下は大切です。絶対に救出したい。けれどそれは貴方が無事な状態でなければ意味がない。無論、俺も。みんなが無事でなければ、目的を達成したとは言えません」
「甘いよ。青闇迷宮には何があるか分からないんだぞ?」
「甘くても構わない。俺は、そう思っています」
ジャックの瞳に真剣な色が浮かんだ。俺は言葉に詰まる。すると焦燥感に似たような、けれどどこか違う擽ったさも伴う感覚が、俺の胸を襲う。
――心配されているのは嬉しい。それでは、ダメだ。冒険者として、あり得ない。
それが擽ったさと焦燥感の正体だ。
俺は、今までずっと自分がガイの心配をする日々を過ごしてきたから、気づいたら心配されることになれていないらしく、急に放たれたジャックの言葉を、上手く受け止められないらしい。そのまま俺は言葉を探したが、何も見つからなかった。ジャックも何も言わないものだから、どんどん気まずさが増していく。
結局俺は、先にジャックの視線から逃れるように、顔を背けた。
「少し寝てくる。昼は食事はいい。寝てたら夜もいらないから」
そう告げ、俺は寝室に逃げた。
そして布団をかぶり、まだ日中だというのに、ギュッと目を閉じる。
暫しの間悶々と考えていたのだが、その後俺はすぐに眠ってしまったようだった。
次の目を覚ましたのは、陽光を感じた時のことで、本当に昨夜は、ジャックは俺を起こさなかったのだと分かる。ただ隣で眠って起きた気配はあった。しかし既に姿は無い。
気を取り直して、俺は階下へと向かった。
「おはよう、エドガー」
するとこちらも昨日の苦笑とも真剣な眼差しとも違う、いつもの笑顔を浮かべたジャックがダイニングキッチンにいた。
「おはよう」
――気づいたら『いつも』となっていた笑顔。
その事実に気づき、俺は愕然としながら席につく。いつの間にか、ジャックが俺の内側に入り込んできている。そこにいるのが、自然になりつつあって怖い。
だがそんな思考を振り払い、俺は努めていつも通りを心がける。
「どうぞ」
本日の朝食はふわふわのフレンチトーストだった。
この世界には勿論フランスはないが、そういう名前だ。
甘い香りと柔らかそうな見た目に、俺は頬を緩ませる。すぐにフォークを手に取った。
「ん、美味しい」
「自信作なんです」
「ジャックに自信の無い料理ってあるのか?」
「どうでしょう? 毎日食べて判断して下さい」
楽しげに笑ったジャックの姿に、俺は小さく笑った。
こうしてまた、新しい一日が幕を開けた。
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