第10話 仕込み。

 帰宅して俺がシャワーから出ると、本日もよい香りの料理が並んでいた。それが自然となりつつあるのが怖い。食事を見ると、ホッとしてしまう。


「ハンバーグか」


 俺は呟きながら、目玉焼きが載った品を見て、本当に料理に関しては、この世界はファミレス風だなと考える。手作りらしいのは一目で分かるが。


「たねを昨日仕込んでおいたんです」

「手際が良いな」


 思わずそう告げてから、俺は席についた。


「いただきます」


 手を合わせた俺は、ナイフとフォークを手に取り、一口サイズに切り分ける。口に運べば肉汁を感じた。ソースの味も抜群だ。


「美味しいよ」

「ありがとうございます。自信作だから嬉しいな」


 にこにこしているジャックは、攻略時の真剣な表情とは一転し、本当に嬉しそうに見えた。公私を切り分けるタイプなのだろうか。そうは考えたが、つい俺はダンジョンの話題を口にしてしまう。


「とりあえず一階はクリアしたな」

「ええ。魔獣も出て来ませんでしたね。このまま安定して攻略できるといいのですが」

「油断はできないよ」


 そんな話をしつつ、この日の食事を終えた。

 本日は、俺が先に就寝した。



 ――翌朝。


「ん」


 俺は朝の光を感じ、薄らと目を開けた。すると。


「あ」


 思わず俺は間抜けな声を出し、目を開いて丸くしてしまった。真正面に、ジャックの端正な顔が合ったからだ。どうやら俺は、いつの間にか、寝返りを打っていたらしい。そしてジャックもまた、俺の方を向く形で寝ていた。しかも――目を開けている。ジャックがまじまじと俺を見ていた。そして、俺が起きたことに気がつくと、不意に破顔し、ふわりと笑った。


「おはよう、エドガー」

「あ、ああ」


 あんまりにも近い距離にジャックの顔があったものだから、見据えられている俺は硬直し、しどろもどろになってしまう。


「お、起きていたなら、起こしてくれれば……」

「――意外とあどけない顔をするんだなと」

「おい」


 思わず俺は羞恥に駆られながら、慌ててベッドから降りた。


 さて、本日も、昨日置いた魔導石の場所から攻略を再開する事になった。

 現地につく頃には、俺の動揺も収まっていた。別に動揺する必要も無かったのだろうが、なんとなくドキリとしてしまった、心臓に悪い朝だった。


「……」


 隣に立つジャックを一瞥してから、俺は杖に記憶させておいた魔術で、属性を探る。

 今回も特に、なんの気配も感じない。ただし、強い魔力の気配はある。こういう属性が特定できない場合は、物理的に魔獣がいる事が多い。俺は脳裏に、攻撃魔術の魔法陣を描き、すぐに攻撃できる準備を整える。


「行きましょう、エドガー」

「ああ」


 ジャックの声に、俺は頷いた。

 そして俺達は、ほぼ同時に、暗闇に包まれた空間に、一歩踏みだした。


 すると瞬間的に、床が光で浮かび上がった。正確には、そこに刻まれていた溝を景が駆け抜けたといえる。するとフロアが光に照らし出されて青緑に見えはじめた。浮かび上がった空間は広大で、突き当たりは見えないが、両方の壁は目視出来る。


「っ」


 すぐに俺は息を呑んだ。

 正面には、巨大な魔獣の群れがひしめくように出現したからだ。

 ぬらりとひかる薄い赤茶色の魔獣達は、巨大なミミズにそっくりだ。絡み合うようにしながら頭を擡げ、俺達の方へと這うようにして向かってくる。


「足止めします」


 ジャックが剣を引き抜いた。だが、俺は首を振る。


「待て、下がってろ」

「ですが」

「いいから」


 俺はジャックを制止し、代わりに一歩前へと出て、杖を握った。そしてそれを降る。

 直後、轟音がその場に響き渡った。頭上の宙に現れた魔法陣が、空間全体を覆い、それは稲妻へと変化し、それから雷の柱となって、床へと落下する。それぞれの柱の間に、それからすぐに雷の線が発生し、その場にいた巨大な魔獣の群れを、一気に殲滅した。弾け散った巨大ミミズ達は、すぐにそれぞれのカケラが光の粒子となって消えていく。


 この世界では、魔獣は倒れると光の粒子に変化する。ボスはその後に、宝物を残すことも多い。グロテスクでないから、倒す俺にも躊躇は無い。


 全てのミミズが弾け飛んだ時、俺の体は熱気で熱くなっており、心地の良い疲労感と汗をかいていた。緊張感も一気に解ける。


「ふぅ」


 俺は深く息をつく。正面で消えていく光は、暗闇の中にあるせいなのか、まるで蛍の光のようにも見えた。


「すごい……」


 その時、ジャックの声がした。視線を向けると呆然としたように、正面を見たままで目を見開いている。俺は気を良くした。


「この程度、どうという事はないよ」


 若干の優越感を抱いてはいたが、これは本心でもあった。俺は難しいことを考察するよりも、どちらかといえば派手に魔術を放ち、魔獣を討伐する方が向いている自信がある。だからガイとパーティを組んでいた時も、主に俺が攻撃を担っていた。いかにも筋骨隆々としたガイは武闘派だが、奴は案外思慮深い。人は見た目では無い。


 俺が唇の両端を僅かに持ち上げていると、こちらを見たジャックが目を瞠ってから、小さく頷いた。


「侮っていたわけでは無いんです。ただ、貴方の魔術がここまでとは。いつ魔術の準備を?」

「お前がハンバーグのたねを密やかに準備するのと、似たようなものだ。俺は魔術師で、冒険者だから。いつだって備えるし、それが担当だろ?」

「……確かに料理作りは俺の担当ですが、俺も青闇迷宮を攻略するために、そのためには戦う準備をしてここにいます」


 そう言うと、ジャックが困ったように笑った。


「ここは魔獣だけみたいだな、突き当たりに扉がある」


 俺はジャックの言葉には特に何も返さず、空間の突き当たりを見た。

 するとジャックが進み始めたので、俺は隣に追いつく。


 すんなりと次の三階へ続く道が見つかり、俺は深く息を吐く。


「今日はここで帰ろう。仕切り直しも必要だし」


 俺はそう告げて、扉の横に魔導石を置いた。なお、一度攻略したフロアに、魔獣が再発生する事はない。




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