第9話 一階の突き当たり。

 翌日も俺達は、揃って朝食を取ってから、青闇迷宮へと向かった。ささっと食べてしまうのが申し訳ないくらい、ジャックの手料理は美味だ。


 さて本日も、壁画の観察だ。

 今回の壁画が、このフロアの最後の壁画だった。そこには、魔族の歴史が記されていて、当初はバラバラに発生した魔族が、魔族の王によって統べられるまでの過程が描かれていた。魔王と呼ばれていたらしい。この魔王が、人間との融和を成したとされ、最後には巨大な魔王の一枚絵があった。穏やかな顔立ちに見える。


「どう思う?」


 俺にはただの歴史の壁画にしか思えず、俺はジャックへと振り返った。


「レニー殿下を連れ去った魔族に、非常によく似ています」


 すると予想していなかった角度から、答えが返ってきた。改めて俺は壁画を見る。長い髪をしていて、頭部には巻き角が見える。耳が尖っていて、豪華なマントを羽織っている。そばに人間の花嫁が描かれているが、かなり高身長に見えた。


 歴史的な意味を考えていたので、外見の部分には注意を払っていなかった俺は、改めて考えながら腕を組む。


「この存在が、このダンジョンのボスだとすると、ここまでの壁画は、ボスの記憶を頼りに創られたのかもしれない」

「だとするならば、魔王は非常に長命なのでしょうか?」

「代替わりが考えられないわけじゃないよ」


 魔族の生態は、俺にも未知だ。なにせ、これまで戦ってきた相手は、魔獣だ。人型ではなかったし、知能も持ち合わせているようには見えなかった。


「あちらに扉がありますね」


 その時ジャックが、壁に見える扉へと視線を向けた。俺も頷く。茶色い扉で、金色のドアノブがついていた。


「罠がないか確認する」


 そう伝えて、俺は杖を握る。

 罠探知の魔術を放つが、反応はない。魔術は脳裏に魔法陣を思い浮かべるか、呪文を唱えたり、魔導書や杖に記憶させておいたものを解放すると発現する。今回俺は、冒険者としてよく使う魔術なので、杖に記憶させておいた魔術を、音もなく用いた。


「なにも無さそうだな。開けよう」


 一歩前へと出て、俺はドアノブに触れた。隣にジャックが歩みよる。

 ギギギと軋んだ音を立てて開いた扉の向こうには、下へと続く石段があった。ダンジョンの中は外界とは空間が異なるので、下に向かったからと言って、それが地上に向かうわけではない。下っていても、次は二階となる。


「行こう、ジャック」


 俺はジャックを見た。ジャックもまた俺を見ていて、真剣な表情で頷く。

 こうして二人で並んで、俺達は階段を降り始めた。少し黴臭い、どこか湿った場所を降りていく。水属性だろうかと考えるが、そういった体感はあてにならないことが多いと、知識で俺は知っていた。先は薄闇に包まれていて見えない。その闇は、どんどん深く変わっていく。


 お互い真剣な面持ちのままで、特に雑談などもない。

 俺は、ジャックに好感を抱いた。これから向かう困難の前に、ペラペラと軽薄に喋る相手よりは、とても信頼できる。なお、ガイだったら、今頃ずっと喋っていただろう。だというのに、ガイの事は誰よりも信頼できるから、不思議だなとも思う。理性や理屈と感情は、どうにも違うらしい。


 二時間ほどかけて、俺達は石段を進み、下のフロアに降り立った。

 すると正面に続く大きな空間が感知できたが、闇に包まれていて、先は何も見えない。その扉の無い入り口の脇に、俺は魔導石を置いた。


「ジャック、今日は一度ここまでにしよう。本格的に二階を探索するのは、一度俺達の状態を整えてからの方がいいと思う」

「分かりました」


 素直にジャックが頷く。

 その後俺達は魔導石に触れ、共に帰還した。




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