第5話 青闇迷宮の中へ。


 着替えを終えたジャックと、家の外に出た。家を出る前に、玄関の扉の傍に、帰還時に移動するための魔導石を残すことは忘れない。これは布とは異なり、ダンジョン内の魔力を吸収して、石を設置してある場所から場所へと移動するための道具だ。迷宮内の任意の場所に石を置けば、それを用いれば、次は玄関のこの位置に戻ってこられる。逆に次に迷宮に行く時も、この石を元に、続きから始める事が出来る。


 二年間過ごした街とは異なり、まだ肌寒さが残っている。外套の首元を掴み、俺は冷たい風に耐えた。


「行きましょう」

「ああ」


 こうして俺達は家の裏手から、森へと入る。凸凹した木の根が邪魔をする道を歩き、鬱蒼と茂る森を抜けると、話の通り、開けた場所に出た。そこに、上へと続く光の階段が現れている。一段一段が光の痛手で来ているようで、それが螺旋を描いており、一番上――通常の家で言うならば三階程度の位置に、飴色の扉が出現している。


 迷わず俺は、一段目に足を置き、そして、二段・三段と登り始めた。隣に追いついてきたジャックが、横を登る。


「物怖じしないのがさすがですね」

「何年冒険者をやってると思ってるんだよ」

「俺よりお若いですよね?」

「お前、いくつ?」

「二十四歳です」

「俺も今年二十四になるけどな? 今はまだ二十三歳だけど」

「同じ歳とは……若いですね」

「ジャックが老け顔……ってわけではないけど、お前は確かに俺より年上に見える。なんでだろうな?」


 そんなやりとりをしながら進んでいく。どんどん下方の森が遠ざかり、街なみが小さく見え始めた。俺は扉の前で立ち止まり、ドアノブに触れる。この扉自体には、なんの魔力もこもっていないのが常だ。


「開けるぞ」

「ええ」


 ジャックが頷いたのを確認し、俺は扉を押し開いた。

 すると中には、氷の床と壁が広がっていて、突き当たりは見えない。中へと進みながら天井を見上げると、突き当たりが空のように見えず、果てが無さそうに思えた。


「恐らく突き当たりに、次の階層への扉があるな」

「何故分かるんです?」

「天井がありそうにもないだろ」

「なるほど」

「奥の壁か床にでもあるはずだ。普通であれば、だけどな。ただ、ボスが普通じゃないとするなら、ダンジョン自体も奇抜かも知れないから、油断は出来ない」


 俺は自分にも言い聞かせるように告げた。

 そして指輪に魔力を込めて、左手を右手で多い、杖を出現させる。現れた杖を右手で握ってから、俺はコツンと床についた。自分でもダンジョンの属性を確認しなければ。


「ジャック、ここは光属性のダンジョンじゃない」

「え?」

「水と風の複合属性のダンジョンで、光属性に見えるのは、ダンジョン自体の壁に、光属性の魔石が散りばめるられているかららしい」


 氷が用いられている場合は、水と風の両方の属性を持つ事が多いから、俺は自分が確認した結果に満足した。


「なるほど」


 納得した様子で、ジャックが周囲を見渡した。


「壁に何か描かれていますね」

「本当だな」


 頷き、俺は入り口から向かって左手の壁際へと歩みよる。ジャックもついてきた。


「これは……」


 そこには壁画が刻まれていた。その線を描く溝に、光属性の魔石の粉が満たされているらしい。描かれていたのは、神話にある、『人間が魔族を滅ぼした』とする場面……なのだろうか? 耳が尖り、角や牙、コウモリのような羽がある者を、人間――大陸で一番大きな宗教であるエリメリア教の紋章である太陽と十字架を組み合わせた紋章の入る武器や防具を身につけた人々が、追い立てている壁画だった。殴り、倒し、中には首を落としているものもある。神話との違いは、神話では人間が善として描かれているが、こちらは完全に悪として描かれていることだろうか。


「先程お伝えしたボスの姿は、ここにある絵の者達に近い……つまり、神話における魔族にとても類似しています。なにか関連があるのでしょうか」

「そうだな。そもそも青闇迷宮は、その神話の時代の頃に生み出されたという説もある。関連があっても不思議じゃない」


 俺達は壁画を見ながら進んでいった。

 すると暫くして、人間側に巨大な兵士が登場した。巨人、そう表現するのが正確だろう。顔に目が六つあり、背中にゼンマイがついている。


「これは……ハロラ大聖堂の完成したパズルに描かれていた古代兵器じゃないのか? 人間を模した巨大な人造人間だとかいう……魔導で人間が操作するとかいう……」


 俺は呟いてから、ジャックを一瞥する。ジャックは深刻そうな顔をしていた。


「そのようですね。これを用いて、人間は魔族を一掃したのだとか。過去は人間と魔族はともに融和的に暮らしていたのに、魔族が魔獣を生みだし人間を襲ったがため、それを殲滅したとされる神話……兵器の実在にも、信憑性が増します。存在の証左となる壁画かもしれない」


 その言葉に頷いてから、俺はさらに先へと進むことにした。

 かなり長時間歩いていくと、壁画が一度途切れた。少し間隔を置いてから、また別の壁画があるようで、ここまでの神話をモティーフに描かれた者は一区切りのようだった。俺は懐中時計を取り出して、時刻を確認する。現在は十六時だ。この大陸は、現実世界と同じく二十四時間で、一ヵ月は約三十日、一年に十二の月がある。


「まだ先が長いな。ここに転送用の魔導石を置いて、一度戻ろう。次はここから出発として」


 俺の言葉に、我に返ったような顔をして、ジャックが頷いた。




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