第4話 事前情報。


 光が収束したので目を開けると、そこもまた半地下のようだった。上方に明かり取りの窓が見える。床には同じ魔法陣が刻まれた布がある。


「ここは?」

「青闇迷宮の攻略には時間がかかると考えられますので、最寄りに用意した家です。ここを拠点に活動したいと考えています」

「なるほどな」


 宿を取るのでも良いだろうが、それよりも家がある方が何かとやりやすい。

 ジャックが階段へと向かい始めたので、俺もその後に続く。

 一階にあがると、そこは洋館のようだった。


「内密にするわけではないのですが、あまり帝国が青闇迷宮に固執しているとは思われたくないので、以後俺も冒険者として行動します。なので、使用人なども雇い入れていません。俺と二人で暮らして頂きます」

「そうか。お前、料理できるのか?」

「人並みには」

「ふぅん。俺にやれと言われなくて良かった。俺は料理が好きじゃないんだ」


 これは半分本当で、半分嘘だ。俺は別に料理が出来ないわけじゃない。ただガイの件で食欲不振の毎日を送る内に、料理が億劫になってしまって、やる気が起きないだけだ。


「では俺が料理を。期待はしないで下さい」

「うん、分かったよ。掃除は、館全体に清掃魔術がかかってる気配がする」

「ええ。ゴミ出しくらいです、必要なのは」


 頷いたジャックは、それから隣のリビングを見た。扉が開いている。


「あちらで、今回出現した青闇迷宮のことで分かっていることをお伝えします」

「了解」


 その部屋に向かい、俺がソファに座ると、テーブルの上にあったティーポットから、ジャックがカップにコーヒーを注いだ。魔術がかかったティーポットだと、温度は一定に保たれるし、一定期間は味の劣化もない。二つのカップの内の一つを、俺の前にジャックが置いた。


 テーブルの上には、大きな羊皮紙が一つ広げられていた。そこには地図と、大陸共通語によるメモ、魔導撮影機で撮ったらしい外観と、出入り口からすぐの迷宮内部の光景が映し出されていた。強い魔力が放たれていると、写真は掠れる。これも例に漏れず、ノイズがたくさん混じり込んでいて、画質はお世辞にも良いとは言えない。


「この街の北東、そこに広がる森の奥の開けた場所に、青闇迷宮が出現しました。塔型のダンジョンです。入り口から中へと入り、探索魔術を帝国の騎士団所属の魔術師が放ったところ、少なくとも五階建てだと判明しています。第五階層で反応が消失したそうです」


 迷宮は上に行けば行くほどこもる魔力が強くなるので、それには納得した。

 また迷宮自体も、外側からは、出入り口の扉しか見えないので、外観から判断することも不可能だ。写真に写る入り口は、空に向かい伸びる光の螺旋階段と、その上にある扉のみだ。そもそも壁などは見えない。


「ただ、この青闇迷宮のボスは分かっています」

「なに? どういう事だ?」


 俺は驚いた。

 通常、ボスはその前まで行かなければ分からないからだ。


「……ここから以後の話は、ご内密に。決して漏らさないで頂きたい」

「ああ」

「このダンジョンのボスは――」


 ジャックはそう言うと、一呼吸置いた。それからじっと俺の目を、真剣な眼差しで見据えた。


「人型なんです」

「え?」


 これまで、人型の魔獣が出たという事例はない。魔獣とは、獣やファンタジックな動物の姿をしていて、知能があるという話も聞いたことが、俺は一度も無い。


「その上、人間の言語を操ります。ただ、非常に強い魔力を持っていることや、荏原とは異なる身体的な特徴――耳の形や、爪、伝承にある魔族のような緋色の瞳をしており、角が確認出来ました。また本人も、『自分は青闇迷宮〝覇叡塔〟のボスだ』といった趣旨の発言を残しています」


 つらつらと語ったジャックは、両手の指を組むと、忌々しそうな顔をする。


「帝国の皇宮に出現し、第二皇子レニー殿下を連れ去りました」

「なっ」

「これが、帝国がこの青闇迷宮の攻略に関わると決定した、本当の理由です。俺の使命は、レニー殿下を救出する事。それをエドガー様に手伝ってもらいたい」


 今までの事例とは異なりすぎるボスの状態と、誘拐されたという事実に、俺は唖然として目を見開いた。


「事は一刻を争います。今日からでもすぐに、攻略に臨みたい」

「それは勿論だ。俺だって、そうする用意で来てる」

「ありがたい」


 どこか切ない目をしてそう述べたジャックに対し、俺は頷いた。

 そして気を取り直して問いかける。


「この塔の属性は分かっているのか?」


 この世界には、火・水・土・風・光・闇の六属性の魔力がある。魔術師は多かれ少なかれ、その全属性の魔力を用いることが可能だ。 


「第一階層は、光属性だったとのことです。それ以外は分かっていません」

「珍しいな、光か」


 光と闇は、貴重な属性で、青闇迷宮でも滅多にお目に掛からない。


「ジャック、中に魔獣や罠は?」

「どちらも視認できなかったそうです」

「分かった。実際に出かけて確認しよう。いつ行く? 俺は今すぐに動けるけど」

「ならば、今すぐに。俺は騎士だと露見しないように着替えてきます」

「だったらその堅苦しい口調も改めたらどうだ? 俺の事も呼び捨てで良い」

「これは癖のようなものなので。努力します、エドガー」


 その後ジャックが立ち上がり、着替えに出かけたので、俺は珈琲を飲みながら、ゆったりと、ジャックが戻ってくるのを待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る