第3話 旅立ちの準備。
明日、またジャックは俺の家へと訪れると告げたので、俺は旅支度と家を空ける準備や手配をするために、一度帰宅した。火や明かり、食料庫の温度管理は、この大陸では魔石やそれを用いた魔導具で行われている。俺はそれらを一括で管理する魔導盤をキッチンの壁に設置しておいたので、家自体はいつでも不在に出来る。
これはガイが意識を取り戻して、いつかパーティでの活動を再開するとき、まずはリハビリが必要になるだろうと考えて、依頼で家を空ける時に楽になるようにと言う考えから設置したものだ。ちなみに大家のメリルには、帰宅途中に報告した。メリルとの付き合いは長く、家を借りる前から、俺は親交があった。元々はガイに紹介されたのが始まりだ。
「旅支度と言っても、身軽にしているからな、いつも」
こちらも転移魔術よりはマシだが魔力を消費するが、いざとなれば、魔術空間に設置してある遠隔倉庫から、必要な品を取り出すことも出来る。ただこちらは三時間もあれば、魔力は回復する。
なので、旅の仕度に必要なのは、実際に依頼をこなす上で用いる品ばかりだ。俺の場合は、杖は指輪型にして、必要時だけ出現させるので、左手の中指に嵌まっている。簡単な医薬品と火種の魔導具や魔導ライトの入るポーチを腰に、あとは肩から横に欠ける鞄が一つだ。遠出の場合は、ここにもう少し大きめの鞄を背負う。
洗濯は、魔術で清潔を保てるから、ほとんど不要だ。魔導シャワーは気分的には浴びたいが、それも長期の旅の場合は不要となるし、トイレもそれは同じだ。食事は場所によっては必要となる。医療院の床には、栄養摂取を自動的に行う魔法陣が刻まれていた。青闇迷宮の多くも、建物に何故なのかそうした魔法陣が刻まれている場合が多い。
シャツと下衣、その上に外套を兼ねたローブを羽織れば、俺の旅支度は完了だ。
鞄の中身は、僅かな食料と着替え、あとは常に持ち歩いている手帳と魔導万年筆だけである。魔導万年筆は、インクが自動的に魔術空間から補充され、インクが切れない代物だ。
準備を終えたこの日は、ゆっくりと魔導シャワーを浴び、俺は寝台に横になった。なによりも、ガイの目が覚めたことが、嬉しくてたまらない。思い出すだけで、俺の涙腺は緩む。
「本当によかった……」
そう何度も考えている内に、俺はいつの間にか睡魔に呑まれた。
そして翌朝、最後に洗面所の鏡の前に立ち、己の紫色の瞳を見る。気合いを入れるように、鏡の中の自分に対して頷きながら、黒い髪を櫛で梳かした。
玄関から鐘の音が響いたのはそれからすぐのことで、身支度を調えていた俺は鞄を横掛けにして、外へと出た。
「おはようございます」
すると立っていたジャックにそう声をかけられた。本日も金縁に黒の騎士装束姿で、腰には銀色の剣を帯剣している。金色の髪が、陽光の下で煌めいて見えた。瞳の色は深い青だ。俺よりも、ずっと背が高い。俺もそう低い方ではないのだが、ジャックの背が高いのである。
「おはよう」
「宿に簡易的な転移のための、魔法陣を刻んだ布を敷いた部屋を用意してあります。青闇迷宮が出現した、帝国内の最寄りの街まで直通出来る状態ですので、一度宿へ」
「分かった」
手際がいいなと思った。魔術糸で魔法陣を刻む布の用意は、一日やそこらで出来るものではなく、専門の織り師に頼まなければならない。その者も魔術師のはずで、移動する双方の街に行ったことがなければ、作成は出来ない。
「参りましょう」
「ああ」
こうして俺は、家を施錠してから、歩き出したジャックの一歩後ろを、進み始めた。
現在は春で、道の周囲には黄色いタンポポや紫のスミレが咲いている。この国は道が石で舗装されていて、降雪もないから屋根の形はいずれも平べったい。前世知識でいうのであれば、西洋風とでも言えばいいのだろうか。
ただやはり所々、俺が知る現実世界とは異なるし、ゲームの中だからなのか、ファンタジックなのは、魔獣や冒険者の存在だけでなく、建物の外観や服なども同じだ。近しいのは食事で、土地ごとに独特の料理もあるが、多くの場合は現実でも慣れ親しんだパスタやパン、時にはライスが、名称もそのままに提供される。そういう時、やはりここは、ゲームの世界なのだろうなとふと考えることはある。
宿へと到着すると、半地下の部屋へと案内された。その床の一面に布が敷かれていた。丸い魔法円の中に、五芒星といくつもの古代語の呪文が銀の糸で縫い込まれている。
ジャックが迷いなく中央へと立ったので、俺もその隣に並んだ。
「行きます」
「ああ」
するとジャックが剣を抜き、魔法陣の中央にその鋒を突き立てた。
瞬間、辺りに目映い景が溢れたので、俺は瞼をきつく閉じた。
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