第2話 本当のはじまり。


 ガイが入院中の医療院がある街に家を借り、そこで一人で暮らしながら、毎日俺は医療院の病室へと出かけている。既に冒険者として依頼を引き受けなくなって久しいが、幸い貯金は山ほどあった。幼い頃からのタンス預金もあったが、なにより冒険者として俺は、いいや、俺達はたくさんの報酬を得てきたからだ。


「はぁ……」


 このまま、ガイの目は覚めないのだろうか?

 もう二度と、瞼は開かないのだろうか……?


 陰鬱な気持ちで、俺は両手の指を組み、キッチンのテーブルに両肘をついていた。ガイの事を考えると、何も手につかない。


 その時、玄関から鐘を叩く音が聞こえてきた。


「……?」


 この家に人が訪ねてきたことは、ここ最近ではほとんどない。当初こそ、心配して来てくれる顔なじみの冒険者達もいたが、俺があまり歓迎しなかったので、周囲も気遣ってそっとしておいてくれた。来てくれても、もてなす気力が俺には無かったからだ。


「誰だろう?」


 呟いてから立ち上がり、俺は緩慢な動作で玄関へと向かった。

 そしてドアの前で声をかけた。


「はい」

『エドガー様はご在宅でしょうか? SSS級青闇迷宮の一つである〝水叡塔〟を攻略した、冒険者パーティ〝ポラリス〟の』

「ああ、俺だけど」

『貴方に折り入ってお願いがあり参りました』


 それを聞きながら、俺は一度俯き、ガイのことを思い出しつつ、久しぶりに他者と話すのも気が紛れるかもしれないと考えて、静かにドアノブに手をかけた。ゆっくりとドアを開けると、そこには背の高い騎士が一人立っていた。騎士だと分かるのは、装束がそうだったからだ。


「お初にお目に掛かります。俺は、ジャック・パーシヴァルと申します。ランドール王国の騎士です」


 俺はそれを聞いて驚いた。

 ランドール王国というのが、俺の母国だからではない。ここはランドール王国とこのシアーズ帝国の国境沿いなので、ランドール王国の人間がいるのは珍しくない。両国は友好国なので、往来が容易だ。驚いた理由は、来訪者の名前と色彩の方だった。


 ……間違いない。

 BLゲームの、俺の妹が、俺の前世においてPLAYしていたBLゲーム〝ヘキサグラム・パズル ~ 愛のカタチは貴方次第 ~〟の、攻略対象の一人だ。


 まさかここにきて、再びゲームの主軸にいるはずのキャラクターと交わることになるとは思ってもいなくて、俺は驚愕して冷や汗をかいた。


 ジャックというキャラクターは、こちらも攻略対象のシアーズ帝国の王太子の付き人として登場するキャラクターで、隠し攻略対象だ。他の全てのキャラクターを攻略するとルートが解放される。それ以外の全てのエンディングでは、その後どうなったのかは語られない。攻略するとどうなるのかは、俺は見ていないので知らない。だが、名前と色彩と、騎士という職業から、まず間違いない。


「単刀直入に言います。俺とパーティを組んで欲しいんです」

「……は?」

「新たな青闇迷宮が出現しました。SSSだ。攻略するためには、エドガー様、貴方の力が必要です。俺と、世界を救って欲しいのです」


 確かに青闇迷宮は、放置すると放っている瘴気で、どんどん土地が汚染されていき、汚染された土地には魔の森と呼ばれる、魔獣が跋扈する森林が生まれる。だが、『世界を救う』だなんて、大きく出たなと俺は思った。第一……。


「俺はガイ以外とパーティを組むつもりはない。帰ってくれ」


 これは本心でもあるし、それだけではなくBLゲームの攻略対象とは関わりたくないという思いも大きい。俺の役回りは、マークの件に限らず、主人公の弟と、弟が選んだ攻略対象の恋路を何かと邪魔し、相手がどの対象であっても、最終的には破滅するからだ。ここでうっかりジャックと接点を持ち、今さら破滅しても困る。国外追放は今でこそ怖くはないが、破滅の仕方には色々な形があると俺は思う。たとえば資産を没収されることだってあるだろうし、悪くすれば処刑だってあり得る。 


「ガイ様は意識不明だと伺っております」

「……ああ」

「本当にそれは、意識不明の状態なのでしょうか?」

「へ?」


 その言葉に、俺は顔を上げて、まじまじとジャックを見た。


「死霊竜は、シアーズ帝国の古文書によると、『敵に悪夢を見せ、意識を奪う』とあります。その効果が、まだガイ様の体に残存している可能性があります」

「なっ」


 俺は目を見開いた。すると真剣な顔で、ジャックが頷く。


「宿に、皇宮の宮廷回復術師を伴っています。医療魔術師とは異なり、神聖術による回復を行う者達で、死霊竜の力も撥ね除ける事が可能だと考えられます」

「すぐに――!」

「ええ。すぐにでも。ただその後……このような駆け引きをしたのは心苦しいのですが、俺とパーティを組んで頂きたいのです」

「分かった。ガイの意識が戻るなら、なんだって構わない。早く!」


 俺が慌てて靴を履き、家から飛び出そうとすると、一歩隣に避けたジャックが俺の腕に触れた。


「――狡い言い方をしました。実は、既にこちらで試し、ガイ様は先程意識を取り戻されました」

「え」

「参りましょう。回復を祝いに」


 ジャックが申し訳なさそうに苦笑して見せたが、俺は信じられない言葉に胸の動悸が抑えられなくなり、何度も大きく頷いた。そして向かった医療院で、目をしましているガイの姿を見て、思わず涙ぐみながら、上半身を起こしているガイの服を引っ張った。


「寝過ぎなんだよ、バカ!」

「悪ぃ悪ぃ。すっかり体力も落ちちまってるなぁ。ま、気長にリハビリする。心配かけて悪かったな」


 快活に笑ったガイを見て、俺はその場では思わず歓喜の涙を零した。


「大げさだな」

「大げさじゃない! 俺がどれだけ心配したと思ってるんだよ!」


 そんなやりとりをしてから、俺は病室から外に出た。すると扉のすぐそばの壁に背を預けて、腕を組みジャックが立っていた。俺は涙を拭ってから、じっとジャックを見た。


「分かってる。分かった。パーティ、組んでやるよ」

「有難うございます」


 これが、俺の本当のはじまりとなった。




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