BLゲーム主人公の兄である悪役、改め冒険者になりました。

水鳴諒

―― 冒険のはじまり ――

第1話 BLゲーム主人公の兄である悪役、改め冒険者になりました。


 この世界が、妹が遊んでいたBLゲームの世界だと気がついたのは、幼少時のことだ。元々自分のエドガー・エヴァンスという名前も聞き覚えがあると思っていたのだが、弟の名前がアレクで、自分に持ち上がった許婚話の相手がマークと聞いた瞬間、俺はハッとした。


 俺の役どころは、弟に醜男と噂の婚約者を押しつけて結婚を回避しようとし、その後婚約者がイケメンだと判明したら取り返そうとする悪役であり、最終的には『ざまぁ』をされて、破滅する。国外追放されて、その後は不明だ。なおBLゲームなので、主人公であるアレクから見た場合は、マークも攻略対象の一人に過ぎず、他にも複数の恋の相手が選択可能なゲームだった。特徴的だったのは、RPG要素が強かったことだろうか。時には魔獣モンスターを倒さなければ、恋愛が進行しないというイベントもあったようで、俺は度々妹に手伝わされたので、このゲームについて多少の知識があった。


 さて自覚した瞬間から、俺はその悲惨な未来を回避することに決めた。

 まず、許婚関係にならないように、父上とお父様に懇願した。

 この世界には男しかおらず、子供は教会で祈ると産まれる。両方男性なので、呼び名で区別することになっている。二人は長男の俺に甘かった。また俺は、手紙でマークに、弟のよさを力説し、マークとアレクが最初から許婚になるように尽力した。


 そしてそれを成功させてから、俺はこの舞台から消えることに決めた。

 物語の主軸に関わらなければ、破滅することも、国外追放される事も無いという判断だ。しかしながらそれだけでは不安だった。俺は小さい頃から、一人で生きていくための術を考えに考えた。俺の生まれたエヴァンス侯爵家は魔術の名門だったので、俺は必死で魔術を身につけた。大陸共通語の他に、各国で用いられる独自言語や、魔術で用いられる古代語も身に付けた。タンス貯金にも余念が無かった。


 こうして十五歳になった俺は、一筆書いて、家を出た。



 みんな へ


 俺は冒険者になるという夢を叶えるために、旅に出ます。探さないで下さい。


 エドガー



 これが、俺のはじまりとなった。


 ――もう六年も前の話である。二十一歳となった俺は、冒険者ギルドで冒険者登録をし、魔術師として活動を始めた。エヴァンスという名は捨て、実家とは縁が遠い土地……自分から結果として国外に出て、時には旅をしている。冒険者は大陸を股にかけた職業で、ギルド銀行口座や依頼書はどこの土地でも冒険者ギルドに行けば共通で引き出せたり、閲覧可能な代物だ。冒険者は特定の国に束縛されることも、そういった依頼を受諾しているのでなければ、ない。


「今日のレッド・スライム退治は簡単すぎて、働いた気がしなかったな」


 冒険者ギルドの酒場のテーブル席にいた俺の前に、ジョッキを二つ持ってきたガイが座りながら言った。ガイは三十一歳。俺よりぴったり十歳年上の剣士だ。俺とガイはパーティを組んで三年になる。俺達パーティの名前は、既に大陸内では広まっている。理由は簡単で、先月俺達は、この十年間誰も攻略できなかったSSS級の青闇迷宮を攻略したからだ。


 青闇迷宮というのは、この大陸の各地に、突如として出現するダンジョンで、塔の形のこともあれば、地下に続く形態のものもあり、本当に様々だが、共通して最奥や頂上にボスと呼ばれる強力な魔獣が存在している。道中にも数々のトラップがあり、それらを突破してボスを倒すことを『攻略』と呼ぶ。


 ボスを倒すとその場には、様々な宝物が出現する。

 先月俺達が倒したボスが遺した宝物は、鉄製のパズルピースだった。

 これは大変貴重な品である。


 この大陸の中央にあるハロラ大聖堂には、パズルが六つ伝わっている。宝物から時折手に入れられるパズルピースをそこに嵌め、それが全て完成すると、この世界の神秘が明らかになるとされている。六角形の部屋の壁際にそれぞれ安置された巨大なパズルの内、完成しているのは一つきりで、残りは全て中途半端だ。俺達が手に入れたのも、中途半端なパズルのピースの一つだった。完成している一つには、古代に存在した兵器の知識が書かれていた。古くから、その兵器の在処を探すのも、この大陸ではブームである。


「エドガー? 聞いてんのか?」

「あ、いや……考えごとをしてた」


 ガイの声で我に返った俺は、小さく笑った。ジョッキを受け取り、乾杯をする。

 ガラスとガラスが立てた音を聞いてから、俺はゴクゴクと麦酒を飲み込む。


「明日はもっと手応えがある敵を倒そうぜ」


 一気に飲み干してから、ガイが笑った。俺は喉で笑う。


「そうだな」


 今の俺達の力量ならば、よほどの事が無ければ負けることもない。



 ――そのように、油断していたのが悪かったのだろう。


「ガイ!!」


 翌日、俺達は青闇迷宮ではない、ごく普通の地下ダンジョンに降りたのだが、そこで遭遇した死霊竜に襲いかかられて、あっさりと敗北した。


「……」


 本日も医療魔術師が、眠るガイを置いて病室から出て行った。

 そばの椅子に座る俺の頭部にも包帯がある。頬と右手の甲にはガーゼがある。


 俺を庇い肩口を噛まれながらも、間一髪の所で大剣を死霊竜に突き刺して倒したガイは、その後、死霊竜の断末魔による振動で落下してきた天井の下敷きになり、頭と肩を強く打った。俺はガイの突き飛ばされて尻餅をついていたので、目の前でガイが下敷きになるのをただ見ていた。


 怪我自体は、医療魔術ですぐに治癒してもらった。医療魔術師がいる医療院までは、転移魔術で移動した。転移魔術は一度使えば三日は寝込むものだし、一度行ったことがある場所にしか行けない上、自分以外を連れている場合はさらに魔力と体力を使うのだが、俺は無我夢中だった。ガイを死なせたくない一心だった。その甲斐あってガイは一命を取り留めたが、目が覚めない。


 もう一週間、ガイの意識は戻らない。


「ガイ……早く起きろよ……」


 肉体が受けた衝撃自体が消えるわけではないのが、医療魔術の特徴だ。

 怪我が癒えても、精神的・肉体的な打撃が癒えるまでは、意識が戻らないことも多い。俺は祈るように呟いた。


 ……。

 …………。

 ………………。


 しかし、祈りも空しく、その後一ヵ月、三ヵ月、半年、一年と月日は経過し、今年で二年目となった。俺は二十三歳だ。



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