第6話 初日の夜。



 こうして帰宅すると、ジャックが言った。服の腕の袖を捲っている。


「夕食の用意をします。少し待っていて下さい」

「分かった。俺はシャワーを浴びてくるよ」


 そう告げて、俺は浴室へと向かう。玄関の突き当たりがダイニングキッチン、右手がリビング、左手にトイレと洗面所、洗面所の奥に浴室があった。階段も左側にある。


 脱衣所を兼ねた洗面所で、俺は持参した着替えを取り出す。明日まで魔術を使う機会はないだろうから、後ほど魔術で遠隔倉庫から、必要な品を取り出しておこうと考えた。


 服を脱ぎ、浴室の中へと入って、魔導具を操作すると、シャワーのノズルからお湯が出た。魔導具の技術で科学が再現されているものは多い。シャワーに限らず水洗トイレも代表例だろう。


 頭から温水をかぶり、俺は髪を温水で濡らした。石鹸類は既においてあった。

 一日の疲れが溶け出していくようで、肩から力が抜ける。


 こうして体を清めてから、服を着替えて俺はダイニングキッチンへと向かった。扉を開けるとすぐに、いい匂いがした。見れば、テーブルの上には、美味しそうな料理が並んでいる。焼きたてのドリアとサラダ、スー王が見える。


「期待するなって言ったわりに、料理が上手そうだな。美味しそうだ」

「そこそこです。味は食べてからご判断下さい」


 微笑したジャックは、それから水の入ったコップを二つ置くと、黒いエプロンを外した。そして椅子につく。俺もその正面に座った。この世界でも、『いただきます』という言葉があるので、俺は手を合わせる。それはジャックも同じだった。


「ん」


 水を飲んでから、俺はまずはコンソメスープを飲んだ。玉ねぎとベーコンが入っている。ほどよい塩気でとても美味だ。人が作った料理を、久しぶりに味わう。なんだか妙にそれが特別に思えた。考えてみると、俺はここのところ、誰かと共に食事をしたことはおろか、ろくに会話さえしていなかったのだと思い知らされる。いつもは長く感じる一日が、今日はあっという間に過ぎ去った。


 そう考えてハッとしながら、銀色のスプーンでドリアを食べる。ホワイトソースが濃厚で、口の中で溶けていくようだった。


「美味しいよ。やっぱり上手いんだな」

「光栄です」


 柔らかく笑いながら、ジャックはフォークで、レタスを口へと運ぶ。

 その様子を見ながら、俺も料理を味わう。


「ガイ様との旅では、やはりガイ様が料理をご担当されていたのですか?」

「いいや? あいつは料理なんて一度もした事がないよ」

「そうですか」

「酒場でとる事が多かった。俺達は基本的に宿暮らしだったからな。まぁ家を短期で借りたこともあるけど、外食ばかりで……ああ、そうだなぁ、たまに俺が料理を作ると、あいつは大げさなほどに……」


 二人で俺が作った料理を前にした時の、ガイの反応を思い出し、俺は口を閉じた。


『エドガー! これはちょっと凄すぎる!』


 俺は、今でもガイの味覚はどうかと考えている。


「エドガー?」

「ん?」

「いえ……遠くを見るような目をしておられたので」

「ああ、ちょっとガイの事を思い出して」


 慌てて顔を上げ、俺は首を振った。ガイの目は覚めたのであるし、俺は別に暗い気持ちになったわけではない。


 食後はジャックが皿洗いをするというので、俺は先に部屋を確認することにした。

 部屋の一つはジャックの部屋だとその際聞いた。


 見てみれば、二階にあがると小さな部屋が二つ、大きな部屋が一つあった。

 小さな部屋の内、片方は施錠されている。こちらがジャックの部屋のようだ。

 もう一つの小さな空室に入り、俺は机と椅子、空の本棚とクローゼットがあるのを確認する。寝室は、隣の壁から通じているようで、大きな部屋にあるのだろう。帝国の家としては標準的な、一軒家だ。単身、あるいは二人暮らし用の家だ。ベッドのある寝室を確認する。


「ベッドは一つだけか……」


 まぁいいか、と、考える。ガイとも同じベッドで眠ったことがある。

 別段BLゲームの世界で男しかいないとはいえ、男と男が一つのベッドで眠ったからと言って、必ず何かが起こるわけではない。


 その後、自分にあてがわれた部屋へと戻り、遠隔倉庫から衣類や、必要そうな魔導書や魔導具などをごっそり取り出し、部屋の床や机の上に置く。そして本棚やクローゼットにそれらをしまってから、俺は欠伸をした。


「今日は色々あったからな」


 一気に眠気が襲ってきたので、俺は先に休ませてもらうことに決める。

 寝室へと行き、巨大なベッドに上がり、俺は自分の部屋のがわの端によって、扉と壁が視界に入る向きで横になった。逆側は、ジャック用に空けておく。


 そうしているとすぐに睡魔が訪れたので、俺は瞼を閉じ、眠りについた。



 ――そして、気配を感じて、夜中に瞼を動かした。

 すぐそばに、人の気配がする。最初、自分が何処にいるのか分からなくなり、俺は混乱した。だがすぐに、ジャックと新しい家へとやってきたのだったと思い出す。


 シーツを伝わり、隣から気配と体温が伝わってくる。他者の存在感に、薄らと目を開けた俺は、なんともなれないなと感じてから、そんな思考を振り払い、改めて眠りについた。


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