すれ違いは夫婦あるある





「ん?どうした?珍しいな?」


「わたくしに!何か言うべき事が、あるのではないですか?」





私は今現在、旦那様のいる執務室に来て居る。


何故かと言うと、メイドの一人から『旦那様がリリーを連れて行こうとしている』と、先程聞いたからだった。



先触れも出さずに突然やってきた私に驚いている旦那様には、以前あったような嫌悪の色はもう見えない。



(というより、何故だろう?何だかむしろ...少し嬉しそう?)



ちょっとよく理解ができない旦那様の反応に私は困惑した。後ろにいる執事長はそんな私達を微笑んでみている。




...全然微笑ましくないので、やめて頂きたい。






最近は旦那様とコミュニケーションが取れていると思っていたし、こうやって嫌悪感も滲ませずに対応してくれる旦那様の様子に安心していた私。


少し絆されていた私は、リリーをどこかへ連れてゆかれる可能性など微塵も考えていなかったので驚き、居てもたってもいられずに執務室へと突撃したのだ。



(私からリリーを取り上げるつもりなら、容赦しないんだからね!)



私はそんなことを思いながら、やや鼻息荒く旦那様に問いかけた。







旦那様は先触れもなく、そして鼻息荒く登場した私に『何かあったのか』と驚いていた。



いや、聞きたいのは私の方である。





「ですから、わたくしに、言わなきゃいけない事が、あるのではないですか!?」


「え?な、なんの話だ?」



一言ずつハッキリと言葉を発する私。



(本気で戸惑っている旦那様の様子は演技には見えないが…もしかするとこれは戸惑っている演技なのかもしれない)



もはや私は疑心暗鬼の鬼である。



きっと今なら石橋を叩いて、叩いて、叩き割って安心するという奇行を起こせる様な気がする。



「わたくし、メイドから聞きましたの。旦那様は一体リリーをどこへ連れて行こうと言うのでしょう?返答によってはわたくし…実家に帰らせていただきますわ!」


「えぇ!?リリーは王都にある屋敷へ連れて行くが…それのことか?それの何が問題なんだ?」



私はその言葉を聞いた瞬間、脳みそが沸騰するほどの怒りに苛まれた。私は旦那様の中でリリーの親だと思われていないと思ったからだ。



「なぜその様なことをお一人で決めてしまうのですか?リリーを産んだのはわたくしですのよ?リリーは旦那様だけの子供だとでも言うのですか!?」



私が怒りで赤面しながら旦那様にそう言うと、旦那様はびっくりした表情をした後に、疑問の表情を浮かべ、何かを思い出したように挙動不審になり、顔が真っ青になった。



…これが所謂 百面相 ってやつなのかと私は思った。




何を考えてるのか分からないがその反応を見るに、私に言ってない事があるのは理解した。


…理解はしたが、気持ちは納得できないでいた。



やっぱり絆されたのは間違いだったのだろうかと、少し悲しい気持ちになってきたとき、旦那様は私に謝ってきた。



「す…すまないぃ…言った気になっていた、知っていると思ってたんだ…」



旦那様の尻すぼみになっていく謝罪を聞いて、本当に思い違いをしていたんだろうなと思った。


尻すぼみになる謝罪の言葉は、旦那様が心から申し訳ないと思ってる時だ。


申し訳ないと思う気持ちがどんどん前面に出てくる様子がわかる。




「そう思うんでしたら、わたくしにきちんと説明してくださいまし」




申し訳なさそうなことと、報連相ができていない事は全く別物なのだ。



私はリリーのことが気になるので、一刻も早くなんの話なのかを聞かないと心が休まらない。旦那様の余計な話を聞いている暇なんてないのだ。



そう言った私に旦那まさはポツポツとこれから先の予定を話し始めたのだ。





話を聞き終わった私はものすごく脱力した、もう、ものすごく脱力したのだ。


…旦那様の長ーい長いお話を簡単にまとめると、



ここは悪い噂がある私を隔離するための屋敷であり、本当は仕事の関係もあり皆で王都に住むはずだったのだと。


私と交流を持ち、聞いていた話とは全く違うことがわかったので王都にある屋敷へと移動してもらおうと思っていたこと。


リリーの一才のお披露目の時期が近づいてきたのでそろそろ引っ越しをと思い予定を立てていたそう。




私にはなんとなく話に出していたらしいのだが…覚えていない。



そもそもリリーのお世話をしていたので、旦那様の話は基本話半分に聞いていた。


よくよく思い出してみると確かに『そろそろリリーと移動しないとなぁ』とか『リリーは王都になれることができるかなぁー』など、私に対して言っていたような気がする。



…今回は私が良くなかった気もしてきたので『ちゃんと聞いていなかったわたくしも悪かったです、すみません』と、きちんと謝罪をしておいた。



これからは、お互いに話はきちんとしようと言うことで今回のことは丸く収まった。



(でも、乙女ゲームでは私が居なかったからずっとこの屋敷にいたのよね。王都の邸か…大丈夫なのかなぁ、ちょっと不安)



私は一つ解決したけれど、また新たに一つ悩みの種ができたので頭を悩ませることになった。



けれどそんな悩みはリリーの成長の前には形なしだった。




リリーは最近つかまり立ちをする様になったので、そんなリリーの姿を見ていると、『ふりふりのドレスがその頃には着れるかもしれない!』などと、ちょっぴり楽しみだなんて思考へと悩みがスライドしていた。



(私の可愛いリリーがふりふりのドレスを着て歩く…あぁ、なんて可愛いのだろうか。)



想像しただけで可愛いのである。



(なんて可愛いの暴力なの…。)



私はふと、あの地獄のコルセットを締める事になる自分自身の事も連想して考えたが、即時考える事をやめた。




嫌なことは考えないに限るのだ…忘れてしまおう。




私はリリーと幸せについて考えていたいのだ。


(…まぁ、ちょっとだけなら旦那様の幸せについて考えてもいいけどね。)


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