母親とは時にめんどくさい生き物になる時がある



「あ。…。あ、…あぁ、っあ」


あなたはどこの顔がない黒いやつなんだろうか?




かれこれ10分程、旦那様が口を閉じたり開いたりしてる姿を眺めていた。


何か言いたい事があるのだろうが、私から話しかけるのも癪なので黙っているが…そろそろ話しだしてほしい。


そもそも、話があると先触れを出してきたのは旦那様なのに何を言い淀んでいるのか…。


リリーは不思議そうな顔をして私の膝から旦那様を見ている。



「あ、あぁああのな!」


「…はい?」


「す」


「す?」


なんなんだ一体。


話したい事があるなら簡潔に、早急に、話し始めてほしい…時間は有限なのだ。


「す」


「す?」


「すまなかったぁ…。」



旦那様は私に謝りながらゆっくりと頭を下げた、びっくりするほど尻すぼみになってゆく謝罪の言葉だった。


「何に対しての謝罪でしょうか?


私が無表情のまま旦那様にそう言うと、視線を泳がせるだけでまた口をぱくぱくさせている。


そんなに言いたくなかったのだろうか?


私の落ち着いていた心がまた、ザワザワと騒めきだす。


そろそろ私が旦那様をここから追い出そうかと考え出した頃、やっと旦那様はゆっくりと話だした。




「…。俺は多分君のことを誤解しているんだと思う。思っていたイメージとここ最近の君のイメージが違いすぎて…正直戸惑っている。」




すこし時間を開けた後、旦那様は私にそう言った。


その表情はなんだか後悔しているような表情をしていたし、私からしても以前とは違うとわかっているのでなんだか少しだけ申し訳ないような気がしてきた。


(やっぱり顔がいいと得なのよね…しおらしい表情されたら許したくなる。これじゃぁ私は所謂ちょろい女じゃない!)






そんなことを考えている時、ふと静かになったので腕に抱いているリリーを見ると船をこいでいた。



(まぁ、リリーも眠たそうだし…私も以前は酷かったのだから今回だけは見逃そうかな。)


そう思うほどには絆されてしまっていた。


そんな私の感情の機微を知ってか知らぬか、旦那様は私にこう言った。




『…俺にもう一度だけ、君と向き合う時間をくれないか?』





私を真っ直ぐに見てそう言った旦那様の瞳は、やけに真剣な色をしていた。








旦那様はその後、有言実行だと言うように三日も開けずに私とリリーに会いに来るようになった。


初めの頃はお互いにぎこちなくて会話もほとんどなかったし、帰ってくる頻度が急に上がったことにより私達の生活リズムが変化するというストレスがあった。


今まではリリー中心の生活だったが、旦那様が帰宅する日は旦那様のことも考えなくてはならないのだ。


(正直な話、ちょっと鬱陶しいと思った)




そして、帰宅の頻度が上がったことでストレスを感じているのは私だけではなかった。


仕事がまだまだ忙しいと旦那様付きの執事が泣き言を言っていたのだ。


その度旦那様に『ジュノは俺よりかは忙しくないだろう?』と冷たい目を向けられていた。


それならばと思い『忙しいのなら頻繁に帰ってこなくても…』と私が言うと『俺が好きで帰ってるから気にするな』と言われた。


正直な話、私からすれば帰ってこないほうが気持ちが楽である。


(きっとジュノも使用人たちも皆がそう思っているに違いない)




一度だけジュノに対してどうにか頻度を減らせないか聞くと『ええ!無理っす!俺はまだ死にたくないっすよー』と走り去られてしまった。


…なんでなのか。



リリーも旦那様の帰宅で少し変わった事がある。


最初は『だれだこの人?』という表情をしていたのだが、最近では『ぱっぱ、ぱあっぱ』と言うようになった。


前は『まんま、まんま』と可愛らしくハイハイしながら私の方へときてくれていたのに対し、今は『ぱっぱ、ぱあぱ』と言って旦那様の方へと言ってしまう。


(…くそう、私の可愛いリリーが魔の手に!)


私ができない遊びをリリーとしてる姿は、微笑ましくもあり憎らしくもあった。




旦那様が帰宅する日をリリーが楽しみにしている。


その事実は私の旦那様への嫌な気持ちよりも大切なことなので、私も旦那様に寄り添うことに決めたのだった。





そんなこと言いつつも実は私も少しだけ、旦那様に絆されてきている。



だって私に会いに来る日は毎回、王都で評判だというお土産を持ってきてくれたり、季節の花を持ってきてくれたりと以前とは打って変わって対応が愛妻家のそれになっているのだ。




リリーにも笑顔を向け、いい父親のような行動を取るので私は何も言えないし。




リリーに対して私は溢れるほどの愛情を注いでいるし、使用人たちも皆がリリーを愛していると言える。


そんな中で旦那様と言う、新しく愛情を注ぐ人が増える事はリリーにとって良い事なので文句は言えないのだ。



(…私が、ちょっとだけ…なんだかちょっとだけ嫌なだけ。)




最低なことを言われたことは忘れていないけれど…今の旦那様となら、いい夫婦にはなれるかもしれないと思った。


旦那様のことが嫌な反面、絆されている気持ちもあって、とてつもなくめんどくさい女になっているのが…今の私の現状である。




そんな時、メイドの一人から信じられない話を聞いた。




「奥様…旦那様がリリー様を連れて行くと言っているところを聞いてしまったんです!」



そんな言葉を。

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