最高のメイドに最高のドレス
馬車の中、向かい合って話をする男性が二人。
「おい、あれは大人しくしてるのか?」
一人の見目麗しい男性は険しい表情をしながら書類に目を通している。
「あれとは、まさか奥様の事でしょうか?」
一人の執事服を着た優しげな風貌の男性も同じく書類に目を通しながら答える。
「それ以外に誰が居る?」
何をおかしなことを言っているんだというように書類から目を離す。
「あぁ、奥様…なんて不憫な」
男性は憐憫の表情で天を仰ぎ、男性へと目を向ける。
「なぜそんな目で俺を見る?」
そんなまで見られる謂れは無いと不機嫌になる男性。
「旦那様が畜生だったことが判明したからです」
そんなこともわからないのかとバカにしたように右手をふる。
「なぜ俺が畜生なんだよ!」
幼少の頃から度々こうやってこの執事服の男性に馬鹿にされることがある男性は、いつものように突っかかる。
「あぁ、おいたわしい…奥様にげてください…」
まるでミュージカル俳優のような仕草をしながら主たる男性に好き勝手いう男性。
この二人がヴァイオレット侯爵領にある公爵家へ到着するまであと50分。
「奥様!奥様!」
「ふぁい!?何事かしら!?」
ついつい朝の授乳をしながらうとうとしていた私の意識を浮上させたのは、メイドのミナの声だった。
「リリー様と奥様のお召替えの時間になりました!あぁ、あぁ、何という幸せ…やっと着飾る姿が見られるのです…あぁ。」
興奮気味に話をするミナの頬はほんのり色づいていて、まるで恋する乙女の表情だ。
だが、その口から出てくるのは崇拝に似た何かである。
「あ…あぁ、そうね。でも、コルセットは巻かないわよ?リリーのこともあるし…優しい生地でサラッと着れるようなのがいいわね」
私が言った言葉を聞いたミナは『そう言われる事は承知済みです』と言いながら、他のメイド達へ入室を催した。
「さぁ!見てください奥様!授乳も簡単にできる上にリリー様のお肌が傷つかない生地!このドレスなら奥様の要望を全て叶えることができます!」
鼻息荒くドレスの説明をするミナ。
ドレスを持ってきたメイド達も皆『うんうん』と顔を上下させている。
「まぁ、さすがミナね。…こんなドレス持っていたかしら?」
私がそのドレスを見るが、持ってきたドレスにこのようなものはなかった気がする。
「このドレスは、奥様が不要だとおっしゃったドレスをバラし…私たちメイドで作り上げたドレスになります」
後にいた三つ編みのメイドがおどおどとした様子で私に答えてくれた。
「このドレスをわたくしのために…?」
私が驚いてドレスを見るが、既製品と何ら変わり映えのしないシンプルなドレスである。
だが、腰から裾にかけて素晴らしい刺繍がしてありシンプルすぎないちょうど良い塩梅になっている。
リリーに触れない部分にされた刺繍はとても緻密なもので、一日二日ではとてもできないだろう代物だった。
「ど、どうでしょうか?お気に召しましたか…?」
言葉に詰まったままドレスから目を離さない私を見て、メイド達が不安そうに私を見る。
私はそのドレスから目を離せないでいた。
今までにこんなに嬉しいことがあっただろうか?
『私のためにこんな素敵なドレスを作ってくれた』それだけのことなのだ、たったそれだけのことがとても嬉しいのだ。
私はここへと嫁いで来る前、たくさんのドレスを買ってもらっていたし、オーダーメイド品ばかりだった。私だけのドレスは今までにも沢山作ってもらっていたのだ。
だけれど、私は今回メイド達に『しろ』とも『しておいて』とも言っていない。
金品を渡したわけじゃないし、このドレスを作ってくれたのはメイド達の本当の善意でだ。
『私がリリーを大切にしているから今までのドレスは着ない』そのことを知っているメイド達が心を込めて作ってくれたものなのだ。
私はただでさえ産後から涙もろくなっていたのに、こんなに嬉しいことをされて涙が出ないわけがない。
私の両目から涙がポロポロと落ちてゆく。
私が突然涙を流し出したことにより、メイド達が息を呑む音が聞こえた。
あれだけ騒がしかったミナですら閉口して私を見ている。
「ご、ごめんなさい。とても…とても嬉しくて…」
ポロポロと涙を流しながらそういうと、涙が顔にかかったからかリリーが私を興味深そうに見ているのに気づいた。
「まんまんま?」
そう言いながら私の顔へと手を伸ばすリリーを横抱きから膝の上に向き合って座らせる形にした。
「これはね、涙っていうのよ?リリー、人はね悲しい時にも泣くけど…こうやってとても嬉しい時にも涙が出るのよ?」
私がそういうが、リリーはキョトンとした表情だ。
私は改めてメイド達みんなを見ながらお礼を言った。心からの感謝の気持ちを込めたお礼の言葉にメイド達の何人かは釣られて涙ぐんでいた。
「さぁ、奥様。御支度を始めましょう」
そう言って、いつの間にか入室していた侍女長がその場を仕切り、皆がそれぞれの仕事の支度を始めた。
乳母へとリリーを預けた私は『公爵家に嫁いで来れてよかった』と、心から思ったのだった。
「さぁ、わたくしの戦いの準備をしましょう!」
「「「「はい!」」」」
そう、今日は戦いの日なのだ。
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