初めての育児開始ですわ!
「奥様、おはようございます」
朝の日差しが優しく私の体を包みだした頃、メイドが私にそう声をかけてくれた。
「顔を清める水をお持ちしたので、ここへ置いておきますね」
「あら、重たかったでしょう?ありがとうね」
私がお湯をわざわざ持ってきてくれたメイドへそう声をかけると、メイドは目を少し開いて『い、いえ!仕事ですのでっ』と慌てていた。
(まぁ、今までなら何も言わずに無視してたものね…ごめんね、今日からは優しい私?新生奥様として行動するから)
寝起きの頭で意味のわからない単語を生み出しながら、メイドに微笑む。
その瞬間にメイドは息を呑んで私を凝視した。
今の私はちょっと気が強そうな顔だけれど、昔から美に対して執着してた過去があるから、綺麗なのが更に絶世の美人と言っても過言ではないものになってるものね…。
私がその反応を見て『ふふ…』と優しく笑うと、メイドは気を取り直した。
メイドは顔を真っ赤にさせたまま、今日の予定を教えてくれた。
「今日は奥様の体調が良いなら何をしててもいいと言われています。何かしたいことなどあれば私が先触れを出しに行きますが…」
遠慮がちに予定なしの予定を伝えてくるメイド。もちろん子供のことには触れない。
(確か、旦那様からは子供に興味がなさそうならそのまま忘れさせ、乳母に育てさせておくようにと言っていたんだよね。子供が悪女に育てられると教育に良くないとか周りから聞いたとか何とかで…。
でも、私は新生ママ。今までの私とは一味も二味も違うのよ、中身は丸ごと違うけれどね!)
「ねぇ、わたくしの可愛い娘に会いたいのだけれど…」
私がメイドにそう言うと、メイドは目線を少し泳がせた後に『乳母と侍女長に聞いてきます!』と、部屋から出ていった。
(まぁ、メイドが決めれることじゃないものね…私の言葉よりも旦那様の言葉の方が優先されるだろうし、聞きにいってくれたことがありがたいか。)
私はそう考えながら、持ってきてくれたお湯で顔や手を洗っていると部屋の扉がノックされた。
「奥様、お嬢様をお連れしました。とてもいい子にしておりました。まだ朝のお乳は飲んでいませんのですが…奥様がお乳を差し上げてみますか?」
控えめに言葉を伝えてくる乳母。とても言いにくいことのように伝えてきた。
(あっ、もしかしたら子供への乳を上げることで体型が崩れると言い、他の貴族の母親たちは自分であげる事がないからかもしれない…いや、絶対そうだ。)
控えめに言って記憶を取り戻す前の私は、体型にひどくこだわっていたし。
(今は絶対コルセットなんて付けたくないけれどね!)
でも、母親の私の前であげるにはまず許可を取らないといけないからなのね、だから聞いてきたのね…。
気を使わせちゃってなんか申し訳ないわ…。
(あっ、違う違う、乳母が心配そうに私を見てる!こんなこと考えてる場合じゃなかったわ。)
「そうね、あげてみたいのだけれど…あげ方がわからないの。教えてくださる?」
私が手間をかけさせちゃうけどと乳母の顔を見ながら言うと、乳母はとても優しい表情をした後に『任せてください』と言い、私に優しく教えてくれた。
私が乳母から娘を受け取りその腕に抱いた時、娘に対しての愛おしいと言う感情が溢れた。
「…可愛いわ。暖かくて何だかいい匂い。これが私の赤ちゃんなのね」
「はい、奥様のお嬢様はとても可愛らしく、まるで女神様が祝福を下さったようですね」
乳母が目尻を下げながら、私にそう言ってくれた。
その言葉が本当か嘘かは別にいい、ただ、そう言ってくれたことが本当に嬉しかった。
そんな私の表情を横目で見た乳母は『奥様が幸せそうな顔をしているので、お嬢様も安心してらっしゃいますね』と、そう言って優しい表情をしていた。
初めての授乳はなかなか上手くいかなくて大変だったし、その日の夜には胸が真っ赤に炎症してカチカチになり泣いたし、改めて子供を産んで育てる大変さを感じた。
私は乳母へと同室で出来るだけ居たいことを話し、乳母がずっと私の部屋にいてくれるようになった。
育児に慣れていない私を優しくサポートしてくれる乳母の存在は私の中でとても有難かったし、同時に申し訳なくも思ってしまう。
(育児が落ち着いたら乳母にも何かしてあげたいわね!感謝の気持ちはいくら表しても悪いことなんてないものね!)
数時間ごとに起きる娘を私が抱き上げ乳をあげる、オムツを変え寝かしつける。
その繰り返しの中、寝不足で辛いこともあったけれど乳母がいたから何とかできていた。
メイド達も、私のために片手で食べられるものを用意してくれたり、料理長は栄養価の高い食事を作ってくれたりと手厚いサポートをしてくれたのでできたことだと思ってる。
「奥様、料理長へ渡してきました!とてもお喜びになっていましたよ」
私がいつもありがとうと、美味しかった料理への感謝の気持ちを一筆描いたものをメイドへ持たせたり。
「わ、私がですか?!せ、精一杯お仕えさせていただきます!」
いつも私の身の回りに気を配ってくれているメイドのミナを専属にしてみたり。
「奥様…本当にいいのでしょうか?私でよければこの先もずっとお側にいます」
今では一番信用ができる乳母をそばに置くことに決めたりと、本当に好き勝手過ごしてもう8ヶ月経つ。
…そう、明日この館は戦地となるのだ。
ついに、私にも子供にも興味がなくて一切帰ってこなかった旦那様って人が帰ってくるのだ。
「…そのまま城に寝泊まりしとけばよかったのに。」
そう言って口を尖らす私に乳母が優しく声をかけてくれる。
「まぁまぁ、そんなことは言わないで話をしてみたらいいじゃないですか。きっと奥様の優しさや聡明さが旦那様にも伝わると思いますよ?」
私の味方のミナはちょっと怒りながら賛同してくれた。
「そうですよ!奥様の紹介をあんな悪意のある言い方してっ…!挙句に8ヶ月以上妻子を放置!旦那様は仕事と婚姻されればいいと思います!」
初めはもっとおとなしい子だったのだけれど、一緒に過ごして行くうちに感情や言葉を素直に伝えてくれるようになった私の絶対的味方のミナ。
ちょっと発言には気を付けさせた方が良いのかも知れないけど、私の部屋にいる時以外はきちんとしてるので黙認している。
「…やだけど一応私って奥様だし…頑張るわね」
(全然頑張りたくない。)
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