第111話【神の右手】

 夢現ダンジョンで最後に手に入れた、卵が孵化して、出てきたのは。


 ほんのり光るふわふわしたひよこのような生き物だった。

 ふわりふわりと宙に浮いて、「あっご主人。こににちは」と言う。

 ふわふわのひよこが喋った。喋るんだ。


「わえは精霊ですぴ。どぞよろしく」


 ふよりふよりと舌足らずな喋りで、つぶらな瞳を向けて僕に言う。


「ええと、よろしくね。僕は真瀬敬命。君は?」

「わえ、お名前ないです。けーめー様がつけてくださいぴ」


 ふよりふよりと浮く光るひよこ精霊に名付け。


 名前をつけるのは、難しい。


 両手を掬う形で差し出すと、光るひよこはそこにすぽりと収まりくる。見た目通りのふわふわもこもこだ。血の通う温かさもある。

 緊張した空気は既にどこかへ行ってしまった。


「名前……名前……名付けは重要かな、と思うのでちょっと考えさせてね」

「はいですぴ」


 ふわふわもこもこのひよこは僕の手の中で毛づくろいを始める。


「ええと、仮にひよこと呼ぶが、お前さんはどういう生き物で何ができるんだ?」

 武藤さんもほんのり戸惑っている。


「わえは精霊ですぴ。運命固有スキル『神の右手』そのものですぴよ」


「えっ神の右手って」

「存在するすべてのスキルに対する剥奪権と剥奪したスキルの保存、別の人に付け替えることが可能ですぴ。でもわえには使えないですぴょ」


 僕の片手に納まるサイズのひよこが、まさかの探していた神の手の名を持つ運命固有スキルだとは。


「わえは異星の神から分かたれた力でしかないので。その力の行使の実行はできないのですぴ。分かれた時に魔素とかなんやかんやを吸収してダンジョンでお昼寝してました」


 ふかふかのひよこが続ける。


「わえの力はおっきくて危険なので、わえの力を与える人はけーめー様自身が、今まで出会った人の中から選定をして欲しいですぴ」


「それは……責任重大だね……」


「わえの最も心地よき魂の人ですぴ。大丈夫ですぴ。よろしくですぴ。わえはおやすむです」


 そういうと、光るひよこは僕の手の中で眠ってしまった。喋ると疲れるのだろうか。手の中の温かさに戸惑う。


「ええと、どうしますか……?」


 すべてのスキルに対する、剥奪と移譲。存在するすべてということは、そこには運命固有スキルも含まれる。

 運命固有スキルに対するカウンターを僕たちは、不完全な形とはいえ手に入れたことになる。


「ダンジョンにこのひよこみたいに精霊化した運命固有スキルがある可能性も高くないか。このひよこは神の右手と言った。ならば左手も存在するだろう。星格オルビス・テッラエ、この現象に説明はつくか?」


「んー……ダンジョンは魔法を使うたびに自動で生成されるバグのようなものだから、実は僕にもダンジョンのすべてがわかっているわけじゃないんだ。宝箱の中身もランダム。開けるまで確定はしない。最も可能性が高いものが大抵は入っているけれど、このひよこのように僕も見落とすくらいの低確率のものもある。卵は孵るまで、その中の生物が何かわからないし」


「神様ですよね、腕が1本とは限らないのでは?」

「……確かに。この星の神仏、腕が2対以上あったりもするが、異星の神もそうなのかどうなのか」


 有坂さんの問いかけに、武藤さんが唸る。僕でも知っている多腕の神仏、有名どころでいえば、シヴァや千手観音菩薩。


「今までの周回で、人類が卵を得たこともなかった。完全に僕にとっても未知だ。情報はないに等しい」

星格オルビス・テッラエはダンジョンの管理者、ですよね。なのにわからないことがあるんですか?」


「ダンジョンはバグみたいなものだ。出来たものをあとから条件や状態を付加していじるのが関の山で、存在をなかったことにはできないし、宝箱の中身も僕が選定しているわけじゃない。完全なランダム。条件をいじるのだって、死した君たち神性を持つ人間の魂を消費しなければならない。僕は不完全な神のようなものであって、神そのものではないから知識にも実行力にも限界はある」


 僕は話を聞きながら、考える。

 今まで出会ってきた人の中で、この強い、重い力を扱える人。


 でもそれは、その人にこの重い責任を負わせる、ということでもある。

 だけど、誰かがやらなければならない。


 異星の神から、その神性の力とも言える運命固有スキルを引き剥がし、無力化すること。

 そして、徳川さんにも同様に。


 剥奪したそれを、保持するのも、移譲するのも、きっとそれは大きな負担となる。

 僕の運命固有スキル調停者と違い、それは絶対に、誰かがやらなければいけないことだ。


 それを課することになる。

 誰を選ぶか。深く考え込む僕の手の中の温もり。


 そんなのは、決まっている。


「運命固有スキルの剥奪、保持、移譲――もし可能であるなら、僕が、やります」


 誰かに、背負わせるには重過ぎるそれは、僕が手にしてしまったならば、僕がやればいい。


 重すぎるものを、もう、僕の仲間はみんな、背負っている。

 みんなと一緒なら、背負える。


 僕が間違えようとした時に、彼らなら、彼女なら、止めてくれる。

 間違っていることを教えてくれる。


 支えあえる。


「確かに僕は言った。君たちは、何にでもなれる、と。だけど、人の肉体を持ったままの、それは――」


 星格オルビス・テッラエが、驚愕に目を見開いた。

 僕の手のひらの上の光るひよこが、溶けはじめ、それは僕の手の中に消えてしまった。



 それと、同時に、地鳴りが響いた。

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