第112話【ダンジョンアポカリプスⅡ】

 ふわりと足の関節が浮遊する感覚、膝の力が抜けて、揺れる床に手をつく。



 提案のつもりだった。だがもうその力は、僕に在ることがわかる。


 揺れる地面。僕がそうしたことで、何かが起きている。

 僕の肉体に何かしらの変化が起きることはいい。それは、以前、容量負荷の問題を聞いていたから。


 だけど、世界に何かの影響を及ぼすとなると、話は別だ。

 もしかしたら、僕は、とんでもない間違いを犯したのかもしれない。


 心臓が、熱い。


 咳き込んで、吐いたのは血だ。

 魂の銀貨。


 僕の手のひらに吐いた血が、形を成した。

 赤い、コイン。


 数枚のそれが、床に滑り落ちる。

 スキルポイントコインでも、モンスターコインでもない。これは、一体。


「真瀬くん!」


 有坂さんが叫ぶように僕を呼んで、回復魔術をかける。

 それでも何かが欠けたという感覚は消えない。


 腕を切り落とされた時の喪失感よりも強い、それは。


「神の右手、手に入れたよ。僕は、大丈夫、だから」


「坊主のHPとMPの最大値が減ってる・・・・・・・・。おい、大丈夫、なわきゃないよな。クソ、星格オルビス・テッラエ、どうな……」

「この振動は、そんな」


『神の力が開放されました。大型ダンジョンを複数生成中。各ダンジョン攻略可能まであと2時間』


 星格オルビス・テッラエアナウンス。心臓の熱がまだわずかに残っているけれど、喪失感と共にそれは薄れていく。


「大丈夫、です。驚いたけど、一体、何が」


「いつもは最終局面に起きることが、今起きました。大型迷宮が、生成されつつあります」

 有坂さんと武藤さんに助け起こされた僕に、原国さんが僕の血できたコインを拾い上げて、言う。


「そのうちのひとつは、冥界へと続く大穴。星の中枢にも届く地下大迷宮です。これを異星の神が踏破すれば、すべて終わり。滅亡に至るでしょう」


 原国さんの声が、珍しく、震える。


「以前の周回では、魔王が踏破してしまった。どの周回でも、死守しきれなかった」


 つまり、あと2時間で、異星の神と魔王候補から運命固有スキルを剥奪しなければならない。


 僕は、何てことを。


「武藤晴信。アプリに情報は、どこまで出せばいい」

 星格オルビス・テッラエが戻り、武藤さんへ訊ねる。


「まずは俺たちに説明をしてくれ。時間がない。何が起きてどうなってる」


「私が過去周回で観測しえなかった、神の力の解放。運命固有スキルの通常覚醒だけではこれは起こらない。精霊の卵による覚醒。――精霊の卵は、ひとつではない。神の左手、あるいは他の何か。それが、引き金か……!」


 原国さんが声を荒げて言う。

 前の周回、魔王となった誰かが、卵から孵化した精霊の力を得た。そして――


「2時間後には、魂の循環を司る中枢へ辿り着く、地下大迷宮の入り口が開かれる。辿り着いた者は、その制御権を得るんだ」

「人の魂の循環の制御を、システムではなく人が握る?」


「異星の神が、殆ど力を持たないのに余裕でいるはずだ。いつかは誰かがそれに辿り着く。卵にしても、地下大迷宮にしても。未知を既知にすること以上の、人間の欲求はない。知的好奇心と探究心。それに力の獲得、権威や利権、支配権が絡んだら、止められない」


 武藤さんの僕を支える力が強くなる。


「いいか坊主。お前は悪くない。これは誰かが、必ず到達していたことだ。遅かれ早かれ、神の右手は誰かの力として付与した。必要なことをしただけだ。そうだろ?」


 確かに、武藤さんの言う通りだ。

 だけど、僕がしたことだ。僕が選んだことの責任は、とらなきゃいけない。


「いいえ、僕が悪かったんです。もっと慎重に言葉を選んで行動すればよかった。僕が招いたことです。責任は取れる限りとります。解決策があるなら、僕はなんでもします」


 僕の体に触れる有坂さんの指にも、力がこもる。


「真瀬くん、私にも手伝わせて。一緒に責任を果たすから、ひとりで背負い込まないで欲しいの」


 有坂さんの言葉に、原国さんが頷き、有坂さんと武藤さんが僕をソファに座らせた。


「すでに我々は一蓮托生です。君ひとりに背負わせはしませんよ」

「当然俺もだ。悪いと思ってるなら、ちゃんと頼れよ」


「ともあれ、運命固有スキル神の右手、運命固有スキルですら剥奪する力を君は得た。ならば、番人としての資格は充分にある」

 星格オルビス・テッラエが淡々と言う。


 番人。得た力の使いどころ。


「そうか。地下大迷宮の入り口を封鎖。侵入した者のスキルを坊主が剥奪すればいいってことか……入り口の場所は?」


 テーブルに武藤さんがノートを広げる。

 星格オルビス・テッラエは頷いて、ノートの上に文字を喋るより早く、表示する。


『電波塔であり、シンボルであり、そして人々の作り出す、創作の世界で何度も破壊された塔。東京タワーの根本が入り口となる』

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