第110話【運命の孵化】

「どう見ても彼はあちら側についた、という印象しか持てないんですけど……どういうことですか?」


 有坂さんの言葉通り、僕もそういう印象を持った。


 手帳。


 紙での、アナログのやりとり。武藤さんの使った手法。

 そういえば伏見さんは、手帳をしまう前に、中を確認していた。


「もしかして、武藤さんの使った方法ですか?」


「そうです。彼からのメッセージは『徳川くんと共に、異星の神を御す間に、運命固有スキルに対するカウンターを用意することを求める』という内容でした」


 切り取られた、手帳の1ページ。


 僕たちがやりとりを注視している間に、原国さんは多分、符丁も使った。

 武藤さんが星格オルビス・テッラエを引き入れるときに使ったように、言葉を暗号にして。


「じゃあ、手帳に書かれた罠、というのは」


「我々に対しての罠、ではなく、異星の神に対する罠。ここでのやりとり全て。彼らは人の欲を利用、操作して悪事を働いてきた。憎悪や怒りほど、彼らにとって御しやすいものはない。彼らは彼らの悪性を持って、次の騙す相手を異星の神に定めた・・・・・・・・・・・・・・・


「怒りや憎悪は、自分の正しさや被害者意識からくるものゆえの、視野の狭窄や思い込みを強めるからな。近場にいて適度に煽って、失策をさせようって腹か」

 武藤さんが唸るように言う。


「伏見さんは、徳川さんを売らないと言った。自分の四肢を賭けてまで。なのに、やりそうなことを伝えた・・・ ・・・・・・・・・・・のも」


「これからの動きのリークということですか? 告解を使ってしまいましたが、それは良かったんですか?」

 

「その通り、問題もありません。彼もそのリスクは承知していました。彼にとっても、有坂さんがあの場で力を行使できなければ、破綻しかねない。折込済みのことです。有坂さんは気にしなくて全く構いません。あなたが動けないようでしたら、私があなたに命じていた。彼の罪自体は彼自身も理解している。そしてあなたの力の行使は、異星の神がPKによる力を得る・・・・・・・・・・・・・ことを遅らせるためには必須。その上で、ダメ押しに血の紋を持つ者を襲撃に使った」


「異星の神であろうと、人間の肉体を持ち、姉貴の魂を有する。星格オルビス・テッラエの敷いたルールからの逸脱はできない。ゆえに、PKを行う程に血の紋というリスクを負うことになる、ってことを知らしめたってことだな」


 肉体に、血の紋を持てば、縛りとなる。

 そして有坂さんが、力を行使するのを見せ、彼女に救済された人々も同様に力を使えることを示した。


 異星の神の行動を縛り、庇護し、協力するとと見せかけて、動きを鈍らせる。


「ダンジョンが利権を生むことは、事前に星格オルビス・テッラエから聞いていましたから、そちらへの対応も既に」


 言って、原国さんがテレビをつける。

 ダンジョンのある土地建物の所有者に対する、日本政府の政策の説明が行われていた。


 権利を有する以上、管理義務が発生すること。管理義務等を怠ることで出る不利益。

 管理ができない場合、申し出があればダンジョンを有する土地の買取を国で行えること。

 そして管理方法などの説明が続く。


「ダンジョンバブルが始まるな。星格オルビス・テッラエ、ネット回線、電波塔や、基地とかもオブジェクト破壊不可なんだよな?」


「無論。メンテナンスも不要だ。魔素でこと足りる」


「なら俺は、次のルールを提言する。『オンラインでのやりとり、その全ての匿名性の廃絶。端末所有者ではなく、端末使用者の名前が表示される形であり、偽装系スキルも使うことは出来ない。また本人の意志ではなく、他人の介入による書き込み発言等にはその旨の注釈が入る』というルールだ」


 武藤さんが言う。ネットにはつきものの、匿名性がなくなる。

 現実でも偽名や職業を偽れない世界になった。オンラインでもそうする、ということ。


「デマの流布、オンラインの揉め事の最小化をはかる。実名であれば、責任の所在ははっきりとする。発言ログも追いやすい」


「わかった。次の一定数の魂の銀貨が貯まり次第で発動する」


「真瀬夫妻の所在は、例の場所ですね?」

「ああ、打ち合わせ通りに」


「もし必要でない限りは、僕に両親の居場所は教えないで下さい。僕は嘘が苦手だから、多分ボロが出ます。知らないほうが安全かな、と」


 異星の神が接触してきた場合、両親の居場所を訊かれたら、僕は黙っていたとしても、きっと態度や何かでボロが出てしまう。

 そこを突かれたくない。


「異星の神の目的が、この星と人類を滅ぼすことで、運命固有スキルを持つ人間を殺せばそれは達せますよね? それをしない理由は……?」

 有坂さんが考え込む。


 確かにそうだ。徳川さんや伏見さんを引き入れるより、僕らを含めた誰かを殺せば、それだけでゲームオーバー。

 なのに、それをしない理由がわからない。


「単純な話だ。戦力が足りない。目覚めてから俺たちは、姉貴をダンジョンへ連れて行くことをしなかった。当然、ダンジョン内で発現する、攻撃系スキルがない・・・・・・・・・。いくつかのダンジョンに潜って得ただろうが、PKもなく単純にレベルを上げるに留めている。多分、伏見たちがPKのリスクについての話をしたんだろうな。ダンジョンをめぐりながら、考えただろう。どうすればいいか。俺たちには坊主の共有者によるブーストがあり、完全に敵対をしている。俺たちと敵対する可能性が高い、徳川、伏見は俺たちより戦闘能力が高い。さて、どうする?」


「伏見さんたちと、手を組むことを選ぶ?」


「そうだ。異星の神は神性を持つ人間そのものを憎悪している。悪意を持って人を滅ぼすのであれば、適任者はやつらだと定めてもおかしくはない。伏見の得られる情報、そして徳川の持つ洗脳。そしてあついらの悪性。俺とのやりとりで、伏見は殆ど嘘を吐かなかった。利害が一致しているうちは、あのふたりは頼もしいが、余り心を許すと異星の神問題が片付いたあと、足元を掬われるぞ」


「そして早く異星の神を無力化しなければなりません。運命固有スキルのレベル上昇はネックになる」


 楓さんの持つ運命固有スキルは『複製』、スキルのコピー。

 持てるスキルのコピーが増えれば、確かに厄介だ。


「我々が行うことは、まず救世です。既に略奪、暴行などが起きている地域へと星格オルビス・テッラエの分体と共に告解能力を持ち、精神の均衡のとれた人間を派遣しています。報道や、オンラインで情報が拡散することでしょう。それまでに、こちらで叩けるものは叩いておきます。有坂さんは昨日に引き続き、反魂と血の蘇生術を。武藤くん真瀬くんは彼女の護衛をお願いします」


「待った。その前に、卵が孵るよ・・・・・


「卵……?」


「夢現ダンジョンで、最後の宝箱に入っていただろう。君のストレージに入っているそれ、レッドゲートが完全踏破されたことで孵化時間が早まった」


 言われて思い出す。たしかに、卵が僕のストレージに入っている。

 僕はそれを、ストレージから取り出した。


 何が生まれるのか、聞こうとしたその瞬間に、音をたててヒビが入る。

 その隙間からは、まばゆい光。


 そして、卵は割れて、光が満ちた。


 そこにいたのは―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る