第104話【眠りの淵】

「多分、今回はレッドゲートが初めて全て踏破される」


 食事を終えて、お風呂上りのアイスをかじりながら、星格オルビス・テッラエがぽつりと言った。

「もう残り30箇所を切った。僕の分体を原国左京が上手く運用して、国内海外問わずでいくつものチームを運用して突破している」


 星格オルビス・テッラエの転移。ダンジョンの場所も、彼が設置したのだから全てわかる。

 効率的に戦力を投入して、ダンジョンを踏破。


「彼は人間の信仰心をよく理解している。その土地の神の御使いの姿を僕の分体にとらせて、現地の人間との衝突を避けている」


「レッドゲートが全て踏破されると、どうなるの?」

 今までの周回でレッドゲートが完全踏破されたことないと原国さんは言っていた。


「まずは他すべてのダンジョンに、完全踏破の特典が付与される。人間の望む、クリーンで安全なエネルギー資源やあらゆる鉱物の採掘が可能になる」


 星格オルビス・テッラエが指折り数える。


「それから最も踏破数を稼いだ上位1000名に追加で採掘系特殊スキルを付与。下級の採掘スキルがショップに追加される。ゴールドラッシュにも似た動きが予想される。採掘道具などを作れる者、採掘装備が作れる者も財を成すだろう」


 採掘された鉱物素材などで、生産系職業で作れる道具も種類を増す。

 人間の想像し、創造してきた架空の金属も採掘で得られるようになる、という。


「そして、レッドゲート跡にできた紋が結界陣として機能して、地上全ての土地が、血の蘇生術の術式範囲となり、そして告解の強制可能範囲にもなる」


 それを聞いて、ふむ、と武藤さんが考え込む仕草をする。


「最後に、聖女スキルの解放。聖女による血の蘇生を受けた者は聖女の使徒として、告解の力を得る。罪の清算。血の紋を持つ者持たぬ者問わず、罪に罰と清算を与え解く。人の望む因果応報の体現者となる」


「それは支配足りえる力だが、その力を得て傲慢になる者はいないのか。何者でもなければ善であった者が、力を得て欲得に負け悪に堕ちることもあるぞ、人間は」


「生産スキル同様に、悪用をしようとすれば警告が出る。それを破れば血の紋が右手に現れる。人を害することを理解して力を扱う者を縛るルールも敷いたし、アプリに説明の項目も追加してある。説明不足はよくないと教えられたからね」


「よしよし、えらいぞ」

 ぐりぐり星格オルビス・テッラエの頭を撫でる武藤さん。

 むふり、と満足げな星格オルビス・テッラエの姿に、思わず笑みがこぼれる。


 時刻はそろそろ22時になろうとしている。いつもの就寝時間だ。

 とろりと眠気がさしてくる。


「異星の神の分体は今何をしている?」


 楓さん。姿を消した彼女の動向。


「彼女は今ダンジョンにいる。モンスターを相手に、武藤楓としてのレベル上げを行っているみたいだ。人間との衝突はない。それから、僕らが接触した徳川多聞、伏見宗旦とも会ったようだ」


「徳川さんたちの、運命固有スキルをコピーされたりとかは」

 眠気をどかしながら、僕は問う。徳川さんの運命固有スキルは他者を操る能力。それをコピーされたら大変だ。


「ない。神の持つ力と言えど、複製スキルは神が通常人に付加できるスキルの複製のみを行える。運命固有スキルは神の持つ魔法の一部で、本来であれば人の持てる者ではない。けれど、この星の人間はすべて神の因子、特性を持つからこそ凝縮圧縮された運命固有スキルを1つまでなら扱える。武藤楓の肉体を持つ限り、異星の神の得られる運命固有スキルは唯1つのみだ。まず肉体が耐え切れない。ただでさえ異星の神の分体を宿していることで負荷が大きい。器が耐え切れなくなる」


「姉貴の肉体や魂……器の損傷を、異星の神は考慮するのか?」


「考慮せざるを得ない。異星の神が自我を保てるのは、分体すべての力を持ち合わせているか、肉体という器を持つかの2択。彼女の死は宿っている異星の神の自我を殺すことに繋がるが、この星でそれをやれば大きな呪詛がばら撒かれる。死んでも許さない、という感情。死して尚呪い、祟る。武藤楓の死体は呪物となり、彼女の魂は縛られ、永劫苦しむこととなる」


「その呪い、とは」


「出産を禁じる呪い。滅びの呪いだ。それが撒かれた周回を幾度となく見た。この国の御霊信仰も通用しない。別の星の、別の呪う者の力を、今残った全人類で行ったとしても、解呪には500年はかかる。その間にどう足掻いても人類は滅ぶ」


「どうして……異星の神は変質してしまったんだろう」


 父の幸福な人生の願いを叶えるため、この星に来た神の分体。

 それが何故、こんな暴挙を働いたのか。


「それはわからない。けれど、堕ちた神は人を祟る。この星には魔素がたっぷりあるのに、魔法が敷かれていない。人の法で運用される世界に、もしかしたらこうすればああすればもっといいのに、という思考が生まれてしまったのかもしれない」


 場所が違えばルールも変わる。それに順応ができなかった?


「それと考えられるのは、影響。魔族でもないただの人間が悪逆非道を行う世界だ。彼らの星であれば、人にはそこまでのことはできない。その前に魔族に堕ちる。だけど、人間が人間のままに悪事も、神の因子も持ちながら行う。それに影響を受けたのかもしれない」


「すべての可能性への憧れと怒り」

 ぽつりと武藤さんが言う。


「人間の可能性、選択による善悪。あらゆる物語の根底。人は神をも作り出し、信仰どころか、それをも娯楽にもする」


「僕にとってはありまえのことだけど、異星からみれば、異様で異常だったんだろうね。在ってはならぬものとして滅ぼしたくなる程におぞましく思ったのかもしれない」


 内容はよく考えて、検討しなければならないことばかりだけど。


「身勝手をも獲得してしまったのかもしれない。この世界で神の得られないものは何も無い。どのような神の行いも、人は信仰してきたのだから」


 武藤さんと星格オルビス・テッラエの声が、とても心地いい。


「神の手の運命固有スキル持ちをとにかく早く見つけださないとだな」


 彼らの話す声。意識を保とうしても、僕はとろりとろりと眠りに落ちていく。


 もっと考える必要があることや話を聞いておかなきゃいけないことはたくさんあるのに。


 やがて、武藤さんが何かを言っている声が形を結ばなくなった。



 ――そして、僕は、夢を見た。

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