第103話【願い望むは】

 突然転移で人が現れれば、悲鳴も上がる。看護師さんを驚かせてしまった。申し訳ない。


 僕たちは悲鳴を聞いて駆けつけた警備の人たちにダンジョン特務捜査員であることを説明してバッヂも見せた。


「次から転移先は人気の少ないところで頼むわ」

 武藤さんが苦笑いをして星格オルビス・テッラエに言う。


「わかった」

 こくりと頷く星格オルビス・テッラエの頭をぐりぐりと撫でる武藤さん。

 両親を失い、姉を奪われた原因である星格オルビス・テッラエ


 それでもこの人は、情をかけるんだ。

 改めて思う。武藤さんは優しくて強い。


 母さんは武藤さんが昔の父さんに似ていると言っていた。

 父さんも、生きていたのであれば、こうしただろうか。


 今は肉体は戻った。だけど魂はバラバラにされて、戻す方法もよくわからない。

 ぼんやりと眺める僕の肩を、武藤さんが優しく叩く。


 大丈夫だと、言われた気がして頷く。


 兄弟を欲したことのない僕が、武藤さんにだけはそう思ったのは、武藤さんがあの事故で受けた影響のせいなのだろうか。

 それとも違うのだろうか。


 どちらでもいい。


 武藤さんは、武藤さんだ。

 父さんの代わりはいないし、武藤さんの代わりもいない。


 警備に詰めている警察官、病院関係者から僕たちは案内を受け、夢現ダンジョンを踏破できず、時間切れになった意識不明の人たちがいる入院病棟へと進んだ。

 入院病棟には6人部屋、4人部屋、2人部屋、そして個室がある。


 まずは個室から。


 有坂さんが眠り続ける壮年の男性の鎖骨あたりに触れ、反魂を使う。

 目覚めた彼に案内してくれた医師が問診、回復魔術を使う。

 後ほど説明会を行うということを伝えて、次へ。


 人数がとにかく多い。

 武藤さんの神眼により、相手の持つスキルに運命固有スキルが存在するかはわかるらしく、有坂さんは手早く病室を反魂をしてまわった。


 100人程の反魂を終えると、有坂さんの反魂スキルがレベルアップし、彼女の髪がまた白く染まった。

 対象に触れなくとも反魂を扱えるようになり、効率が上がる。


 家族の意識が戻って喜ぶ人、泣く人、誰も彼もが有坂さんに感謝している。

 癒す人。有坂さんは、癒すために戦う人だ。


 僕も、自分の力の使い方をもっと考えなきゃいけない。

 善悪についても、考えないといけない。


 悪についの説明も、理屈も、わかる。

 徳川さんや伏見さんと実際に会って、実感もした。


 だけど、僕は――。


 収容されていたすべての意識不明者は復活した。1つ目の病院には、運命固有スキルを持つ人はいなかった。

 途中で合流した森脇さんが説明会の音頭をとるようで、少し打ち合わせていたところで、タイムリミットを原国さんが告げた。


「ホテルに行き、休息と睡眠をとって下さい」


 星格オルビス・テッラエの転移でホテルの廊下まで一気に移動して、武藤さんと僕と星格オルビス・テッラエで一部屋、有坂さんは家族と過ごすので当然別の部屋。


 彼女の部屋の前で、また明日、と挨拶をして有坂さんと別れる。

 何かを言いたげにして、彼女は「うん、また明日ね」と言って、部屋へ入っていった。


 僕たちも宛がわれた部屋へと入る。

 昨日とはまた違うインテリアの、豪華な広い部屋だ。

 メインルームにソファとテーブル、大きなテレビ。キッチンまでついている。お風呂もトイレもベッドルームもふたつある。


 母さんは、今日は原国さんと一緒に父さんといる。

 原国さんは僕くらいの年齢の息子がいると言っていた。家族と会えているのだろうか。

 昨日原国さんは僕たちに訓練を受けていないから、食事と休養と睡眠をとるようにと言ったけれど、ループを繰り返して、彼はその訓練をしたのだろうか。


 したのだろう。そして今も殆ど休まずに、人を守るために奔走し続けているのだ。


「どうした坊主、疲れたか?」

 窓の外の夜景を目に写しながら、ぼんやりとしていた僕に武藤さんが声をかける。


「僕は、どうするのが一番いいのかなって、考えてしまって」

 

 有坂さんは人を癒す。その為に戦う。怖くても、胸を張って前を見ている。

 武藤さんもそうだ。自分の感情より、何より、護ることを優先している。未来を、取り戻すことを諦めない。

 原国さんは2000回以上のループを越えて、誰よりも苦しみ誰よりも強く生きてきた。もっと冷淡になってもおかしくはないはずなのに、とても優しい。


 それなら僕は、どうするべきだろう。


「キッチンあるし、料理でもしたらどうだ?」


 意外な回答が武藤さんから飛んでくる。

「料理、するの好きなんだろ? なら息抜きも大事ってな。それに習慣ってやらないとちょっと気持ち悪いとこねえか」


 確かにもう何年も、台所に立たない日なんてなかった。


「言われてみると、そうかもしれないです」

 料理をしていると、確かに楽しい。少し悩むことがあっても、料理をしているといつの間にか、気が楽になっていたことがあった。


「今からだと夜食、ですかね。ふたりも食べますか?」


 ソファに座ってテレビを眺めていた星格オルビス・テッラエが跳ねるように近づいて来て「夜食というと、人類のいう罪の味というやつか?」と興味を隠さずに僕を見る。


「そうそう。そういうやつだ。リクエストしてもいいか?」

「構いませんよ。そうだ、原国さんたちと有坂さんたちにも聞いてみましょうか。共有ストレージに入れれば、届けるのも簡単ですし」

「いいね、そうしよう」


 通話を繋いで、僕たちは夜食について話し合う。


 テレビでは、多数の職を失った人たち、避難生活をしている人たちのため、ベーシックインカム制度の施行開始が告げられている。

 生活に困ることはないことを強調した報道。それから、生産スキルなどで新たな仕事の枠組みなどの話し合いも行われているとも。


 一部では暴動や犯罪も起きていて、治安は悪化しているため、家など屋内から出ないようにというテロップが流れ続けている。


 世界がどれだけ変わっても、僕たちはお腹がすいて、眠くもなる。

 生活の形は大きく変わっても、食べ眠り、生活していくことはかわらない。


 生成スキルで得た料理スキルはレベル4だった。既に経験を積んでいることなので、レベルはそれに付随するらしい。

 僕はみんなのリクエストを聞いて、料理を始めた。武藤さんがショップで買い揃えた材料と僕が購入した調理器具。


 スキルを使ってみれば、工程のいくつかが省けた。

 加熱時間が短縮できるのはとても便利で、だいぶ時間を短縮して作ったのは、母さんの好物のクリームスープ。それから鶏と野菜の蒸し焼きだ。


 料理をしていて思いだすのは、母さんをおいしいもので、喜ばせたいという気持ち。少しでも楽をさせてあげたいという気持ち。

 僕がどんなに失敗しても、怪我さえしなければ、母さんは僕の料理を喜んでくれた。


 子供の頃を思い出して、僕のしたいことなんて、本当にそれだけだ、と思った。


 大事な人の喜び。幸せ。大事にしてくれる人を大切にすること。

 大きないいことなんてなくても、ただ美味しいごはんを食べて、今日一日を、平穏に過ごす。

 その積み重ねで生活は出来ていて、変化はあっても、そこは変わらずにあって欲しい。


 テーブルで、武藤さんと星格オルビス・テッラエが夜食を美味しそうに食べて、笑顔で喜んでくれた。

 明日も、明後日も、ずっとこうであればいいな、と感じた。

 誰もがこうであったならいいなとも。


 そのために、僕は、僕のできることをする。みんなほどにできなくても、それでも。

 どこかの誰かの未来もそうであるように、大事な人たちに恥じないように。


 僕はきっと変わらずそう願うだろう。


 例え、どんなに大変なことが起きたとしても。

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