第101話【アポカリプスサウンドⅣ】

「その話をする前に、一定の魂の銀貨を得た。アナウンスと共に力の付与を行う」


 星格オルビス・テッラエはそう言うと、姿を消した。そして次の瞬間にアナウンスが流れる。


『一定の魂の銀貨を得ました。全人類に生産系スキルの配布を行いました。ショップの機能拡張を行いました。パーティー機能の拡張を行いました。アプリからご確認下さい』

『レッドゲート残存数、1割を切りました』


 アナウンスが流れ終わると、星格オルビス・テッラエが姿を現す。

 ダンジョンライフアプリを開くと、それぞれに生産系スキルが付与されていた。

 僕は料理、有坂さんは修復、原国さんは製菓、武藤さんは物語作成。


「原国さん、製菓?」

「子供の頃はパティシエになりたかったんですよ。甘いものは今でも好きで」

「頭を使うと糖分欲しくなるって言いますもんね」


「あ、これ。パーティー機能に、パーティー内会話が追加されてます」


 話に出ていた念話ではないらしい。


 それの説明を読むと、パーティーで行う会話はパーティーメンバー以外に音声が届かなくなる、という仕様。


 オンオフは意識すればできるようで、パーティーメンバー以外との会話に不自由が出るものではないようだ。


 機能は全員オン状態。一覧でそれも確認ができる。これで会話を異星の神にきかれることはない。

 星格オルビス・テッラエには聞こえるのだろうか。


「異星の神には声は届かない。僕は魔法付与者だからね、僕には声は届くよ」

 星格オルビス・テッラエがそう追加して言う。


「折角言語の壁をなくせたのに、とも思わなくはないけれど」

「ともかく、これで声による防諜はできたってことだな」

 ため息交じりの星格オルビス・テッラエに武藤さんが困ったように笑って言う。


「喋るのと変わらないので、口の動きを読まれることは念頭に置いておいてください。敵は異星の神だけとは限りませんからね」

 原国さんの忠告に僕らは頷いて、ショップについても確認をする。


 ショップの拡張機能は、個人取引以外に公式ショップを通して、全世界に自分の持ち物を売ることができる機能が追加されていた。

 所持品や生産スキルで作ったものなどが全世界に売ることができる。

 即時注文、即時支払い、即時ストレージ受け取り。


「便利すぎる……」

 人類のこうだったら楽でいいな、を体言するような機能だ。


「毒や違法薬物の項目まであるんですけれど……」

「当然、ある。人類の作ったものなら、何でも。それをどう使うかは手に入れた人間次第だ」


「まあ、昔から医療用として使う者もいれば、一時の快楽で破滅する者もいる。回復魔術もあるんだ、乱用する人間も一定数はいるだろうな……」

「今はそれを取り締まっていられる余裕はありません。ともかく、伏見くんのメモを」


 僕たちは机に置かれた、彼の回答の書かれたメモを見る。


 返却された「わからない」のメモは『運命固有スキルを停止や移譲する能力があるか?』

 残りの回答があった3つは


『世界の滅亡を本当に阻止したいか?』

『伏見宗旦は完全に原国パーティーの味方になり協力できるか』

『もし徳川多聞が魔王あるいは異星の神への協力者などになり、対立した際、徳川多門を殺せるか』


 の3つ。

 もっと何か、情報らしい情報を聞き出したと思っていたので、驚いた。


「俺の神眼は嘘を見抜く。つきかえすことも回答になる、質問だ。全部つき返されると思ったが、回答を得られたのは意外だったな」

 

 伏見さんの答えは、滅亡の阻止には「Yes」、完全に味方になるかという問いには「可能であれば中立の立ち位置を望む」、徳川多聞を殺すことができるかという問いには「無理」と短い回答が並んだ。


「回答に嘘はない。そして今回、あのふたりを呼んだ理由はふたつある」

 武藤さんの言葉を引き継いで、原国さんが口を開く。


「まずは君たちに彼らを会わせることです。君たちは本物の悪人を知らない。環境によって人格を破壊され、悪に変質してしまった人とは出会い、改心する様子を見ていた。徳川くんや伏見くんと会わないままであれば、彼らにもそれを期待してしまったでしょうから。いくら言葉を尽くしても、君たちは納得しない。会って実感せねばわからないこともある」


 本物の悪性、本当の悪人。

 僕たちは確かに悪事を行ってしまった人と出会って、根岸くんたちにしろ、紅葉さんにしろそれを改心して償うことを選んだ人を見てきた。


 スキルによって、環境によって悪事を働いた人。他者や人間の作ったシステムに人生を壊されて、壊れかけてしまった人を助けたいと思っている。

 過ちを犯さない人間はいないから。間違えることそのものを罪にしてしまえば、人間は生きていくことができない。


 だけど、彼らは、違う。

 経歴を知り、実際会ってみて実感した。


 彼らはどれだけ自分の力で人を救うことができても、それを悪用することしか、選ばなかった。

 人を救う方法を思いつかないわけではない。考えられないわけでもない。その能力がないわけでもない。


 彼らは人を害することにしか喜びを得られない人間として生きてきた。

 僕らと根本的に違う思考を持っている。矜持も何もかもが違う。


「そして、彼らに現状の一部を伝えるためです」

 僕らの納得した表情を見て、原国さんが言う。


「彼らとて、世界が滅んでは困る。現状を知っていると知らないでは大きく違う」


「――彼らの選択肢を縛った、ということですね」


 有坂さんが言う。

 何も知らないままでいるのと、知った後で大きく違うのは選択肢の取り方、だ。


 伏見さんも徳川さんも、賢い人だ。

 だからこそ、人を騙して、殺せる。破壊をするには、力と、それを十全に使う頭が必要だ。

 彼らはそれを全て持っている。


 彼らが何をするか全て知っている原国さんですら、彼らの犯罪を全て阻止できなかったほどに、機転も利く。


「そういうことです。私たちのパーティーに彼らは入らない。手を組めたとしても、彼らは私たちと行動を共にすることはないでしょう。彼らは賢い。それゆえに絶対にとらない選択肢も読める。初回の会合で、何の確信もなく、私たちを攻撃することもしない。今までの周回でも、彼らは賢く立ち回った」

 原国さんが告げる言葉に、ほっとしてしまう。


 本当に、彼らは恐ろしかった。

 すべての人間を、獲物としてしか見ていない、あの目が。


 他者に対する敬意も愛情も、欠片も持たず、慈しむことはない。


「彼らのような人間は、他にもいる。生まれながらの悪。そういう偏った人格を持つ人間は少数だが、存在する。今も昔もだ。知能が高ければ高いほど厄介な、異星であれば魔族、強力なモンスターとして生まれるはずの、根本の思考、思想から違っている。そういう人間は一般的な救済など求めない。自身が悪であることを自覚し、その力を行使することを何よりの喜びにする」


「輪廻システムはランダムに魂の複製を、人類すべての受精卵、精子に付与します。受精し胎児となった時点で不足分を更にランダムで追加。悪性の排出がなく、ランダム故に、組み合わせは一定にならず、どうしても偏りが出てきます。この星の人間の持って生まれた性格というのはそういったものです。それを経験により人格として形成していき、やがて死に、複製循環に戻る」


 星格オルビス・テッラエは言う。

 生まれながらに持ち合わせているもの。感性の違い。


 だとしたら、彼らが強い悪性を持って生まれたことに、罪は、あるのだろうか。

 それに苦しみは、欠片もなかったのだろうか。


「とにかく、そろそろ食事にしましょう。これからの行動の打ち合わせをしながらね」

 原国さんが言うと、机の上に置かれた紙類がストレージに収納されて消える。そして、お弁当とお茶が置かれた。


「便利だな、本当」

 武藤さんがぽつりと漏らした言葉に、星格オルビス・テッラエが笑顔を浮かべる。


 見れば時刻は既に夕方で、言われてみれば、おなかもすいていることに気付いた。

 何が起きても、おなかは減る。眠くもなる。

 いくら強い力があっても、僕らは人間で、救われることを望まない人間は救えない。


 出された食事をみんなでとる。


 パーティーメンバーで集まって食事をするのは初めてなのに、何故か懐かしいような気もする。


 僕たちは食事をとりながら、打ち合わせをする。


 これから何をして、どう動くのか。

 有坂さんの反魂での復活は、まだ行えていない。


 所在地の変更、運命固有スキルやその他のこと。

 それから日本や世界の情勢。今日の予定、明日の予定。


 レッドゲートの残りは僅か。それをどうするか。



 議題は多く、僕らの体はひとつしかない。

 僕たちは、ひとつずつ、選択をして行動していかなければいけない。



 そして、運命固有スキルを停止や移譲する能力について、武藤さんが僕たちに告げたのは、打ち合わせを始めて、すぐのことだった。

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