第100話【悪魔への質問】
「時短はいい。効率がいいのも。だけど過程をすっとばして結果だけ得ることに何の楽しみがあるんだって話だよ。俺は他人を狂わせる過程が好きなんだ。その過程がなくなるなんて最悪最低もいいところ。一番美味しいところを失うなんてつまらなすぎる」
心底退屈を感じた声音でソファにどっかりと体を預けて、ぼやくように彼は言った。
言葉の半分は真っ当で、残りの半分がとんでもない。
彼らの行いを僕たちは原国さんの手記から知った。
犯罪歴とも言える、読んでいて胸が悪くなるような刺激の強い犯罪小説のような人生。
徳川多聞は非道な女衒と言ってもよく、伏見宗旦は冷酷な詐欺師と呼んでも差支えがない。
そして共通するのは、彼らの周りには異様に死者と行方不明者が多い。
彼らが直接殺した事案はない。彼らは相手を唆して破滅させるのだ。
自死、行方不明、薬物中毒、廃人化……。
人の破滅のさせ方を、人生の壊し方を、彼らはよく、知っている。
「アンタたちのお仲間になるのは別にいいよ。それはそれで楽しそうだ。だけど俺のこのスキルだけは頂けない。こんなもの持ったらつまらなくて世界を滅ぼすしかない」
享楽。愉悦。すべてが滅ぶかもしれないことに危惧の欠片もない、声音。
この人は、本気でそう思っている。
背筋が粟立つ。
この人には大切なものや守りたいものがない。何も。何一つ。自分自身ですら。
楽しむことができるなら、誰がどうなっても、構わない。
どう生きたらこんなふうになってしまうのだろう。
彼らは少年時代から、幼少期から既に悪性を強く持っていた。
環境も両親も、彼らのそれには関係なく、彼らの両親は被害者だった。
僕には全く理解できなくて、恐ろしい。どうして、彼らは。
「髪の色、それは自分で染めたものですか」
ぽつりと有坂さんが問う。
彼の髪の色は、有坂さんのスキルで変わった髪の色のように、異様に綺麗に染まっている。
はじめからその色だったかのように。
「答えたら何してくれる?」
体を起こして、囁くように聞く。
悪魔に、質問をしては、いけない。
そんな言葉が脳裏を過ぎる。
「何も。答えたくなければ別にいいです。
質問をした有坂さんは、すっぱりと切って捨てる。
彼女の視線と言葉には、彼らへの不信感と、嫌悪感が滲んでいる。
有坂さんがこんなに人を嫌うなんて、見たことがない様子にどきりとする。
嫌悪は恐怖から生まれる。有坂さんも、彼らを恐れているんだ。
当然だろう。僕も彼らが恐ろしい。
「徳川多聞の髪は、『信奉崇拝』により全て赤く染まっている。次の条件を踏めばスキルは完全覚醒に至るだろう」
「嫌悪の視線なんて久々だな。いいね、とても」
その言葉を聞いているのか聞いていないのか、徳川さんは有坂さんを見つめて笑む。
その声で、表情で、数多の人間を食い物にしてきた男。
ぞわりと背筋が冷たくなり、僕は有坂さんの手を握る。
恐れは、怒りや怯えを生む。守らなければ、この人を。
有坂さんは怒りによって、恐ろしさに立ち向かえる女の子だから。
「それで、どうするの? 俺たちは別に世界がどうなろうと構わないよ」
「俺を含めるな。俺は死にたくなんかないし、別に世界滅べとも思っちゃいない」
僕らの様子を表面上はにこやかな顔で見ながら言う、徳川さんの言葉に、伏見さんが反論する。
「この6人が、揃うのは初めてです。必ず誰かが欠けていました。
原国さんの静かな声に、みんなの視線が集中する。
「ここから先、何が起きるかはわからない。予測も立ちません。それでも諦めたくは無い」
「そりゃ、2000回以上もループしてて頭もシャッキリしてるんだ。俺から見ればアンタも充分狂人だよ。諦めるなんて選択は原国さんたちにはないだろうね。だけど俺にはある。アンタの覚悟だとか、アンタの苦労だとか、そういうものを俺が汲むと思った? 終末なら終末を楽しむ。俺はそれでもいいんだ。どうせいつかは死ぬ」
「と、まあこういう奴なんだ。原国さんはループで俺たちを知っているが、初見の君たちは驚くかもね。この男に協調性を求めると、死にたくなる、というか死ぬと思うよ」
諦めたように笑い、伏見さんが徳川さんを指差し、さらりと言う。
協調性。それを嫌うのは、伏見さんもだ。
このふたりは、よく似ている。
「命令されるのも、こうして欲しいと暗に示されるのも、嫌いでね。俺を動かしたいなら願いを叶えるか、楽しませてくれないと」
「楽しませる?」
有坂さんの嫌悪を滲ませた声に、徳川さんは喉を鳴らして笑う。
「そう。例えば君が、今この場でストリップをして俺にヤラせてくれるとか」
「敵対を煽るな。ごめんね有坂さん? コイツ色情狂でさ」
とんでもないことを言い出す徳川さんの頭を、伏見さんがはたいてさらにとんでもないことを言った。
冗談なんかじゃない。この男が今言ったそれは本気の言葉だ。
胸が悪くなる要求。彼の経歴から見れば、彼にとっては自然な要求。
発言内容の過激さに気分が悪くなったけれど、はたと気付く。
伏見さんは、いいんだ。伏見さんにだけは、徳川さんは何を言われてもはたかれても文句をつけない、機嫌が悪くなることもない。
彼にだけは、普通に情があるのだろうか。
だとしても、この人たちを仲間に組み込むことは難しいんじゃないだろうか。
今まで僕たちが協力してこれたのは、全員が同じように、誰かを救うために動いていたからだ。誰も、自分だけの欲を優先しなかった。
だけど彼らは違う。
多分、伏見さんも友好的に話をしているけれど、何かがあれば僕たちを簡単に裏切る。
彼は詐欺師。カウンセラー資格を持ち、その資格を利用して得た個人情報を筋の悪いところへと売る。
そうして詐欺や強盗被害に遭った被害者を、更に言葉で追い込んで、事故に見えるような自殺や事故を促す。
彼らに言葉巧みにかけさせた、多額の生命保険。受取人を自分や自社にして。
彼らは会社を立ち上げもしていた。人を効率よく騙し、唆し、破滅させるために。
反社会的な、人間。理由なき本物の悪人。
彼らは、誰も信じていない。破滅だけを愛するものの、目をしている。
「伏見宗旦。お前の持つ、情報が欲しい。値はどれほどつける?」
黙っていた武藤さんが口を開く。
「パーティーに入る入らない、仲間になるならない。それは俺たちが決めることじゃない。ふたりで決めればいい。必要な情報は渡した。こっちも情報が欲しい」
武藤さんが淡々と言って、いくつかのメモをひらめかせる。
「不老不死スキル。それをくれるっていうならすべての情報を開示してもいい」
伏見さんは僕を見て笑う。捕食者の笑み。背筋が凍る。
絶対に、渡せない。
だけど僕みたいな普通の人間が、どれだけ身構えても、生粋の詐欺師が本気になれば騙されてしまうだろう。
被害者たちだって、誰も彼もをすぐに信じる人たちだったわけではない。警戒していても、彼はそれを逆手にとるだろう。
「そいつは坊主の所有物だ。坊主にお願いされたら要求しな。お願いしてるのは俺だ」
「武藤くんのお願いね。では君の個人資産からもらおうかな。俺は情報屋だからね。1千万につき質問1つ、嘘偽りなく回答しよう」
「それなら3つ。答えてもらう」
スマホのショップの残高を武藤さんが見せる。
それを見て伏見さんは頷いた。
「メモを渡す。これに回答を書いたものと現金を交換。わからない場合はメモを返却してくれ。別の質問を渡す。それでいいか」
「んー……まあいいよ。商談成立。メモを」
武藤さんが渡した3枚のメモの内、1枚が返却された。別の質問メモが差し出される。
僕らに見えないように、伏見さんが回答を書き込んでいく。
嘘の回答を受ける心配はない。武藤さんの神眼を、彼らも知っている。
「はい。書けたよ」
3枚のメモ。武藤さんがショップ機能を使い、現金3千万円をテーブルに取り出して、置く。
見たこともない、大金。
メモを受け取ると、伏見さんがショップ機能でテーブルの上の現金を収納した。
武藤さんがメモを確認して、口を開く。
「これから
「俺たちが異星の神の側につく、とは考えないんだ?」
面白そうに徳川さんが訊く。
「結果がわかりきっている。そんなつまらないことをお前は選ぶのか?」
「いいね、その口説き文句。悪くない」
「口説いてはいねえよ。アンタは楽しめさえすればいいんだろう? こっちについたほうが楽しめるとは思うが、決めるのはアンタだ。好きにするといい」
「へえ、俺がいないと困るから呼んだんだと思ったけど?」
「あんたがいないと大いに困るが、アンタも俺たちがいなきゃ困ることになる。何せアンタにとっての人間という玩具は俺たちしかいなくなるんだからな。退屈で死にたくなるのは嫌だろう」
「いえてる」
そう言って徳川さんは人を食ったように、笑う。
「基本的には俺は君たちにつく。明日までにこのバカを説得しておく」
伏見さんが徳川さんを指して言う。原国さんが「頼みましたよ」と告げると、バイバイと手を振る徳川さんと共に伏見さんと
安堵の息が、思わず漏れた。
冷や汗が、背中を濡らしている。
有坂さんと繋いだ手は、熱を持つはずが、冷たく、じっとりとした汗をかいていた。
「どうですか、本物の悪人と接するのは」
原国さんが苦笑して言う。
端的に言えば、恐ろしかった。
にこやかな笑顔のまま、言葉で殺しにかかられても不思議ではなかった。彼らは、そうすると決めたら迷わない。きっとひとたまりもない。
「不愉快極まりないですね」
「僕はとても怖かった。あの人たちを、本当にパーティーに入れるんですか」
彼らの僕たちを見る目の端々に、好奇心を感じた。
どうすれば、壊せるか。どうすれば、傷つけられるか。それを探るような目。
「あいつの回答メモを見てくれ」
大金を支払って、武藤さんが手に入れた情報。それを惜しげもなく彼は僕たちに見せた。
それは、意外な設問だった。
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