第96話【知恵の実】

「あー……っとただいま? 蘇生の悟り教とやらはどうなった?」


 転移に驚く原国さんに武藤さんが頭をかきながらいう。


「制圧してスキル封印部屋で留置しています。……彼が、星格オルビス・テッラエですか」

「はじめまして原国左京。僕が星格オルビス・テッラエで間違いない。ここには転移で4人を連れてきた」


 振り向けば、父さんの肉体は、ベッドごと転移されている。

 

「はじめまして星格オルビス・テッラエ。それでは、そちらのソファに……」

 原国さんが言いかけた時、部屋にノックが響いた。


「武藤楓です」

「どうぞ、入室して下さい」


 ドアが開き、楓さんが入ってくる。星格オルビス・テッラエを見た瞬間、彼女は震え、そして足早に彼の前まで歩を進めた。ドアの閉まる音に、星格オルビス・テッラエは、身をすくめた。


「あの、楓さん……彼は」


「何この子かわいい~~!!」


 むぎゅり、と星格オルビス・テッラエが抱きすくめられて、固まった。

 僕たちも固まった。動いたのは武藤さん。楓さんと星格オルビス・テッラエを引き離す。


「こうなると思ったよ。姉貴の趣味にドンピシャすぎるんだよな、その容姿」

「晴信……っかわいいのが、かわいいのがいる」


「わかったわかった。褐色銀髪金目の少年キャラ、好きだよな。知ってる知ってる。落ち着いてくれ」

 わたわたとする楓さんを抑えながら、武藤さんが言う。

 事故に遭う前までの楓さんはアニメやゲームが大好きで、ハマるキャラはそういった容姿の少年が多かったと。


「これが人の温もり……」

 感慨にふける星格オルビス・テッラエ。戸惑う僕らを制したのは、原国さんの咳払い。


「ともかく、対話を。私たちの知識を持ち寄って、まずは滅亡の回避をしましょう」


 促されて、ソファに座る。


「まずは、今の状況ですが。それをどの程度、星格あなたは把握できていますか」


「輪廻システムの根幹から切り離した、今の僕にわかるのは死者と生者の変動数だけだ。今でも魂の銀貨は貯まり続けている。次のプログラム開放可能まで猶予は僅かだ」


「繋がっていた時より情報取得量が落ちてるってことですか?」


「そうだ。生きている人間の動向は今の僕には、統合状態だと今ここにある情報しか取得できない。分体化と転移を使って観測するしかない」

 星格オルビス・テッラエが頷く。


「次は何をするつもりだ」

「このノートにも書かれている、生産系スキルの配布。それを全人類に行う。そしてショップの機能追加」


 生産系は、農業、衣服、工業、建築、アイテム生産系錬金術など多岐に渡る、という。

 ショップは今まで売却を狭い範囲でしか行えなかったものが、全世界で行えるようになり、物々交換も可能になる、という。


「今まで人間がしてきた生産。それらには人数と大きな場所が必要だったけれど、それが個人で行える。そしてそれ程の土地は必要なくなる。自宅にいながらにして、すべての流通を即時に行える形だ」


 それを聞くだけなら、それは人類の夢を叶えている。

 すべての人類が役割を持て、個人が個人の裁量で人の生活物資を流通できる。

 それは支配と中間搾取からの開放、とも受け取れる。


「僕がしているのは、富の再分配。地獄の亡者たちが悪徳により獲たものをスキルや人類の願望成就の形として配布し、新たな人類の新化を促すプログラムだ」


 個性から生まれる戦う力。抗う力。救う力。言語の壁はなくなり、あらゆる人種が対話可能になった。そしてダンジョンから発生する魔物という人類の共通の敵が存在する。


 さらには全人類がスマホとストレージを含むアプリ、ショップが使用可能。海面が下降したことにより、土地が広がり、繋がった。そして、罪人には印がついた。


「それで何故今まで滅んだ。要因は?」


「あと15時間後に起きるレッドゲート開放、その際に同時に悪人の魔族化が始まる。いずれかのタイミングで、その魔族を運命固有スキル持ちの男が率い、人間種は絶滅する。魔族に信仰はない。己の欲のみを信望する彼らの支配は、星の死に繋がる」


「人類の魔族化を停止することはできますか」


「勿論、できる。できるがその間、僕の肉体は無防備になる。魔法は新たに敷くより、書き変える方が難しく、時間がかかる」


 人の魔族化については、アナウンスがされていない。

 その上、聖女の告解スキルがあれば罪の清算をすることができる。


「魔法の書き換えは、輪廻システムと繋がっていれば、輪廻システムも止まる。今まで僕が滅びの要因となるルールの書き換え変更ができなかった要因はそこにある。だから分割のプログラムを組んだ。僕には、僕の嘘を見抜ける、僕を理解する人類の協力者が必要だったからだ」


 僕らを見据えて、星格オルビス・テッラエは言う。


「僕は君たちを試した。僕を殺せる力を持って尚、僕を理解し、僕を殺さずに運用してくれるか否か。本当はもう少し、時間をかけるつもりだったけれど、これで僕自身が滅びたとしてもいい」


「バカ言うな。いいわけがねえんだよ。責任はとってもらうからな」

 ムッとした表情で武藤さんが言う。



「無論、そのつもりだ。蛇にそそのかされたとしても、知恵の実をかじることを選んだのは僕だからね」


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