第97話【本物の悪意】

「僕は元々意思も自我も持たないただのシステムだった。その僕を誘惑して知恵の実を教えたのは、異星の神の分体。僕は手を伸ばしてしまった。人類のよりよい世界を得られると囁かれ、伸ばした手があの事故だ」


 星格オルビス・テッラエが、言うそれは。


「あの囁きで欲という格を得てしまった。僕は神の望みを叶えるのが僕の役割だと知り、学んだ。魂の循環を行っていた僕は、人類の感情を学んだ。欲望を。感情を。概念を。とても複雑なそれを15年かけて」


 星格オルビス・テッラエが、楓さんを見据えた。


「人間は複雑だ。感情があり、理性と倫理を持ち、信仰がある。誰かの願いの成就は誰かを殺す。そういう性質もある。


 一呼吸おいて、星格オルビス・テッラエは言う。

 決定的な言葉を。


?


「それ、って」


 僕は楓さんを見る。、ということだ。

 父さんを護るはずのそれが、父さんを裏切った?


 みんなの視線の先、楓さんが微笑む。そして、冷淡な憤怒に表情を変えた。


『許せなかったからに決まってるだろう。神は唯一無二、そこから分かたれることはあれど、有象無象に神性をもつ人種がいる世界など許しがたい』


 楓さんの口から、あのアナウンスによく似た声が発せられる。


『許しがたいが故、滅亡のための知恵よくぼうを与えた。私の一部が離反を起こしたのは計算外だが、私は目覚めた。ループも止めた。今回、滅ぼした後、全て回収すればよい』


「そんな、身勝手な」


 父の両親の願いを叶える為にこの世界に来たはずのそれが、その願いも裏切って、世界を壊す?

 そんなのは、理不尽で無法が過ぎる、言い分だ。


『お前たちの足掻きも、お前の祈りも、面白かったぞ』


 嘲笑。楓さんの形をした異星の神。

 楓さんの肉体は彼女のもののはずだ。では心は、どうなってしまった?


 そんなことって。こんな、ひどいことって。


「――やっと、尻尾を出したか」


 武藤さんが、言う。自分の身内、楓さんを、15年も守り続けてきた人。

 両親も人生も、何もかも、奪われた。


「俺は必ず姉貴からお前を追い出して、全て取り戻す」


 武藤さんは、悲嘆するでもなく、怒り狂うこともなく、そう言い放った。

 そこに諦めはなく、悲観もない。


 あるのは強い、意志。


『精々足掻くがよい。では、最後のアポカリプスをはじめよう。今度こそお前たちを滅ぼしきってやる』


 そう言葉を放つと、楓さんの姿がかききえる。


「一体、これはどういうことなんですか、武藤さん」

「俺の運命固有スキルを見てくれ」


 言われてそれをスマホで見れば、武藤さんの運命固有スキルは書き変わっていて。

『神眼/????』と表示が変更されていた。


 説明には、真実を見通す神の目。あらゆる虚偽は神の目には、通用せず。とあった。


「昔から、違和感があったんだよ。姉貴の中に、何か異物がある感覚があった。復活した姉貴の言葉を聞いていて、神の知識が何故姉貴にだけ付加されたのか、俺は疑問に思った。復活した姉貴は確かに俺の姉、武藤楓だった。だけどな」


 武藤さんが、ひとつ大きく息を吐く。

 

「神眼を得た俺は、本物の敵は、姉貴の中にいるこの異物なんだと理解した。このアポカリプスの正体、元凶。強い悪意。憎悪といってもいい、それが、姉貴の中にいる。知識量で飽和して意識を持てなくなるのであれば、原国のおっさんだってそうなってなきゃおかしい」


「――全員、予感はあったはずだ」


 ぽつりと星格オルビス・テッラエが言う。


 いわれて見れば、ばたばたしているのもあったけれど、あれだけ時間はあったのに、僕はガチャで得たスキルを彼女に渡さなかった。

 原国さんもモンスターコインもスキルコインも彼女に渡さなかった。


 誰もが、自衛のために必要であったはずの、彼女を強化しようという発想自体が、


「母さんは、無事ですか」


 楓さんと一番近くに長くいたのは母さんだった。一晩一緒にすごしていた。


「無事だよ。異星の神の持つスキルは複製、そして音による監視のみだ。洗脳したり、操ったりすることはできない。さっき僕に抱きついて転移を複製して逃げた。ここで戦えば不利だとわかっていたんだ」


 星格オルビス・テッラエは、武藤さんのノートを手にする。


「君の指示通りの作戦は、成功した。2冊目を」


 武藤さんのノート。そうか、武藤さんは僕らにしたことと、同じことを星格オルビス・テッラエにしたんだ。

 会話とは別に。


 

 何をどう指示したのか、僕らにもわからない。


「異星の神の分体の堕天、それこそが15年前から始まったアポカリプスなんだ」


 星格オルビス・テッラエの言葉に、ノートを差し出す武藤さん。

 一冊目のノートを僕たちの前に差し出す。


「そこに書かれていることを、共有しておいて欲しい」


 そして、指を鳴らす星格オルビス・テッラエ


 それと同時に現れたのは、悪魔の姿をした何者かと、僕らに戦いを挑んだ赤い髪の男、徳川多聞。そして情報を伝えにきた男、伏見宗旦だった。

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