第95話【未知を知る怖さと喜び】

 見せられた星格オルビス・テッラエのステータスは、数値がバグっていた。


「数値が変動してるけど……?」

 異様に高いステータス値は、数が上下している。僕がぽつりと訊けば、星格オルビス・テッラエは頷いて言った。


「それは魔素の揺らぎだよ」

「魔素って、何だ」


「生きとし生ける全人類の持つ信仰心。かみを形作るものだ」


 その言葉に武藤さんは自身の顎をなてで、なるほどな、と呟いた。


「魔素から魔法、魔で敷かれた法の上で使えるから魔術、でもって消費するのがMPマジックパワーか」

「ざっくり言えば、そういうこと」


 星格オルビス・テッラエは頷く。


「魔、魔か……言葉の意味合いで言えば、不思議な力を含む、いくつかあるが悪道に導くものでもあるよな」


「力と信仰は誘惑でもある。正しいから何をしてもいいとすれば、それは悪道となる。宗教が間違った信仰思想を持つ事例も枚挙に暇がない。それは人間の性でもある」


「そういう解釈か。なるほどね。お前のステータスの数値がでかいもの、上下するのもバグではなく、仕様ってわけだ。あとお前が説明下手なのも仕様か?」


「完璧な説明など存在しない。人は見たいものを見、聞きたい言葉だけを聞く」

「俺が言ってるのは、説明の不足なんだ。お前最初から説明が足りてないんだよ。人のせいにすんな」


 武藤さんがでこぴんを放つ。優しく、弱い力で弾かれた額を押さえて、星格オルビス・テッラエは「足りない……?」と心外そうに言う。


「ゲームルールの周知徹底はゲームの基本だ。どういう世界で、何ができて、何が違反行為なのか。プレイヤーに説明が足りてねえの」

「禁止や違反事項などない。僕は人間の自由度を縛りはしない。それがどんな行いであってもだ」


 むむ、と頬を膨らませて星格オルビス・テッラエは言う。


「縛りをかけろと言っているわけじゃない。最初からルールを明示しろ、と言ってるんだ。そのノートにもかいてあるだろう。お前が世界のルールを描き変えたんだから、その説明をすればいいんだ」


「……変更点の告知はしたが?」


 何故、2000回以上も、世界が滅んだか、わかった気がする。

 彼は、人間性を持った。


 人間とは、自分の過不足にそう簡単には気付けない生き物で、彼はずっとひとりだった。


星格おまえが生きた人間とコミュニケーションをとれなかった弊害か」

「今までアナウンスだけでしたもんね……」


 一方的な告知しかできず、ひとりで考える。

 改善が、できないはずだ。


 人間はひとりでできることに、限りがある。


 何かを成すには、誰かのフィードバックが必要だし、人間はグループを作り、協力して成果も負債も積み上げて来たのだ。


「同じだけループを繰り返している原国さんと、あと異星の神の知識を持つ楓さんと話をして整理した方がいいのでは?」


 やりとりを見ていた有坂さんが言う。

 僕も同意見だ。


「君たちのように、僕の存在を受け入れられるとは限らないだろう?」


「訊いてみればいい。散々人を試してきたんだ。お前も人に試されろ」


 期待も入り混じったような不安げな星格オルビス・テッラエに武藤さんはそう言って、有無を言わさず原国さんへの通話を繋いだ。


「原国さん、輪廻システムと星格の切り離し、完了したぞ」

「……! それは快挙です。よくやってくれました。星格は、いまどこに?」


「ここにいる。ほら、挨拶しろ」

星格オルビス・テッラエだ。名は武藤晴信から貰った。……後は何を言えばいい? 統合状態では、挨拶など、したことがないんだが……」


「とまあ、こんな様子でな。一度連れて戻りたいんだが、原国さんはこの星格オルビス・テッラエを受け入れられるか?」

「無論、受け入れますよ。それをするために、何度死んだと思っているんです」


 嬉しさの滲む声で、原国さんが「星格オルビス・テッラエ、私は君を歓迎し、会話を望みます」といえば、星格オルビス・テッラエは安心したように表情を崩した。


「宜しく頼む」


「姉貴と原国さん。ふたりの知恵を借りたい。それと真瀬零次はじめのオリジナルの肉体も返してもらった。保護を頼む」

「それは朗報です。了解しました。では、私の執務室に楓さんを呼びます。君たちも帰還して下さい」

「わかった。じゃあまたあとで」


 短いやりとりは終わり、武藤さんが星格オルビス・テッラエを見る。


「姉貴は確かめるまでもないが、ちょっと覚悟しておいた方がいいかもな?」

「それはどういう意味だ」


「会ってのお楽しみだよ。ハッキリしない説明を受ける気分はどうだ」

 頬杖をついて、武藤さんが言う。その言葉に、星格オルビス・テッラエの表情が輝く。


 もしかして、悪戯心。

 僕たちが、悪意と受け取っていた、説明不足と試しというのは。


「ドキドキワクワクするところではある」


 趣味だ。嗜好だった。

 人間性を持つというのは、偏りがあるということでもある。


 集団であればその偏りも活かせはする。特に大型のオープンワールドゲームは、集団で作るもので。協力と調整が必要なものだと、素人の僕でもわかる。

 それをたったひとりで、人の望む世界を作ったらそれは上手くいかないのも道理かもしれない。


「未知を知る怖さと喜びを与えたかった、と」

「そんなはた迷惑な……どれだけ人が死んだと思ってるんです?」


「善人は君が蘇生ができるから、別にいいだろう?」

 有坂さんを見て言う、星格オルビス・テッラエ


「いいわけがねえんだよ」

 星格オルビス・テッラエの額に、武藤さんの軽くて優しげな、でこぴんが再び炸裂する。


「お前のその短絡的なところ、すげえ人間らしいけど、すげえダメなやつだからな」

「そうなのか?」


 星格オルビス・テッラエの不可解そうな表情に、有坂さんが頭を抱える。

 どんな悪魔のような存在なのかと思ったら、少年だった。これは前途多難かもしれない。


「ともかく、移動をする。ダンジョンから出るにはどうすればいい。お前がボス扱いなんだろう」


「それは問題ない。転移魔術があるから」


 そういうと、パチンと星格オルビス・テッラエは指を弾く。


 次の瞬間。目の前には、執務机で仕事をしている原国さんがいて、僕たちを唖然とした顔で見ていた。

 

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