第94話【オルビス・テッラエの決断】

「つまり、これが終わりではなく、始まりであることを人類に通達すればよいのではないか?」


 オルビス・テッラエが言う。

 それに応えたのは武藤さんだった。


「その通りだが、その前にお前が輪廻システムから離脱しなきゃならん、最も大きな理由も教えてやる」


 ソファに沈む込むように座り、腹の前で手を組んだ武藤さんが、オルビス・テッラエを見据える。


「お前が敷いた新たなルール。それは今まで積み重ね来た人類史の破壊でもある。人がひとつずつ積み上げてきたそれを、人類の願望の成就という形であれ、お前が完全に壊したんだ。お前を滅ぼそうとする人間は必ず出てくる」


 経済、軍事、政治、生活の何もかもが変わってしまった。


 今までの生き方から切り替えられない人。今までの全てを愛していた人。彼らからすれば、オルビス・テッラエの行ったことは紛れもない破壊。今のこの状態を歓迎する人だけではないのは当然だろう。


 力が無ければ、過ちを犯さなかった人も、大勢いる。それによる死者も。


「輪廻システムと繋がったままでいる場合にだ。お前が万が一にでも殺されてしまえば、輪廻システム、星の循環ごと滅びることになるからな。人類と世界を存続させることが目的であれば、それだけは避けるべきだろう」


 僕の調停者スキルを星につかってはならない理由と、それは合致する。

 人間は、損得、利益を度外視した行動に移ることもある。


 僕たちには、感情がある。間違った善意もあれば、正しい悪意もあるだろう。


「神殺しですら、人間の概念にはあるんだ。お前はお前の敷いた法の責任をとる必要がある」


 人差し指をオルビス・テッラエに向けて、武藤さんが言う。


「法を敷くものもまた、その法によって裁かれる、ということか」


 オルビス・テッラエが呟く。


「人の持つ神性、それを集めようとしたがそれは叶わなかった。僕を理解する者よ。それは何故だ」


 以前の周回でそれを行おうとしたのだろう。

 オルビス・テッラエも、これまでの周回を幾度となく繰り返してきた。その記憶があるのだろう、原国さん同様に。


「人間の在りようを変えられないのは、お前が命令系統のその下にあるからだろう。神という命令系統システムのコントロール下にいるのが輪廻システムだ。例えるなら、制御系である脳は、自らを攻撃して物理的に循環器である、心臓を止めることができる。だが心臓にはそれはできない。心臓が思考することそのものが例外だからだ。心臓が脳のコントロールをしようとしたところで、その機能はない」


「機能を得たことが間違いだと」


 オルビス・テッラエの言葉に、有坂さんが言う。


「ええ、そうです。あなたの行いがなければ、少なくとも真瀬くんと武藤さんは家族を失い苦しむことはなかった。トラックの運転手も人生を失わずにすんだはず。確かにあなたには人間性がある。傲慢さと、自己保身。それは悪徳として数えられるもの」


 淡々と、静かな怒りをたたえて。


「ないものねだりをして、輪を壊し、和を乱した。あなたはその責任をとるべきで、私たちの人生をおもちゃゲームにするのであれば、あなたもまた同様のルールの下にいなければ、フェアではない。例え、輪廻システムと切り離し、人類すべての人がこれが終末ではなく新たな時代の始まりだと信じたあと、真瀬くんの調停者によって裁かれ地獄の腹に帰るとしても」


 柔らかな声の断罪。

 オルビス・テッラエが、息を飲む。


「僕は調停者スキルを彼に使うつもりはないよ、有坂さん。僕たちのために怒ってくれてありがとう」


 彼女の、優しい手を握る。


「過去より、僕は未来をとる。武藤さんも理不尽を受け入れた。僕も、そうする。僕たちの失ったものへの感情を、僕も優先はしない。取り戻せないものがあったとしても。僕は報復で傷ついた人を見た。起きてしまったどうにもならないこと、その責任のとりかたは、他にもある。過つことは、人の性だから、それが彼にもあることを、拒絶しない」


 有坂さんが、目を見開いて僕を見る。そして、目を細めてから小さく頷く。


「嬢ちゃんの言うように、お前への断罪を行う理由がある人間は多いだろう。俺はお前の理不尽を受け入れると言ったし、それを違えるつもりはない。力を貸すこともしよう」


 ソファから身を起こして、武藤さんが有坂さんと僕に微笑みかけ、そしてオルビス・テッラエを見据える。


「そして俺も、お前の行いは坊主の言った善性からの行いだと、俺も信じよう。お前が、なりかけの神として、単身この世界を人の為に生きるのであればな」


 そうか、と小さく呟いたあと、オルビス・テッラエは僕たちの言葉に、寂しげに微笑んだ。


「何故、異星の神が君たちに神の力を渡したのか、理解できる気がする」


 彼はそういうと、座っていたソファから立ち上がり、僕の父を見て、僕らを見渡した。


「言う通りにしよう。僕は、オルビス・テッラエとして生きよう。君たちの人生を奪い、過ちを犯したことを償うことにする」


 そう、口にするとオルビス・テッラエは、指を鳴らす。

 何か目に見える変化はない。


 オルビス・テッラエは、いつの間にかスマホを手にしていて、それを僕らに差し出す。



 そこには、彼のステータスが映っていた。

 

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