第93話【滅びの理由】
すごい。武藤さんは、星格に名付け、見事に言いくるめてしまった。
母さんたちも原国さんも無事で、突然消えた僕らと連絡がついてほっとしていた。
『あらゆる通信、会話は全て星格に筒抜けになっている。もしボス部屋で分体が現れたら、俺のすることを、俺がノートを分体に渡すまでは黙って見ていてくれ。このメモ帳についても話してはいけない。このことについて話をしたければ、書いて渡してくれ』
ダンジョン内、宝箱の確認をしていた時に「アイテムとかのデータ表を作ってるんだ。見てくれ」と武藤さんから僕らに渡されたメモ帳には、そう書かれていた。
『重要な情報は、このメモ帳でやりとりを』
その後に書かれていたのは、『この後の会話に賛同すること。イエスならメモを閉じてしまってくれ』と書かれていた。
ゲームのクリア条件に対する話だった。
僕らが、
僕たちは武藤さんの作戦にのることにした。
詳細は知らない。けれど武藤さんを僕たちは信頼している。
「データがあると助かりますね」
僕と有坂さんは、そう言って、メモをしまった。
僕はてっきり、大型ダンジョンをクリアしていけば父を取り戻し、滅亡を避けられると思っていた。
まさか、そのルールすらひっくり返す、なんてことは想像もしていなかった。
父の肉体を、存在を、取り戻してくれるなんて。
「この前提条件だけど」
オルビス・テッラエと名付けられた星格が、武藤さんを見て言う。
少年の形に姿を変えた。褐色の肌、銀髪、金色の目。創作の世界では存在しても、現生人類にはない特徴の少年。
「システムと僕の切り離し?」
「輪廻システムは星格がなくとも動く、そうだろ?」
「勿論動く。僕は、元々なかった機能だ」
「だよな。だから機能を切り離す。折角お前は自由に動き回れる肉体と思考と感情と神の力の一部を得たんだ。自分の作った世界のゲームをお前もプレイすればいいのさ」
武藤さんは笑って言う。
「つまりはデバッグだな。今までの周回でお前がプレイヤーになったことはあるか? ないよな。自分で遊べるか確かめもしないで、リリースするのはマズイだろ? まあもうリリース自体はされちゃいるが。ベータテストである夢現ダンジョンまでは上手く運んだ。だけど正式版になったら7日以内で全てが滅ぶ、それは仕様じゃないんだろ?」
「仕様なものか。僕はもっと遊びたいんだ」
むっとして、オルビス・テッラエは言う。
それは、ただの少年に見えた。
「なら、7日間で滅ぶバグを修正しないといけない。輪廻システムと融合したままでは2000回以上やってもどうにもならなかった。だけど今回は違う。お前はオルビス・テッラエとして独立ができる。外から修正ができる。試さない手はない。俺たちも滅びたくはない。お前も滅びたくはない。ならば協力しあってバグを取り除くのさ」
武藤さんの言葉に、考え込むオルビス・テッラエ。
僕たちはそれを固唾を呑んで、見守る。
「いいか、そのノートにも書いたがクリアしたら終わるゲームじゃダメなんだ。クエスト形式の、共存共栄を目指すゴールのないゲーム。生産、政治、お前の好きなダンジョン攻略、全てが遊べなければオープンワールドゲームとして面白くはないだろう。人の願望を叶えた世界を設定しておいて、クリア条件なんてつけるのが間違いだったんだよ」
「それは理解できた。だけどそれと僕を輪廻システムと切り離す理由がわからない」
「バグ修正だのパッチあてだのってのは、輪廻システムからでないと不可能か?」
「いいや、輪廻システムは単一で動く。星の心臓部。循環系統の最上位システムだ」
「なら、やっぱりお前は、単一化するべきだろうよ。輪廻システムそのものの存在意義はそれで完結しているんだ。お前はお前の存在意義を証明すればいい」
「僕の、存在意義?」
「そうだ、オルビス・テッラエ、神の力を持つ者。お前がこの世界を作り変えた。作り変えた世界に、お前が責任を持ちお前が繁栄に導く。お前のしたかったことはそれだろう?」
武藤さんの声に、オルビス・テッラエはその顔をじっと見つめる。
「その肉体に、神の力で法を敷く、魔法スキルとして宿せばいい。お前の欲したものをお前が単一で持てばいいと俺は言っているだけだ。お前が欲しいのは俺たちの持つ運命固有スキル、その移植がしたいと願うのであれば、その方法を得るまで俺たちは殺せないし死なせることはできない。そして滅亡すれば終わりだ」
武藤さんは、彼に協力をする、と言い続けている。
自分を殺した、家族を殺した相手に。武藤さんの両親は戻らない。
運命を捻じ曲げられ、それでも、滅びを回避するために。
「その移植ができるまで、俺たちが力を貸せばいい。お前の過ちは多くの人を巻き込んだ。だがそれで救われた人間もいた。理不尽だが、理不尽なんてものは前からずっとそうだった。理不尽に満ちた世界だから、人は法を敷いてそれに抗う。俺はお前という理不尽を受け入れる。それが他の人間を世界を救うというのなら、喜んでそうしよう」
僕も、奪われた。
父のいる人生を。
だけどそれが、どうしようもなく不幸だったわけではない。
「僕も、武藤さんの言うようにしたいと思う」
有坂さんが、僕を見る。
微笑んで、その手を握る。
「僕たちで、協力しあって、前よりもっと平和な世界にしよう。オルビス・テッラエ。君がしたかったことは、本当はそれじゃないの?」
どれだけ平和になっても、人は思い悩み苦しむ。
止むことのない争いの地もあれば、搾取で成り立つ社会もある。
人間には清も濁もある。
「夢現ダンジョンのことを思い出したんだ」
夢現ダンジョンには、悪意があった。だけどあれは、テストだったのではないか。
ベータテスト。善人だけを蘇生させる、システム。
「悪意のある場所であっても、善性の協力を持つ人たちに力を与えるための」
あの時、みんなが協力したから、血の蘇生術を得ることができた。
僕が得たのは
ただ悪意だけでできたダンジョンでは、得られるはずのない、力。
悪に人を染めたいのならば、もっと違う能力が与えられたはずだ。
「悪を一番許さないのは、君なんじゃないの?」
因果の応報。悪人と善人の選り分け。
紅葉さんを思い出す。
質問。答えを欲したものへの嘘のない、世界からの解答。
そして、因果の応報。報復。善であることを証明する試練を与える者としての力。
皆森さんを思い出す。
逆境と悪意を跳ね返す、反射の力。
運命を跳ね返し、望むものに挑戦できる力。
輪廻システムは、人の善悪を問わずその身に人の思想全てをその身に取り込む。
だからこそ、唯一の神を求めた。僕たち人類の信仰、救いをもたらす上位存在を。
悪を循環から排除する、異星のシステムのような、それを。
思想の中にしかないそれが、存在することを知った。
だから、欲した。
自ら悪役を買って出た。犠牲があっても。
「だから神様になろうとしたんだ。だけど上手く行かなかった。この世界の神様は、残酷でもあるから」
僕たち人間の持つ神の概念は多岐に渡る。
怨霊を神として扱い
異星のように最初から、そう定められた神というシステムではなく、微細な神の力を散り散りに持った人類の思想、概念。
「人々はこれがアポカリプスだと認識した。世界の終わりだと。終末が来たのだと。そう、信じた」
だから、滅ぶ。
7日の間で。どう足掻いても。
それが、今までの滅びの、理由。
そうあれかし、と望む終末。
昔から人間は終末についての概念を持ってきた。
世界の滅びですら、信じてきたのだ。
人には、繁栄を望む。
そして同じくらい大きな、破滅への願望もあるのだから。
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【完結のお知らせ】
様子のおかしい婚約破棄モノ「婚約破棄をされた公爵令嬢は戦場を夢見る」完結しました。
登場人物全員華麗なる脳筋。
ちょっと様子のおかしい優雅な蛮族しかいない、一風変わった「愛され主人公×婚約破棄もの」が読みたい人向けです
ハピエンです。あわせてお楽しみ頂けると幸いです。
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