第90話【レベル8ダンジョン】
レベル8ダンジョンの中は、古く広いオフィスの廊下のようだった。
ホラーゲームにあるような、血と錆と古びた壁、鉄製のドア。蛍光灯の光は弱く、ちかちかと今にも切れそうな雰囲気だ。
バフ系スキルは、スキルレベルを上げるために基本的にはずっとかけている。
僕の職業、共有者によるステータス上昇によってMP自体も大量に保有しているので、バフをかけ続けてもその辺りの問題はない。
「ホラーゲームのRTAも、結構やったの思い出すわ」
武藤さんが軽い声で言う。
気配察知は効いている。雰囲気は不気味だけど、今までのダンジョンのように素早く攻略できるだろう。
警戒はしつつ、手早く進む。僕らの後から誰かがダンジョンに入ってこないとは言い切れない。
出てくる魔物も、このダンジョンにあわせたのかホラーテイストな魔物が多い。
とはいえ、遠距離攻撃、夜目などのスキルがあれば特に問題はなく、スキルを駆使してダンジョンを攻略していく。
有坂さんもホラー的なものは平気らしく、進みながら武藤さんにたずねる。
「武藤さんの言っていた、勝ちの目って何だったんですか?」
襲撃を受けた時、部屋で待機中に説明しようとしていた、武藤さんの話。
ノートにずっと何かをかきつけていたのと関係があるのだろうか。
「ああ、アレな。俺たちはプレイヤーと呼ばれる。そうだったよな」
天の声は常に僕たちをプレイヤーと呼ぶし、殺人ですらプレイヤーキル、PKとしてゲーム的な呼び方をする。
「つまり、星自体がゲーム運営ってことだ。分体はゲームマスターとかそのあたりと踏んでいるが、運営と、このゲームマスター、相性がめちゃくちゃ悪い」
1つのゲームに要素を詰め込みすぎると、クリア不能のクソゲーが出来上がる。
と、武藤さんが言う。
「クリアに対する明確な指標がないだろ、今。夢現ダンジョンではそれがあった。悪意はあったが、明らかな『脱出ゲーム』で、ルール自体には嘘はなかったろ?」
「確かに、全体へのゲームルールの提示って今はないですね。白い部屋で受けたような、説明が」
ゲームの運営側、ゲームマスターとしての役割があるにも関わらず、だ。
「そう、シンプルなクリア目標がない。プレイヤーが何をしていいかわからんゲームってのは、面白みにかけるし、要素を詰め込みすぎたゲームはルールが崩壊する。要素か、クリア条件、どちらかがシンプルであることが面白いゲームの大前提だと俺は思う。その上、ゲームマスターが複数に分割されている。それぞれにやりたいことが違う」
武藤さんの説明を聞きながら、薄暗い廊下と小部屋を回る。
苦戦するような敵も、仕掛けもない。雰囲気はホラーだけど、苦戦はない。
「最早現状はゲームのていを成してはいないんだよな。それでも
「説得のゲーム?」
「全ての分体、つまりゲーム運営に対して説得ゲームを仕掛ける」
それぞれ7つの美徳、中立、悪徳に分かれている、星の分体。
それら全てを説得する?
「ゲームを運営しながら、運営自身もゲームを楽しんでいる。ルールを設定しながら、要素を詰め込みまくってとっちらかるほど夢中でこのゲームを遊んでいる」
階層ボスを倒し、アイテムを獲得しながら進む。
「ゲームなんだ。望んだ結果が出るまで、リトライするだろう? 状況をリセットして、強化してリトライをする。だが、ゲームスタートからの戦績データは残る。それを因果とするのであれば、応報はこの星にも下る。だから人類が滅ぶと、星自体も滅んだ。ゲームはプレイヤーなしでは、起動しない」
プレイヤーのいないゲームに存在意義はない。
そして、ゲームを開発をすることは、それ自体がゲームでもある。
この世界でゲーム化できないものはない。
そう武藤さんはいう。
「故にだ。プレイヤーは俺たちだけじゃない、この星もそうだ、と俺は考える」
クリア条件を提示したのは
天の声も、書き換えられた世界の
「そんでもって、この星の分体に匹敵する因果を持つであろう男がいる。原国のおっさんだ。あの人のループ回数は2024回。それだけの戦績、因果を持つ。そして」
倒したモンスターのコインを拾い上げながら、武藤さんは言う。
「過去周回で、俺たちは何度も出会ってきたと、原国のおっさんは言った。関係性が深い俺たちにもまた、見えない因果、戦績がある」
このコインの元となった人間は因果により地獄へ送られた。
悪事悪行には死後、必罰が行われる。明言化されたルール。死後、そして魂。それらのオカルトはもう
そう、武藤さんは語る。
「そもそも因果は仏教用語でな。原因と結果を指す言葉だ。 原因のなかに結果があらかじめ存在すると説く因中有果論、それを否定する因中無果論。インド哲学方面は詳しくないが、何故かこの辺りの知識がある。作家だからといって全てに詳しいわけでもない」
コインを弾いて、ストレージへとしまう。
「ふたりにも、こういう知らないはずのことをなんとなく理解していることはないか?」
その武藤さんの問いに、僕と有坂さんは、目を見合わせて、頷く。
覚えなら、ありすぎるほど、ある。
理解できず混乱しそうな経験をしても、どこか冷静でいられるのは――
「僕が最初から、武藤さんや原国さんを全く警戒しなかったのも……」
「魂のバックデータで敵対しなければ危険がない相手だと、心底知っていた。だから本能的に警戒しなかった。警戒したのはあらゆる可能性を知っていた原国のおっさんだけだ」
「確かに、矛盾はないですね」
有坂さんが頷く。
「ゲームマスターという人格を持ったあらゆるゲーム性を持った世界。クリア条件の設定を一律化する。その説得を行う。ゲームは長く遊ばれたいものだろうし、長く楽しみたいものでもある」
「最初に言っていた、勝ちの目、というのは?」
「そんなの決まってるだろ、ミニゲーム並みに、クリア条件を簡単にするんだよ」
そしてその上で、と言いながら武藤さんが最終階層のボス部屋の扉を開ける。
「プレイヤーに勝たせ続けたほうが、面白いゲームだと認識させるんだ」
その言葉と共に、アナウンスが響く。
『SSRボスエネミーとエンカウントしました』
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