第91話【武藤晴信の推察/武藤晴信視点】

 SSRボスエネミーのアナウンスで、姿を現したのは、3人。


 節制テンペランティア愉悦ヴルピタス、そしてもう1人は女性の姿。

 均整の取れた顔立ちとスタイル、そしてきわどい胸元をしたドレス姿の扇情的な美女。わかりやすい。


「はじめまして、わたしは色欲ルクスリア。七大罪は他より有名よね?」


「ああ、よく知ってる。美徳、中立、悪徳、各代表ってことでいいか?」


 星の分体が3体。戦闘になれば勝ち目はない。

 だが彼らは戦いにきたわけじゃない。

 

「そう捉えてもらって構いません」


「そうか。てことは、星もお困りってことだな。


 ループする運命。


 確かに美徳や中立は、滅びの運命を回避したいと願っただろう。

 故に、ループが途切れることがあればと分割を仕掛けた。


 節制テンペランティアの現れたタイミングから見ても、相当焦ったはずだ。

 悪徳からみれば、永遠に遊べるはずのゲームが、あと一度きり。


 何度滅ぼしても、ループして戻る。どれだけ何をやって滅んだところで関係がなかった。


 好きなだけ遊べた。それが、最後になった。


 あらゆる欲と願望。人の持つそれを得た。それを分かつこと。それは諸刃だったはずだ。

 人間同士は、違う主張で相争う。1つにまとまっていてすら、欲望の余り、調整しきれなかったゲームだ。


 人のあらゆるものを愛するが故に、心中を繰り返すことしかできなかった運命。


 それほどの強い執着を持ちながら、格を21にも分かれれば、それこそ統制はとれない。


「最初に節制テンペランティアは、俺たちに説明しにきた。俺たちだけに、だ。そして、言ったな? と」


「ええ、言いました。それは嘘ではない」


「そしてこうも言った。人の多くが禁忌を感じるもの。滅びを呼ぶものを総じて罪と呼び、悪とする、のであればこれまでとなる」


「それはひとつにまとまって居てこそ、そうだったのです」


 今までの周回では、姉貴は目覚めず、ループも途切れなかった。俺たちの勝ち筋は、星の格が分かたれたことにある。


 対話ができる、その一点が勝ち筋だ。


「だろうな。だけどおかしいんだよ。お前らは。クリア条件ではなく、勝ち筋の話をしにきたことがまずおかしい」


 違和感があった。節制テンペランティアの勝ち筋はタロット大アルカナを持つ者による同名ダンジョンの踏破。


 バランスを是とする節制にしては偏りすぎている。一見真っ当な説明に聞こえたが、矛盾点はいくつもあった。


「世界すべてに聞こえるアナウンスは、誰がやっている? 大掛かりなシステムの運用の担当は? 21にも分かれたお前たちは統制がとれているのか?」


「アナウンスとルール変更システムは統合して行っている。個別の担当者はいない」


「だったら別れる前と何も変わらんだろう。お前たちは矛盾している。人に影響を受けた結果、人間の矛盾、それと破滅願望まで手に入れちまったんだ。21に分かれても、それそのものにはなりきれていない。人への執着が消えてないのが証拠だろ」


 執着。仏教では苦しみの基点とされるもの。


 俺の直感は、あの時告げていた。違和感。矛盾。何かがおかしい。

 だから俺は精査した。自分の直感と、今までの知る限りを。


「だからクリア可能と言いながらも、底意地の悪い真似を夢現ダンジョンから仕掛けた。それでも、人間の善性に希望を見出しもしていた。その根底は変わらない。だが、節制テンペランティア、お前の提示はクリア条件といいながらも、結局のところ


 個人的な真瀬零次はじめの魂、肉体の復元については報酬と言えるが。

 そうではなく、人類全体が得る勝利。そうなった場合、この世界がどうなるか、を知らされていない。


 夢現ダンジョンでは『素晴らしい目覚め』という示唆があった。

 それすらない。


「人類全体が得る、報酬だ。クリア後に与えられるもの。その設定がない」


「滅びの回避、それが報酬よ」

 色欲ルクスリアが囁く。


「いいや、そうじゃない。それはゴールじゃない。前提条件だ。


「ゲームを続ける?」


 滅亡を避けることは、人類だけの望みではない。

 ゲームを運営する星もまたそうなのだから。


「お前たちが何故人間を滅ぼし続けたのか、まだわからないか? 混じった異物の回収なんざ、やろうと思えばできたことだろう。生きた人間の力を借りることは、必須じゃない。スキルも、タロットも全て


 一番の矛盾は、異星からの混じり物の回収するための力を与えたことにある。

 元から持つ力を、人間を仲介することに意味はない。


 運命固有スキルにしても、回収してしまえばいい。

 星の持つ、今までしてきたことの力を見れば、それができないはずはない。


 


 血の蘇生術は人間の再構成ができる力だ。それを与えたのも、星側。

 異物である真瀬零次はじめ、異星の神の分体。

 異物だからこそ、再構成はできたはずだ。


 それを可能にするスキルを与えた者が、それを行使できないはずはなく。


「与えること、与えられること。獲得したものを、お前たちは手放したくない。お前たちの執着こそが、滅びだ」


 この世界を元の形に戻すことを、一度も提示せず。

 人間の願望を、人間の死で作り上げた。


「悪徳が滅ぼしきれたら、それはもう、人間とは呼べない。人類を愛するものがそれが欠けることを容認することができるとは思えない。そしてもうひとつは」


 すべての基点。異星と違い、神のいない理由。

 そして、神は不在であるにも関わらず、人間が信仰を持つ理由。



「人類そのものに、この星の神の因子せいぎょシステムが混じっているんじゃないのか?」



 異星における輪廻に対する制御システムたる、神という存在。

 輪廻のシステムがありながら、それがなくとも人類が繁栄した理由は、それしか思いつかない。


 悪徳も美徳も分かつことなく運営するのであれば、1つの神という因子を分割し、繁栄する種族に付加すること。


「だから人類の持つ信仰は、神の逸話は、似通う。地理的条件で差異はあれど、信仰を持たない民族はいない」


 信仰は畏敬というルール。縛りでもある。

 人は法を敷き、繁栄してきた。


 神という共同の思想の元に。それを積み上げ、時には否定し、概念として持ち続けた。必要だったからだ。


「信仰という概念を人間から奪えないように、お前たちもまた、自己に信仰を得た。異星の神の力によって。性格も、力も手放したくない。人間と同じくらい、自身を愛した。だからこそ、人間の願望を理解し、そして与えすぎて滅んだ。それがここまで繰り返されたことなんじゃないか?」


 3体の分体が、交じり合い、1つになる。


「それは原国左京の入れ知恵か?」


 節制テンペランティア……、いや真瀬零次はじめの姿をした男が、問う。


「いいや。姿を、それにしている時点で矛盾だったんだよな。真瀬零次はじめの肉体だけならいつでも返せた。それをしなかった。したくなかった」


 この星の輪廻システム、


「真瀬零次はじめを欲した。異星の力を、神の力を、欲した。俺たちを殺し、巻き込んだのは、お前だな?」

 

 それが欲望を持った。


 それが俺の、推察。


 

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