第63話【赤い髪をした男】

「ああ、ごめんね。まだちょっと何も言えないんだ」


 襲撃者たちの首が落ちて、血が噴出すと同時に、無傷の男が姿を現す。

 第一印象は、ホスト。


 夜の街が似合うであろう整った派手な顔立ちの男。


 それ以上に眼を引くのは、真紅の頭髪。人間の手で染めたにしては、禍々しい程の赤をした髪色。

 柔らかな口調と裏腹に、僕の背筋が凍る。


「5分、遊ぼう」


 男は楽しげに言うと、ストレージから刃物を抜き放ち、投擲をする。

 それを弾き、武藤さんが男に向かい、剣を振るう。


 有坂さんが蘇生術を使うが、首を落とされた男女は蘇らない。

 PKをして強化してきた人たちであることが、確定する。


 5分経てば、彼らのスキル経験点アイテムは、武藤さんと互角に戦うあの男のものとなる。


 それなのに何故、この男はここから立ち去らないのだろう。

 立ち去ったほうが、確実に5分を稼げる。姿を現す必要も無いはずだ。


 何かがおかしい。


 それでも、こうして男がここに残り、武藤さんと戦い始めたからには、何かの意味があるはずだ。


 僕らを1人で、たった5分で殺しきれる、自信があるということだろうか。


 武藤さんの剣聖の職業レベルは、上げ切れていない。

 スキルポイントは反魂スキルを得るために貯めている。それ以前も、有坂さんの蘇生術獲得のためにほぼ全てつぎ込んで来た。


 対して男は、今までどれだけの人間を殺し、スキルや経験点を奪ってきたのかわからない。

 鑑定系スキルも弾かれて、同時に僕の体が重くなる。


 カウンタースキルだ。痛みはなく、ただ重力が増した感覚。スピードバフをかけているのにも関わらず、動きが常人並に落ちたのが感覚でわかる。


「カウンタースキル持ちです。気をつけて!」


 僕が叫ぶと、男が笑んだ。とても、とても楽しそうに。子供が残酷な遊びを思いついた時のような笑みをして、僕に向かって指を軽く動かした。

 有坂さんが、悲鳴を上げた。


 腕が、熱い。


 ごとり、と僕の左腕が地面に落ちる。

 血が切断面から溢れる。今の、攻撃の属性がわからない。彼は今、何をした?


 有坂さんの回復スキルが飛び、落ちたはずの腕が元に戻った。

 法外の力というのであれば、これだってそうだ。いや、そんなことを考えている場合じゃない。


 まずい、と思うと同時に体が前に出ていた。僕は全身で有坂さんをガードする。


 有坂さんが殺されてしまえば、僕たちは詰む。

 僕が死んでも5分以内に蘇生されれば、何も奪われない。


 身代わりの護符もあり、蘇生アイテムもある。

 全滅はしても原国さんが蘇生アイテムを使える。


 それでもそれには、回数制限がある。


「ダメ!」


 そう言って有坂さんが僕を男から隠すように、引っ張り、強引に下がらせて男へ弓を射かける。それも防御系スキルで弾かれ、通らない。

 男はそんな僕らを見て愉快そうに笑い、武藤さんと剣で、槍で、斧で、武器を変幻自在に出現させては、武藤さんの一太刀すら浴びずにあしらっている。


 彼は、どれだけの人間を殺し、その能力を食らってきたのか、想像もつかないほどの強さを持っている。

 決断をしなければいけない。


 僕の得た、不老不死のスキルを、絶対に奪われてはいけない。


「すごく、楽しいな。いい世界になってくれて本当、嬉しいよ」


 男が乱舞の如く戦いの中で笑い、歌うように言った瞬間、武藤さんが剣に貫かれた。

 夢現ダンジョンの、あの時のことが、フラッシュバックする。


 それでも、武藤さんは、それを逆手にとって、今度こそ、男の腕を掴む。

 あの時と違って、麻痺も毒も、武藤さんには効かない。アクセサリーによる加護が効いている。


「やっと捕まえたぜ、色男」


 口からも血をこぼしながら、武藤さんが男をしっかりと捕まえて言う。

 そのまま、搦め手取って、「左腕だったな」と低く囁くと男の左腕を切り飛ばした。


「はは、情熱的だな。いいね、そういうの。泣かせたくなる」


 男は腕を落とされても気にするそぶりもなく、刺し貫いた剣を捻り上げる。武藤さんの刺された場所が嫌な音を発てて、武藤さんが血を吐く。

 それでも武藤さんは男の手を掴んで離さない。


「男に泣かされる趣味はねえな」

 血を吐き捨てて、刺された同じ場所を剣で貫く。


「泣かされるのも、俺は好きだけどね。残念だな、時間切れだ」

 男は変わらず笑む。刺されて尚、痛みが、ないように。


「手前ェはどこの誰だ」

 武藤さんが吐き捨てるように言う言葉を男は笑う。


「口説くには、ちょっと色気が足りないかな」


「口説いちゃいねえよ、とっとと吐きな」

 男がするのと同じように、武藤さんが剣を捻りあげる。それでも男は、苦痛の声ひとつ上げずに笑った。


「時間切れだと、言っただろう?」

 顔を近づけ楽しげに囁く、と、同時に男の姿が霧散した。

 武藤さんがたたらを踏んで、血を吐いた。刺さっていた剣もなくなっている。


 有坂さんが回復スキルを飛ばすと、負傷が消え失せる。


「クソ、一張羅に穴が開いちまった」

 口に残った血を吐き捨てると、浄化魔術で血を落とす。


 男の気配はない。周囲にはようやく応援が駆けつけて来ている。

 姿を消したのは透明化などの実体を見えなくする能力じゃない。

 消失? 転移? 一体どんなスキルか、わからない。


 警戒は解かず、僕らは指示を受け、道路に出る方向へと固まって走り出す。

 僕へのカウンタースキルの効果も消えている。


 一体何の目的で、どうして急に姿を消したのか。

 殺せたはずだ。僕たちをあの男は、殺せた。その確信があった。


 なのに何故、殺さなかったのだろう。


 僕の腕を落とした攻撃を、首にするだけで殺せたはずだ。

 身代わりの護符があるから、一度は死なずにいられる。


 それでも、男の攻撃は防御、守護双方のバフを貫通して攻撃を通した。

 腕を切り落とすほどの攻撃を、あの男は僕ら全員に使うことが出来たはずだ。

 なのにそれをしなかった。


 何かの制約で、できなかった?


 わからないことしかない。結局僕たちは、あの男から目的も名前も、何ひとつ聞き出すことは出来なかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る