第64話【神にも等しい行い/武藤晴信視点】

「赤い髪の男に心当たりはありますか」


 有坂の嬢ちゃんの声が冷えて落ちる。こんな声で喋ることがあるんだな。無理もない、好きな男の腕を切り落とされれば怒りも湧くだろう。


 何とか車両に乗り、息を吐く。


 あの時、俺はあの男を殺すつもりで刺した。心臓を貫く筈の剣が、逸らされた感覚があった。

 それもあの男のスキルなのか、痛みに手元が狂ったのかはわからない。


 しかし、それにしても、だ。


 ステータスによるものなのかは知らないが、俺自身、あんな状態で戦えるとは思ってなかった。

 刺されて、腹の中を刃物でえぐられて、動けるはずがない。別に俺は痛みや血に強いって性質でもないというのに。


「1人。心当たりがあります。一度、こちらへ戻ってください。直接話をします」


 原国さんの回答はこれだった。

 車が動き出す。これくらいの時間になってくると、移動を始めた人間もいる。ゲートさえ見えなきゃ、いつもの日常程度には車が走っているのが窓から見える。


「あの男、何だったと思う?」


 消え失せた男。あれは、転移か、それとも。時間稼ぎ。何の時間を稼いだ?

 男は5分と言ったが、5分も戦っちゃいなかった。


 襲撃者たちのスキルや経験点を得るまでの時間稼ぎに値する「5分」と告げることで、俺たちに何かを誤認させた?


 襲撃者たちのスマホは、応援に駆けつけた職員が情報を抜き出した。


 襲撃した人数と数が合わなかった。1人分欠けていた。

 あの男は、襲撃者とパーティーを組んではいなかったということだ。

 死亡した襲撃者については、原国さんが照会をかけて身元を洗っている。

 


「カウンタースキルは重力系……体がすごく重くなった、という感覚と、スピードが落ちました」


守護バフも防御もぶち抜いて攻撃してくる火力もヤバイよな。……ヤバイといえば、坊主の例のスキルもだが」


 相手が何者で、何を目的に仕掛けてきたのかはわからない。

 人の首が落とされる、なんて凄惨な場面ですら色褪せるほどに、あの男の存在自体が衝撃的だった。


 が、こちらには損耗はなかった。案内役の警察官は眠らされて倒れていたのが見つかり、既に意識も回復している。

 死亡者は襲撃者たちだけ。あの襲撃自体になんの意味があったのかすらわからない。


 それもマズイが、最もマズイのは『不老不死』のスキルの所持、そして真瀬の坊主のガチャスキルが唯一無二のスキルであることがほぼ確定してしまったことだ。


 坊主は俺たちの要になる、とは直感していたが、まさかここまでだとは予想していなかった。


「例のスキルについても、原国さんに直接どう扱うかを相談したいところなんですが……」

 真瀬の坊主が珍しく、視線を落として唸る。


「政治的判断、ていう部分で持っていかれるのは正直言うと、怖いですよね」

 その危惧を、水を飲み下して有坂の嬢ちゃんが口にする。


「俺もそう思うね。いいか、誰に何言われても個人ストレージからは出すなよ。使いどころと使う人間は、お前が選ぶんだ、敬命」


 ガチャのスキルも、得たスキルカードも、元はといえば真瀬敬命個人のものだ。


 それを他人のために扱い続けていること自体が異質なことなのだが、どれだけ異質なことでも続いてはしまえば慣れるのが人間という生き物だ。

 だからこそ、原点に立ち戻る必要がある。


「俺たちはスキルを公序良俗のために使ってはきたが、元々スキルは個人のものだ。その裁量権はお前さんが持つべきで、他人に預けていいものではないと俺は思う。特に今回得たものはな」


 真瀬の坊主と有坂の嬢ちゃんが、俺を見る。少しの驚きと、意志のある目に、坊主は何か照れが見え隠れする。


「それは、私も同感ですが……あまりに責任が重くはないですか」

「それを感じられる人間でないと扱っちゃならん力でもあるだろう。いいか嬢ちゃんにも言っておくがな。坊主のスキルは、真瀬敬命が、今までやってきたことはな」


 余りに普通にやってきた、坊主の行い、それは。



「神にも等しい行いだってことだ」



 俺の書く話に出てくる、異世界でスキルを得る話には必ず神の存在がある。神より与えられし力。異能。それをスキルと呼んで、描いてきた。


「他人に任意のスキルを、武器を、装備を与えられる。魂を対価として、選定し、与える者。それはweb小説じゃ、神様の役割所だろ?」


「い、言われてみれば……」

 坊主が口元を押さえて言う。少し考えて、「それでも僕は人間だし、未熟だから。いろんな人の意見を聞きたい」と言った。


 善性。これだけのチートを与えられて尚、真瀬敬命という少年は善性を何一つ失わない。


 善神としての役割を持つ者。

 そんな言葉が脳裏に過ぎる。


 いいや、こいつは人間で、まだ未成年の子供だ。俺がそんなブレ方をしていいわけがない。


「それも含めてお前さんが決めればいい。責任なら、俺も一緒に背負ってやる」

 俺に出来ることは、剣となり盾となり、護ること。そして共にその重責を背負うこと。もしも敬命が死ぬ時が来るとして、こいつひとりを死なせないことだ。


「私もです。私は真瀬くんを信じてる。けどそれは背負わせるためじゃなくて、一緒に生きていたいから。力になりたいと思うの」


 坊主は俺たちの言葉を聞いて、少し目を見開いてから、へにゃりと微笑んで言う。


「ありがとう。僕も僕のスキルのことをもっと考えるね。2人がいるから、僕も冷静でいられる。本当にありがとう」

 


 車は、警視庁の地下駐車場へと滑り込むように進む。

 俺たちは、話を聞き、話合わなければならない。

 原国さんの知っていること。


 そしてあの男についても、真瀬の坊主の得たこの力についても。

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