第12話【真瀬敬命という男/有坂琴音視点】
私、有坂琴音から見るに、真瀬くんは異質だと思う。
単独能力の話で言えば、彼は普通の少年だ。成績も、運動能力も目立つところはない。
だけど、人との会話は穏やかで、自分を誇示することはなく、怒ったり落ち込んだところを見たことがない。
「こっちの小部屋にもモンスターが2体と宝箱らしき反応があるな。人はいない」
中学生2人を保護した小部屋から出てすぐのところで、武藤さんが言う。
1階でしていた、いつも通りの戦法で中のモンスターを武藤さんと国原さんが蹴散らす。
2階のモンスターは人型で緑がかった褐色肌の、ファンタジー作品でおなじみの敵モンスター、ゴブリンだった。
決着は一瞬で、中学生2人は目を丸くして驚いていた。
「すっげえ……」
宗次郎くんがぽつりと呟いた。
彼らはとても苦戦して進んだと言っていた。私達も、真瀬くんがいなければ、彼らのように苦痛を伴う戦闘を味わっていたのかもしれない。
私はちらりと真瀬くんを見る。
真瀬くんとは高校に入って、1年目も2年目も同じクラスだった。今は席が近くて、よく会話もする。彼自身の話も聞いたことがあるし、話をしていて嫌な感じを受けたことがないのがすごいと思う。
私の視線に気付いた真瀬くんが、にこりと微笑む。
私もつられて口元が緩む。
私達が苦戦を強いられないのは、真瀬くんのスキルと真瀬くんの性格のお陰だ。
彼は単独では穏やかな普通の少年だけど、チーム戦になると誰よりも強い。適材適所に人を配置することが上手く、そしてそれを説明する言葉に説得力がある。
それだけじゃなくて、人を褒めるのが上手くて、決して自分のお陰であるという態度を見せない。
見せない、というか、多分自分でそう思ってないんじゃないかと思う。
「宝箱、どうするよ」
「どうしましょうか……」
モンスターコインを拾い終わり、刀の切っ先で武藤さんが宝箱を指した。
中学生たち2人が死にかけたのは、宝箱の
「……あの、宗次郎くんの職業って盗賊でしたよね? よかったら盗賊の職業スキルツリーを見せてくれないかな?」
「いいけど……」
真瀬くんが言う。
宗次郎くんがスマホを真瀬くんに見せる。真瀬くんはしばらく画面を見て、顔を上げる。
「宗次郎くんの職業ツリー、次で罠感知スキルが得られるようなので、僕らのスキルポイントコイン、宗次郎くんに使いませんか?」
簡潔な提案だった。真瀬くんはいつもこうだ。
まず簡潔に提案する。そして説得材料を並べる。きちんと全員に恩恵があることだと。
納得しない人がいても、その人の能力の何にそれが有用で、いかにそれが納得しない人の活躍の鍵になるかを話す。
その後、不公平感が出ないようにチームになる全員に対して、それをする。
ざわざわと最初に揉めても、最終的にみんなやる気になって、和気藹々となる。その後もフォローが必要な人を見つけては自分そっちのけで対応してしまうのだ。
そんな人なので、割とそれがわかる女子から、こっそりモテていたりもする。
「そりゃいいね。ポイント足りるか?」
真瀬くんの提案に武藤さんが賛成をし、原国さんも頷いている。
私も微笑んで頷く。
私達の中には、自分がよければいいという人がいない。だから説得をしなくとも、真瀬くんの提案が通る。
真瀬くんがあまりに自分の利を明け渡すから、止められることはあるけれど。
こんな状況でも私が落ち着いていられるのは、武藤さんや原国さんが大人としての責務を理解していて、行動してくれるのと、真瀬くんがいてくれるからだ。
「足りてます。宗次郎くん、僕たちのパーティーで貯めているスキルポイントコインを渡すから、盗賊レベルを上げてくれないかな?」
「い、いいのかよ。レベル上がりにくくて、うちじゃカツカツだったし……ポイント共有したりもしてなかったんだぜ……?」
宗次郎くんが目を見開いて、信じられないものを見るように驚く。
そう、普通はそうだ。こんな状況で、初めて会った相手にこんな身を切るような提案をしたりはしない。
「その方が、みんな危険な目に遭い難いから。全員でクリアしたいんだ、宗次郎くんが協力してくれたら嬉しいし、頼らせて欲しいんだ」
例え夢の中でも、リアルな苦痛を味わって大事な幼馴染を失いかけ、命を救われた少年が、そのパーティーの一員から頼まれて戦力になれることを伝えられた。
宗次郎くんの頬に赤みが差し、決意が目に灯った。
「わかった……任せてくれ」
言って照れたように笑う。
自分の恩人に頼りにされることに、喜びを感じない人間は少ない。
真瀬くんは、そういう人たらしみたいなところもある。
宗次郎くんがスキルポイントコインを受け取り、職業スキルの罠感知を発動させる。
「この宝箱に罠はないみたいだ」
その言葉に、武藤さんが応えて宝箱を開ける。
中身はスキル《罠解除》だった。
「さてこれは誰がとるか、だが」
ふむ、と原国さんがスキルスクロールを眺めて言う。
「盗賊の宗次郎がとった方がよさそうではあるが、まあ危険だよな。解除失敗したらダメージ負うわけで」
「かといって、感知出来ない人に解除って出来ますか?」
「俺、やるよ。怪我しても、有坂さん……先輩……? が回復してくれるんだろ。助けて貰ったんだ、俺も、役に立ちたい」
宗次郎くんが言う。
真瀬くんが頷いて、「じゃあ、これを」と首にかけている耐毒のネックレスを外す。
「これは毒の攻撃を防ぐネックレスだから、宝箱の解除を失敗しても毒矢や毒針なら防いでくれるから」
そう言って、宗次郎くんの首にネックレスをかける。
危険の在る場所で、こうやって適材適所に自分のスキルで得たものを簡単に渡すのだ、真瀬くんは。
利己には決して偏らず、自分を護ることを第一にしない。
ダンジョン最初のやりとりでこそ、こんなところでまで、しかも知らない大人に対しても、いつも通りな真瀬くんにちょっと冷や冷やしたけれど、今ではいつものように眺めていられる。
宗次郎くんはお礼を言って、気合をこめて原国さんから受け取ったスクロールで《罠解除》のスキルを得た。
また1つ、戦力が増強される。
真瀬くんは、本当にすごい。
私はずっと、真瀬くんは裕福な家の子だと思っていた。
バイト代で何を買うのかという話題で、彼は「学校で使うノートとか文房具、本を電書で。あとはたまに母に入浴剤とか」と言った。
「お母さんに贈り物するんだ、優しいね」
そう言ったら。
女手ひとつで僕を育ててくれているから、と笑った。
よく話を聞いたら、バイト代の半分は生活費に渡しているという。古いアパートの小さな部屋で暮らしていることも、1日の大半を働く母親の代わりに食事や掃除、洗濯と家事を彼がしていることも、当たり前の、普通のことのように言った。
聞けば遊ぶ時間も自分の時間もわずかだったけど「それで体壊すほど母さんが働かなくていいなら」と笑った。そうは言っても、お母さんは朝6時から夜8時まで働いているという。前はもっと働いていたらしい。
彼の顔に、不満は欠片もない。
親がこうしてくれないから、ああしてくれないからとすぐに不満を言う、うちの兄に爪の垢でも煎じて飲ませたい。
自慢でもなんでもなく、普通に、笑って、当たり前にそんな生活をしている同級生なんて他にいない。
成績も運動も、目立ったことのない男の子。
だけど真瀬くんは、自立している。すごい男の子。
私はそんな彼を尊敬している。
*
小部屋を出る段になって、はたと気付いた。
どうにも私の名前を呼びにくそうなのだ、宗次郎くんも、雛実ちゃんも。
中学生が自分の志望校に在籍している高校生相手にどう呼んで良いのかわからない戸惑いは、なんとなくわかる気がする。
「私の名前、ちょっと呼びにくいかな? 呼びやすい呼び方で呼んでくれていいよ。うちにも宗次郎くんや雛実ちゃんくらいの弟がいるんだけどね、琴姉って呼ぶよ」
そう声をかけてみる。
彼らとしては、初対面の、年上しかいない空間で『助けられた側』なのでどうしても遠慮が出てしまう。さっきパーティーメンバーを失ったばかりでもあるのだ。いろんなことが怖いままでもあるだろうと思う。
「じゃ、じゃあ、ええと有姉、で」
「わ、わたしも」
微笑むと、2人が顔を真っ赤にして言う。
よかった。少しずつ打ち解けてくれてる。
ここは酷いところだけど、怖いところだけど、彼らが怯えながらじゃなくて、少しはいい思い出になる形で全員でダンジョンをクリアしたい。
2人は、自分のパーティーのお兄さんお姉さんを失ってしまったけれど、スキルやアイテムに『蘇生可能』のものがあるかもしれない。
《蘇生の珠》は下級だった。中級、上級以上になれば、もしかしたら、と思う。
そう思うのは彼らの死亡したパーティーメンバーの表示に、タイマーのように蘇生可能残り時間の表示が続いているからだ。
だから、時間制限がとても長い、蘇生効果のあるスキルやアイテムもあるのではないか、と思った。
多分それに、原国さんも武藤さんも真瀬くんも、気付いていると思う。
だけど絶対にあるとは限らないし、得られるとも限らない。
保護した2人をがっかりさせるかもしれないので、みんな黙っているのだろう。
だから、私も口をつぐんで皆と小部屋を出ると、一緒にダンジョンを進む。
ここは恐ろしい場所だけど、酷いことが起きている場所だけど、真瀬くんがいる。
そのことにほっとしている自分が、ちょっとおかしくて、微笑んでしまう。
武藤さんが気配察知スキルで索敵をしながら進み、その半歩後ろで原国さんがマップを更新しながら進む。
宗次郎くんと雛実ちゃんを挟んで、後列に私と真瀬くん。
隊列はそんな感じで進んでいる。通路から広い部屋に出る手前で、武藤さんと原国さんが立ち止まる。
指のサインで、敵を知らせると、私と真瀬くんで2人を下がらせる。
武藤さんと原国さんは息がぴったりで、もう目線とサインだけで会話をしている。モンスターに気取られないためだろう。
私も何かあった時にすぐ動けるように、弓に矢を番えて構える。
スキルというのはすごい。弓道なんて齧ったこともない私が、どうすれば矢を放てるのか、感覚でわかる。
知識というより、体で覚えたことのように自然に動けてしまう。
武藤さんが、手をかざす。氷の範囲魔法だ。ほんの少し、周囲の温度が下がると、広場の中央にある、噴水らしい場所の奥に魔法が炸裂した。
少し遅れて、コインの落ちる音が聞こえる。
「やっぱ強いなー範囲魔術、すげえ」
武藤さんがからりと笑う。
「魔術師レベルをあげると威力も増すので使い勝手いいですね」
さらりと原国さんが応える。
心地が良いな、とふと思う。
ここには自分の力を誇示する人がいない。
それぞれがそれぞれを尊重している。血生臭い通路や壁の中でも、一緒にいる人たちがこうであるなら、肩の力が抜けて、自分の出来ることを考える余裕が生まれる。
「バフもデバフもいらないなんて……すごい……」
雛実ちゃんがぽつりと呟く。
「うん、武藤さんも原国さんもとっても強いから、安心してね」
微笑んで話しかけると、2人がほんのり頬を染めて、照れて言葉が出ずに首を縦に振る。
私は、自分の見た目が、人から好ましいものに映ることは知ってる。
清潔感にも髪型にもお肌にもお洒落にも、年相応に気をつけているからそれは純粋に嬉しいと思う。
だけどそれは諸刃でもあって、男の子たちは「自分がいかにすごいか」を話したがるし示したがる。
特別な関係になりたいと鼻息荒く語られる話は、冷たいかもしれないけど興味をそそられたりするものではなくて、いつもごめんなさいと思いながら聞くことになる。
困りながら言うお世辞にも、ちょっと疲れてしまう。
誰が誰を好きとか、正直なんでみんなそんなに夢中になるのかわからなくて、戸惑っていた。
ここにいると、それがない。
誰も私を下心のあるいやらしい目で見ないし、自分がいかに凄いかなんてことを言い出したりしない。
誰からも、褒めてくれ、特別だと言ってくれという圧がない。
それがとても楽で、心地いい。
真瀬くんを見る。宗次郎くんだけじゃなくて雛実ちゃんとも笑顔で会話をしている。緊張を解して、動けなくならないように。
ふと目が合う。
微笑み合う。
この夢は、とても夢だと思えないリアルさをしていて、恐ろしい。
ここで死ねば実際に死ぬ夢。
目覚めて、覚えていられるだろうか。
こんなひどい悪夢だけど、この夢を忘れたいとは思わない。
誰が誰を好きか、とか、あまり興味はなかったけれど、もしかしたら私は真瀬くんが好きなのかもしれないなと、ぼんやり感じる。
こんなに一緒に居て安心出来る男の子を、私は他に知らないから。そう、感じるのかもしれない。
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